第2章 少子高齢社会の現状と将来予測:人口減少問題に関する調査報告書 人口減少社会の展望と対策
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第2章 少子高齢社会の現状と将来予測:人口減少問題に関する調査報告書 人口減少社会の展望と対策

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人口減少問題に関する調査報告書 「人口減少社会の展望と対策」は公的データをベースとして、人口減少に伴う社会の変化をさまざまな角度から可視化することを第一の目的とする。また、コロナ禍による新たな変化の分析も加える。その上で、人口減少社会に耐え得る社会を築いていくための提言を行うものである。

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■想定より早かった出生数90万人割れ

 前章で平成時代に起こった人口をめぐる変化を概観したが、少子高齢化は今後の日本に多大な変化をもたらすこととなる。その具体的な動きを読み解く前に、少子高齢化の実態について整理しておきたい。

 一般的に「少子高齢化」と一括りにしがちだが、少子化と高齢化の要因は異なり、両者に因果関係はない。出生数が減るのは多くの夫婦・カップルが子供をもうけなくなったことの結論であり、高齢者が増えたのは医療の進歩や経済成長に伴って社会が豊かになり平均寿命が伸びたことが主要因だ。出生数が減少したからといって高齢者数が増えるわけではない。その逆もしかりだ。

 少子化と高齢化に関連性があるとすれば、少子化が進むことによって総人口に占める高齢者の割合(高齢化率)が相対的に大きくなることだ。一方、総人口や勤労世代(20~64歳)の減少は少子化と高齢化が合わさることで起きる。

 少子高齢化の現状を確認していこう。

 新型コロナウイルスの感染拡大の陰に隠れて大きな話題にならなかったが、「コロナ前」の2019年は少子化にとっては危機的な変化が表れた年であった。先に触れた通り年間出生数は86万5239人にとどまり、前年と比べて5万3161人もの急落となったのである。いわゆる「86万人ショック」である。

 この下落を率に換算すると前年比5.8%減だ。合計特殊出生率も0.06ポイント低下し1.36となった。「1.3」台となったのは2011年以来であった。

 年間出生数が初めて100万人の大台を割り込んだ「ミリオンショック」は、97万7242人となった2016年のことである。わずか3年で90万人台に終わりを告げたことになる。社人研の将来人口推計は、年間出生数が86万人となるのは2023年と予測していた。減少スピードが速くなってきたということである。

 次に高齢化だ。総務省によれば2019年の高齢者数(65歳以上人口)は3588万5000人だったが、2020年は3619万1000人となり30万6000人の増加となった。高齢化率は過去最高の28.8%である。

 高齢者のうち75歳以上人口は半数近い1872万3000人(前年比23万3000人増)を占める。総人口に占める割合は14.9%でこちらも過去最高を記録した。85歳以上人口は619万5000人、100歳以上は7万6000人である。高齢者の中でも「より年を重ねた高齢者」が増えているのだ。

 高齢者数が増えるにつれて、亡くなる人も増える。2019年の死亡数は138万1093人で戦後最多だ。この結果、出生数から死亡数を引いた人口減少幅は過去最大の51万5854人を記録した。

 少子化の影響で新成人が減る一方、高齢者の仲間入りをする人が増えることで、勤労世代も減っていく。総務省によれば、2019年の「20~64歳」は6925万2000人だが、2020年には6882万9000人となり42万3000人減った。生産年齢人口(15~64歳)で計算し直すと、58万人のマイナスだ。

 かなり厳しい状況にあるが、出生数の減少や高齢者数の増加はどこかで止まるのだろうか。高齢者数は、すでにこの世に生まれ落ちた人々が毎年年を重ねていくことの結果である。平均余命は伸び続けており、厚生労働白書(2020年)によれば、2019年時点で65歳だった人が90歳まで生存する確率は男性36%、女性62%だ。100歳となると男性4%、女性16%である【図:2-1】。

2-1③65歳の人が90歳、100歳まで生きる割合

社人研の中位推計では2042年の3935万2000人が高齢者数のピークなので、今後20年ほどは増え続けるということだ。その後は減り始める。

 一方、出生数とは、人口問題の中で唯一残っている「変数」である。高齢者数とは違い、人々のこれからの選択によって変えられる余地はある。理屈の上では、日本が子供のたくさん生まれる社会を取り戻せたならば少子化は止まる。

 しかしながら、現実的に止められるかと言えば、簡単でない。日本で出生数が大きく減りゆく要因は、人々の子供に対する価値観が変わり「子供を持たない」という選択をする夫婦・カップルが増えたこともあるが、それ以上に「子供を産むことのできる女性の数が減る」という構造的な問題によるところが大きいからである。

