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愛想がよくてめんどくさい人

唐突ですが,教科書の一節を引用します。

●解糖系 細胞質基質で行われる異化の代謝経路である。呼吸基質の有機物を,炭素が3個(C3)のピルビン酸にまで分解する。この過程では,異化で放出されたエネルギーの一部がATPとして取り出され,酸化還元反応によって還元型補酵素(NADH)が生じる。
[出典 東京書籍株式会社発行 生物 教科書 p.50 H29年検定]

今となってはこんな仕事をしているので,この記述に対しては「うん,そうだよね」で済むんです。でも,そういえば私も高校生の頃は,このあたりで一度,よく分かんなくなったんですよね。「マジで何なんだよNADH」って。

上述の「解糖系」は,高校課程の生物で学習する「呼吸」という現象を,大きく3段階に分けたうちの1stステップです。「呼吸…?酸素を吸って二酸化炭素を吐くことじゃないの?」とお考えのアナタ,正解です。義務教育の理科では,まず,体内と体外の境界たる肺で起こるその現象を「呼吸」と呼んでいますし,それは間違いではありません。一方,高校課程(中学でも少し)で学習する「呼吸」とは,肺ではなく細胞内で起こる現象です。そこでは,吸った酸素は細胞内のどこでどのように使われていて,吐く二酸化炭素は細胞内のどこでどのように生じているのかを学ぶのです。細胞内で起こる呼吸を内呼吸,肺で起こる呼吸を外呼吸と呼んで区別することもありますが,たぶん,文脈によって「呼吸」という言葉を使い分けていることがほとんどでしょう。

高校課程の生物で学習する「呼吸」は,多くの高校生・受験生にとって一つの山場ではないかと思います。では,なぜ山場なのか。今のところ,経験則から2つの仮説を立てています。

① 小中学校で学習した「酸素を吸って二酸化炭素を吐く」という現象と,高校で学習する「呼吸」の内容がリンクしていない。
② 新しい語句が急にたくさん登場するせいか,すでに知っていることに一つ一つ肉付けしていくような理解をするのが難しい。

もちろん,①と②は不可分です。②の「すでに知っていること」とは,小中学校で学習するする内容や,あるいは生物でその単元を学習する頃には既習事項になっている,おもに生物基礎や化学基礎の内容。そして「肉付け」していくその肉とはすなわち高校で新たに学習する内容のことですから,肉付けがうまくいけば①はおおむね,おのずとクリアします。たぶん。

…そういや「肉付けする」って簡単に言いますけど,個々の筋肉がどの骨とどの骨に接続しているのかを考えながらでないと,真の(?)肉付けなどできないと思いますよ。肉付けという行為は,慎重にならないといけない。いわゆるマンガ肉のように,骨に肉を巻き付けるようなやり方ではいけないんですよ。

 

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「ピルビン酸の化学式,ぱっと言えますか?」

これは私が呼吸の単元の導入で,いつも聞いていることのうちの1つです。ピルビン酸は,本稿の冒頭で引用した教科書の文章にもある通り,グルコース(ブドウ糖)などの有機物が分解されて生じる物質で,呼吸の単元を扱う上では避けては通れないものです。化学式はC3H4O3。グルコースの化学式はC6H12O6で,「グルコース1分子からピルビン酸が2つ生じる」という表現がよくなされるせいか,グルコースを構成するCとHとOの数を単純に半分にした,C3H6O3という誤答が目立ちます。

C3H6O3という答えが返ってきたとき,「いいえ,C3H4O3です」と“のみ”返すのは,NGというか,もったいないなと思っています。それなら学習者1人で一問一答形式の問題集をモリモリやっている方が,時間あたりに得られる情報量は多い。わざわざこちらの質問に答えてもらったのだから,私としては,そこから何かをフィードバックしたい。誤答の原因が,呼吸の過程が酸化還元反応に伴う発エネルギー反応であるという認識がないからなのか…あるいは,呼吸という単元で登場した新出単語をただただ覚えるだけで,単語と単語のつながりに意識が向いていないからなのか―学習者の方とのやり取りを通じて,当人が抱えているであろうと考えられる課題がいくつか仮説として上がってきたら,絞り込んで,解決策を提示する…いや,言うのは易しなんですけどね。

つまるところ,学習者の方から出てきた間違った答えに対してパッチを当てていくような対症療法はしたくないんです。その答えが返ってくるのには,もう少し深い理由があるはず。そしてその理由へのアプローチこそが,学習者の方が自身でこれからいろいろなことを考えていく助けになるんじゃないかなと思っています。早い話が,とっとと私なんて要らなくなってもらいたい。

私もつい,「どうして◯◯なんですか」と聞かれたら,「□□だからだよ」と答えてしまいたくなる…というか答えてしまうことが多くあります。質問の内容にもよるのですが,そのたびにチクリと,「んふふw,なんでだと思う?」などと訊かなかったことを少し後悔するのです。だって,これじゃ私が要らなくなることにあまり貢献しないでしょう?

「地球温暖化が進むとなんでサンゴが白くなるんですか?」に,「サンゴって何だと思っていますか?」と訊き返したことはあるんですが,そういう感じのやり取りの頻度をもう少し上げていきたいということです。めんどくさい人だ,早く正解をくれ―と思われるかもしれませんが,そこは言い方や表情次第でどうにでもなるんじゃないでしょうかね。幸いにも,話しかけやすい見た目ではあると言っていただけてはいるので,あとはソフト面の工夫です。「何でだと思う?」って,壁に向かって素振りしようかな…いやそれは気持ち悪いな…

 

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一般に,こういう人はめんどくさいんだと思います。ニーズに応えるなどと言ってめんどくさいことを避けるとか,学習する側はめんどくささを受け入れるべきだ―とかではなく,とりあえず着地点として「めんどくさいなぁ笑」って笑ってもらえるくらいを目指したいところ。たぶん,愛想の良さとか,めんどくさいことをする前に築いた関係性みたいなところに,答えがあるような気がしています。

本音を言えば,こんな程度のことをめんどくさいと思ってもらいたくはないんですけどね。現状そう思ってしまっているのなら,そこからスモールステップで前に進んでもらえれば嬉しいです。

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