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「今日の生き物」の下書き的ブレスト vol.10

アメーバ,ゾウリムシ,ミドリムシ 細胞や分類の単元の後で


ーーはじめにーー
・2021年度以降の授業の小ネタを整理するのが目的ですが,2021年度内に終わるとは思ってません。
・どのみち「分類」の単元でいろんな生き物を学習するなら,普段の授業の中で少しずつ,身の回りの生き物を取り上げておくのがいいんじゃないのという仮説のもとでやります。
・画像はいらすとやさんから拝借します。
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 アメーバ,ゾウリムシ,ミドリムシ。少なくとも名前は聞いたことがあるのではないでしょうか。アメーバはところどころ引き伸ばされたスライムのような形をしたもの,ゾウリムシは草履のような形をしていて繊毛で移動するもの,ミドリムシは葉緑体をもち鞭毛で移動するもので,いずれも生物分類の五界説では“原生生物界”に属していました。原生生物は,その細胞の中に膜のある細胞小器官をもつ“真核生物”であり,真核生物は原生生物の他に,動物,菌,植物に分けられます。
 さて,原生生物界というカテゴリが登場する生物分類の仮説を,“五界説”といいます。五界説とは,地球上の生物を,① 動物界,② 菌界,③ 植物界,④ 原生生物界,そして細胞の中に膜のある細胞小器官をもたない⑤ 原核生物界の5つに大きく分けるという考え方です。現行の高校課程の生物の学習指導要領の中でも,五界説は生物分類における大事な分類として扱われており,生物教育の中では重要視されていますが,実は生物学としてはとうの昔にあまり使われないものになりました。今でも,動物界・菌界・植物界の3つは引き続き認められているんですが,原生生物界と原核生物界は,研究が進むにつれ,それぞれ1つにまとめるには無理がでてきたのです。
 例えば,五界説の中で原生生物界にまとめられている2種の生物A,Bがいたとします。このとき,原生生物AとBは互いに近縁で,動物Cや植物Dとはいずれも遠縁であると判断されるのが妥当でしょう。しかし,近年,生物のゲノムの解析技術が進むにつれ,「原生生物Aは,原生生物Bよりも動物Cに近縁であることが分かった」といった矛盾が生じるようになってきました。「イヌとネコは近縁やと思って同じグループに入れてたけど,調べてみたら,イヌとネコの距離よりもイヌとエノコログサの距離の方が近かったんよ」みたいなことが起こったと言うことです。分析技術の向上によって,原生生物界という括りが破綻してきたんですね。
 ではどうするか。原生生物界を解体し,他の動物や菌,植物との類縁関係を考慮した上で,真核生物を分類しなおします。

 ここで1つ,ご留意いただきたいことがあります。1969年に五界説を発表したアメリカのホイタッカーは,間違っていたのでしょうか。答えは否―です。1735年にリンネによって生物の自然分類の試みが始まって以降,生物の分類は分析技術の向上(近年であれば,ゲノムの塩基配列が簡便に読めるようになるなど)によって更新され続けており,いずれは“真の自然分類”に到達するという考えのもと,今も検討に検討が重ねられているわけです(生物の分類には,“人為分類”と“自然分類”があります。人為分類はニンゲンの都合が多分に入った分類で,ズワイガニとタラバガニを,流通の便宜上,蟹としてまとめるような分類です。理想的には人の都合など排する自然分類のもとでは,ズワイガニはカニの仲間でタラバガニはヤドカリの仲間です)。したがって,「間違っていた」のではなく,「古い」とか,「今となっては矛盾も多く見つかってきた」とか,そういう言い方をすべきところでしょう。何事もTrue or Falseというのは,見ているモノ・コトの解像度が貧相というものです。
 生物の分類に限らず,そもそも科学とはそのような側面をもつものです。科学とは“そのときできることで仮説の確からしさを上げていく過程”であり,真理への道をどうしようもなく外れる足取りを「どうもこっちじゃねぇな」と軌道修正する営みの積み重ねです。特に分析技術の向上は,軌道修正の機会を我々に与えてくれるものであり,恐竜の復元図に徐々に毛が生えてきたのはそういうことなのです。