■出産可能な年齢の女性数が急減へ

 そうした意味では2020年は転換点だ。総務省の人口推計によれば、2020年の女性の総人口6455万4000人のうち、49歳以下の女性人口が3206万8000人になったのに対し、50歳以上が過半数の3248万6000人であったのだ。女性人口の過半数を50歳以上が占めたのは初めてのことである。さらに詳しく見てみると、65歳以上が2045万3000人だ。すでに日本の女性のおよそ3人に1人は高齢者となっている。

 これは出産可能な年齢の女性の激減期に入ったということである。なぜならば、多くの女性は40代までに出産を終えるからだ。近年は晩婚・晩産が進んだが、2019年の出産数のうち40代の出産は5万784人(このうち第一子を出産した人は1万8344人)に過ぎず、50歳以上になると一段と少なくなる。

 50歳を超えると出産数が急減するのは、妊娠に関する医療技術が進歩したとはいえ、高年齢になるほど妊娠しにくくなるという生物としての限界があるからである。合計特殊出生率(1人の女性が生涯に出産する子供数の推計値)について、母親になり得る女性の年齢を15~49歳として計算するのもこのためだ。

 2021年以降は子供を産むことのできる女性がさらに減っていく。仮に今後ベビーブームが到来したとしても出生数が上向きへと転じることは難しい。

 子供を産むことのできる女性数が減少するのは、過去の少子化が原因だ。戦後の日本は、ほんの一時期を除いて少子化が続いてきたが、それは毎年、女の赤ちゃんの数を減らしてきたということである。女の赤ちゃんは25年後には25歳、30年後には30歳の女性となる。後になってその数を増やすことはできない。

 言い換えれば、現在の女の子供数を数えたら、何年後に何歳の女性が何人存在するかをかなり先までかなりの精度で言い当てることができるということだ。

 厚労省の人口動態統計で2019年に出産した女性の年齢を確認すると25~39歳が約85%を占める。そこでこの年齢幅を「出産期」と仮定して、この年齢層の女性数が今後どれぐらい減るのかを確認してみよう。

 2019年には1005万2000人であったが、社人研の中位推計では2045年には4分の3の755万8000人となる。今年生まれた女児が25歳となる四半世紀後までは、この年齢層の女性の人数はほぼ決定済みで、この推計値は大きく外れることはない。過去の少子化が「次なる少子化」を生み出していく悪循環に陥っていくため、50年後の2070年には503万3000人と半減する。

 子供を産むことのできる年齢の女性数が半減してしまった社会で、現行の年間出生数の水準を求めようとするならば、子育て世帯が倍増するか、子供をもうける夫婦・カップルがもうける子供数が倍増するか、あるいは両方の数字がそれぞれに上昇することで実現するかである。しかし、これはかなり厳しい注文だ。

 現在の子育て世帯の割合については、厚労省の「国民生活基礎調査」(2018年)が紹介しているが、18歳未満の未婚の子供がいる世帯は1986年には1736万4000世帯で、全世帯のほぼ半数にあたる46.2%を占めていた。ところが、2018年は1126万7000世帯で、22.1%にまで低下してしまっている。この間、一人暮らしの増大で世帯数そのものが増えたという要素を考慮したとしても、いまや子育て世帯は5世帯に1世帯の〝珍しい存在〟となってしまったのである。

 子育て中の各世帯に何人の子供がいるのかを確認しても、その減少ぶりが分かる。1986年は「子供1人」が35.2%、「2人」が48.3%、「3人以上」が16.6%であったが、2018年は「1人」が45.4%に増えた一方で、「2人」は40.4%に減った。「3人以上」はほぼ横ばいの14.2%であった。子供のいない世帯が激増し、いたとしてもその人数がかつてに比べて激減してしまっているということである。

 そもそも夫婦やカップルにならなければ、子供は生まれない。未婚率が想定以上に上昇したならば、さらにハードルは高くなる。
婚姻件数は2019年こそ「令和婚ブーム」もあって久々に改善したが、長期下落傾向をたどってきた【図:2-2】。

2-2④婚姻件数の推移

一方で未婚率は上昇を続けると予想されている。子育て世帯数や各世帯の子供数が「2倍」どころか、さらに多くならなければ現状の出生数に近づくことにもならないということである。

 これをイメージするならば4~5人の兄弟姉妹が当たり前の社会であろう。「4~5人の兄弟姉妹が当たり前だった時代」とは戦後まもなくのベビーブームまで遡らなければならない。団塊世代の最初の年にあたる1947年の合計特殊出生率が4.54だ。

