見出し画像

「今日の生き物」の下書き的ブレスト vol.9

ササ 生殖の単元について

 
ーーはじめにーー
・2021年度以降の授業の小ネタを整理するのが目的ですが,2021年度内に終わるとは思ってません。
・どのみち「分類」の単元でいろんな生き物を学習するなら,普段の授業の中で少しずつ,身の回りの生き物を取り上げておくのがいいんじゃないのという仮説のもとでやります。
・画像はいらすとやさんから拝借します。
ーーーーーーーー

ササです。パンダに食べられていたりするアレです。分類としてはイネ科で,その中でもタケ亜科に属するタケの仲間です(ササとタケの違いは割愛します)。クマザサとか,チシマザサといった種があり,「ササ」というのは総称です。何十年に一度しか花を咲かせず,開花した暁には枯れるという生活をしています。

「何十年に一度しか花を咲かせないなら,どうしてタケやササはあんなに繁茂しているのか?」それは栄養繁殖という,花を咲かせない生殖方法もしているからです。今回は,栄養繁殖とはなんぞや…の前に,まずは生き物の体についてお話したいと思います。

トカゲの尻尾切りという言葉のとおり,トカゲは己の尾を自切することができます。身体から尾は再生しますが,尾から身体は再生しません。プラナリアやヒトデなど,一部の動物では断片から全身が再生することも観察されますが,多くの動物ではむしろ,切断された身体の一部が再生することすらかないません。つまり,動物は基本的に「個体」を単位として生活しており,それ以上分割されると,たまたま死なずとも,生きていく上で多大な不便を被ることになります。
生命には階層性があると言われ,それは要するに,生命の最小単位たる細胞が集まって組織をなし,組織が集まって器官をなし,器官が集まって個体をなすということです。例えば,ある動物の個体を真っ二つにすると,個体としては死亡します。しかし,その瞬間は,その断面になかった器官や組織,細胞は生きています。本シリーズvol.8で,生物の特徴として「内外を仕切る・代謝を行う・殖える」ということをお話しましたね。個体を真っ二つにすると個体としての内外の区別はなくなりますし,個体内で協調した代謝は不可能になりますし,個体として殖えることはできなくなります。しかし,細胞に着目すると,まだその内外の仕切りはありますし,細胞内の化学反応は続いていますし,生殖細胞を取り出せば人工授精も可能でしょう。つまり,動物の個体としての死と個々の細胞としての死は時間的にズレていますし,だからこそ臓器移植もできるということです。

では,同じことを植物で考えてみましょう。水田脇によく生えるスギナ(=土筆)の地上部はぷちぷちと切れやすく,人が引き抜くことに適応したと言われています(切れやすいということは,地上部を掴んで引き抜こうとしたときに根ごと引き抜かれにくいということです)。リンゴなどの果樹では挿し木が盛んに行われ,ベンケイソウ科の植物などにいたっては葉をちぎって土の上に置いておけばそこで根付いたりする始末。要は千切れてもだいたい生きてるんですから,およそ「個体」という言葉を,動物のそれと全く同じように使うことは難しそうです。加えて,山に入るとササが鬱蒼と広がっていることがありますけれど,あれは地下を這う茎でみんなつながっているので,「地面の上に出ている茎の数」を指して「個体数」と言うのも無理がありそうです。つくづく,生き物に関するモノ・コトに言葉をあてて意味を縛るという行為は難しいなぁと感じますね。

さて,多くの動物の生殖は,基本的に精子と卵の受精によって次世代をつくる有性生殖です。植物も,花粉(の中の精細胞)と胚嚢(の中の卵細胞)が受精し,種子を形成するという有性生殖を行いますが,植物の多くは有性生殖に加え,栄養繁殖というもう一つの生殖を行うことができます。栄養繁殖とは,自身の身体の一部から新た世代を生じさせる繁殖方法のことで,原理的に自身のクローン(遺伝的に同一なもの)を生み出します。栄養繁殖には,挿し木や,落ちた葉の根付き,むかご(芽の肥大したもの)といった,身体の一部が物理的に離れて次世代を生じさせるものもあれば,地下茎を伸ばして次世代とつながっている(=次世代が地下茎から生える)ものもあります。そこで,このような植物では,それ自体が単独で生活できる,動物で言うところの意味に近い「個体」を“ラメット”と呼び,同一の種子に由来する遺伝的に同一なラメット群のことを“ジェネット”と呼んで区別することがあります。まぁややこしいんですが,ジェネットという概念には,ある1つの種子から生じたラメットと,そのラメットから栄養繁殖によって生じたラメットが含まれるということです。

一般に,植物において「個体」という言葉を使う際は,ラメットを指して使っているということでいいんです。いいんですが,ここで,地下茎で繋がったジェネットを1つの「個体」と捉えるとします。そうすると,地下茎で繋がることで山を覆わんばかりに茂ったササも,1つの「個体」と考えることができます(!)。
もし,ジェネットが大きな面積を占めるようになると,あるところのラメットは日当たりがよかったり,またあるところのラメットは土壌が肥沃だったりと,不均質な環境にまたがってジェネットが生育することも考えられますね。このとき,地下茎で繋がったラメット同士で物質のやりとりをする―つまり,日当たりのよいところのラメットで作った光合成産物を,あまり日当たりのよくないところのラメットに融通するといった現象が観察されています。これは,ジェネットという1つのまとまりの中でも生理的な統合が図られていると解釈することもできます。

このように,植物に対して「個体」という言葉をあてるのは,実はとても難しく,しかし実は面白いテーマをはらむ試みなんですよね。野外調査でジェネットを相手取ると,そもそもどこまでジェネットが広がっているかの把握が困難で,採取した複数のラメットがいくつのジェネットに属していたのかの判別すら,容易ではないのです。ぐぬぬ。

 ーー

植物は,光合成によって炭水化物を作り,この炭水化物を細胞内で分解することによって生じたエネルギーを,自身の成長のエネルギーにあてたりしています。ラメットとしての植物の成長においては,ある決まった量の光合成の産物を,自身が置かれた環境に応じて,上に伸ばすのに使ったり,あるいは茎を太くするのに使ったりします。自身が生えている場所が日陰であれば,茎を上へ伸ばしたほうが光を得られる可能性は上がるでしょう。その代わり茎は細くなるので,動物が踏んだり,強い風が吹いたりすると折れてしまうかもしれませんから,日向であれば茎を太くする方が得策でしょう。このように,植物が周囲の環境に合わせて,自身の資源をどこにどれくらい配分するかということを,そのままなんですが“資源分配”といいます。そしてこの植物体内の資源分配は,ラメットを個体として捉えた場合だけでなく,ジェネットを個体として捉えた場合にも認めることができるという話を今回はしました。生育に不適な環境からはある程度逃げることのできる動物と違い,置かれた場所ですべて何とかしないといけない植物は,周囲の環境と己の状態とをよりうまくすり合わせながら生きているというわけです(というか,そういうことができた植物が生き残ってるんです)。脳も神経もないのにね,よくもまぁ巧くやるもんです。

それでは,また次回。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?