 話をもとに戻しましょう。結局,アメーバ・ゾウリムシ・ミドリムシは,五界説が歴史となった今は何に属する生き物なんだ?という話です。アメーバとゾウリムシは動物,ミドリムシは光合成するから植物…?違います。心の準備はいいですか,オタク特有の早口でいきますから適当に読み流してくださいね。

 アメーバ,ゾウリムシ,ミドリムシは,それぞれ順に,アモルフェア,SAR,そしてエクスカバータのスーパーグループに分類されます。もう一段階下位の分類を見ると,アメーバはアモルフェアのうちアメーボゾアに,ゾウリムシはSARのうちアルベオラータに属します。なお,ミドリムシが属するエクスカバータは,単一の系統でないかもしれないということで2017年以降に一旦3つに解体されたようで,解体後はミドリムシは旧エクスカバータのうちディスコバに属します。なお,動物界と菌界はアモルフェアのうちアメーボゾアと双璧をなすオピストコンタにまとめられ,植物はそれに近縁な緑藻などと一緒にアーケプラスチダにまとめられています。無論,例えば動物と菌の違いがなくなったわけではなく,オピストコンタという分類群の中で,さらに細分化が進むというわけです。オピストコンタの中でも動物と襟鞭毛虫はまとめてホロゾアと呼ばれ,つまり我々ヒトはオピストコンタでありホロゾアであり,その中の動物であり,…

 「…は?」
 いや,気持ちは分かります,横文字ばっかりですがまぁ落ち着いてください(これ,それぞれの横文字にそれらしい和名がつくまでは,生物教育の方にやって来ないんじゃないかな…)。

 五界説では,真核生物はまず,動物界,菌界,植物界,原生生物界の4つの界に分類されていました。
 現在の仮説の1つでは,真核生物はまず,アモルフェアアーケプラスチダSAR,(旧)エクスカバータの4つの“スーパーグループ”と呼ばれる階級に分類されます。それぞれのスーパーグループには,以下のような生物が含まれます(括弧内は五界説での分類)。

・アモルフェア:ヒト(動物),シイタケ(菌),アメーバ(原生生物)
・アーケプラスチダ:サクラ(植物),アオサ(原生生物)
・SAR:ケイソウ,コンブ,ゾウリムシ,放散虫(いずれも原生生物)
・エクスカバータ:ミドリムシ(原生生物)

 ここでおさえてほしいのは,原生生物界に一括りにされていた生物が,4つのスーパーグループすべてに分類し直されていることです。なんだかSARだけ欧字で浮いて見えますが,これはSARの下位の階級にあたるストラメノパイル(ケイソウ,コンブなど),アルベオラータ(ゾウリムシなど),リザリア(放散虫など)の頭文字です。
 原生生物界という括りが破綻してきたので,これを動物や菌や植物との類縁関係を踏まえて再編するとは,つまりこういうことなのです。

 そういや今更なんですけど,ワカメやコンブは植物じゃないですよ。葉に見える部分は,大昔にワカメのご先祖とサクラのご先祖が分かれてから,それぞれ独立に獲得された形だってのが分かっていますし,そもそも葉緑体の中にある色素が違う。ワカメは“海藻”で,海藻は植物ではありません。海に生える植物もいるんですけど,それは“海草”と言って区別します。音読みすると区別がつかないので,後者は“うみくさ”と発音します。

 少し前から,スーパーなどでは春ワカメが出回るようになったのではないでしょうか。スーパーの生鮮食品コーナーは,生物の分類の学習に適した場所の一つです。ワカメを見て「原生生物だ」とか「原生生物の中でも褐藻類でしょ」とか言っている人は,高校課程の生物よく勉強している人だと思います。原生生物という言葉は,今は「真核生物のうち,動物でも菌でも植物でもないものの詰め合わせ」という意味で使う分には何ら差し支えありません。一方,ワカメを見て「SARスーパーグループ…ストラメノパイル…」とか言っている人がいたら,たぶんそういう人です

 それでは,また次回。

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