 一般的に経済が発展し、乳児の死亡率が下がると少産に向かい始める。結婚や出産は人々の価値観によるところが大きく、ひとたび「少なく産んだ子供を大切に育て上げる」という考え方が広まった社会が、多産に戻ることは難しい。

 果たして50年後の日本社会は「例外」となり得るだろうか。もちろん可能性はゼロではないが、極めて低いと言わざるを得ない。

■2040年代には毎年90万人ずつ減少

 誠に残念であるが、日本の少子化はかなり長い期間続く公算が大きい。それは同時に人口減少も止められないということだ。

 2019年の人口減少幅が過去最大の51万5854人になったと先述したが、これなど序の口である。少子化が想定以上の速さで進む一方で、死亡数は高齢化に伴って年々増え、2040年の167万9246人まで増加を続ける【図:2-3】。

2-3⑤死亡数の将来推計

社人研の「日本の将来推計人口」(2017年)によれば減少幅は年々拡大し続け、2040年代に入ると毎年90万人ほどの規模で減っていく。

 経済的視点でとらえるならば、毎年1つの県や政令指定都市と同規模の国内マーケットが縮んでいくようなものである。こんなペースで減ってしまったのでは、国内向けの商品やサービスを扱う企業はもとより、ほとんどの業種がダメージを受ける。成り立たなくなるところも増えるだろう。地方自治体だって存続が危ぶまれる。勤労者はもとより、社会の支え手そのものが圧倒的に不足する。

 2021年1月1日現在の日本の総人口は、1億2557万人だが、社人研の中位推計では2040年には1億1092万人となり、2053年には9924万人で1億人を割り込む。2065年には8808万人まで減り、2115年には5056万人で現在の半数以下となる見通しだ。

 だからといって、この状態を「放置するしかない」と言いたいわけではない。出生数の減少は当面避けられないとしても、減るスピードを少しでも緩めることはできるだろう。そのための努力は怠るわけにはいかない。「この国の持続可能性を考えたならば…」などといった遠大な懸念はもとより、少子化のスピードの加速を許し続けたならば社会は激変し、大きな混乱を免れ得なくなるからだ。

 むろん、結婚も出産も個々人の価値観によるところが大きく、特効薬のような政策は存在しない。ましてや「産めよ増やせよ」といったことを言うべきではないし、言ってみたところで効果がなかったことは歴史が証明している。実際に、戦時中には軍部が出生奨励策に力を入れたが、その効果は大きくはなかった。ベビーブームが起こったのは平和が戻った戦後である。

 今後、われわれが何をし得るかといえば、結婚したいと希望しながらできないでいる人、希望する子供を持てずに悩んでいる夫婦がいることは確かであり、本人たちの希望が実現できるようサポートをすることだ。経済的支援や子育てしやすい環境づくり、あるいは出会いの場の創出などに関して、やり得る方策はいまだたくさん残っている。

 相当の年月を要するが、少子化の下落カーブを横ばいに近い状況になることに一縷の望みを託し、早急な成果を求めることなく、地道に少子化対策への取り組みを続けていくしかないのである。

 他方、当面は少子化が止まらないという「厳しい現実」を受け止め、社会が高齢化しながら総人口が減っていくことを前提として社会を作り直していくことが急がれる。人口が激減したとしても社会が機能不全に陥らないようさまざまな制度や仕組み、価値観を含めた社会のありようまでも変えていかなければならなくなるだろう。

 政府は、結婚や出産に関する国民の希望が叶ったとした場合の合計特殊出生率が1.8になるとして、これを「希望出生率」と名付けてその実現を目指している。だが、出生率がわずかばかり上昇したところで、出生数の減少は続く。小手先の少子化対策など焼け石に水にすらなり得ないのである。

 いますべきは、「少子化を止める」とか「1億人規模の人口を維持する」とかいった意気込みを語ることではない。一刻も早く発想を切り替えて、この「不都合な現実」を前提として日本社会を根底から作り直すことである。

 少子化や高齢化が進み、人口が減りゆくことを織り込んで、どう対応していくかを考えなければならない。変わらざるを得ないのであるのならば、早く挑戦を始めたほうがより多くの選択肢が残る。

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むかしむかし民主党が政権交代したときに「プラトン」公共政策プラットフォームというシンクタンクがありました。 令和時代に「ゼロからオープンな政策プラットフォームをつくる。」を目的にゼロプラをはじめました。