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短編小説【少女と狼の災難】著者:椿


 とある田舎の方にブドウやイチゴを栽培する果樹園がある。
そこはおばあちゃんがずっと一人でやってきた小さな農園だ。全体で二五メートルプールが二つ分ほどしかない本当に小さな小さなものだった。
しかし、おばあちゃんの作る果物はどれも絶品と評判が良く、口に入れると甘さとしさが口いっぱいに広がり、更にその後、必ず幸運が訪れると言われている。
 その為、人々からは〈幸せの果物〉と呼ばれ人気をしていた。
さて、物語はそんなおばあちゃんがぎっくり腰で倒れてしまった翌日から始まる。
 
 おばあちゃんには今年十二歳になる孫の女の子が一人いた。
いや、正確には、娘もいるのだが娘と婿夫婦は共に外国のどこか遠くに行ってしまっていて居ないのに等しい。が正解だ。
兎に角、おばあちゃんが動けなくなってしまった知らせを聞いた孫娘はお見舞いに出かけようとしていた。
さっそくお気に入りの真っ赤なずきんをすっぽり被さり、バケットを手に家を出た。
ちなみにバケットの中にはおばあちゃんがこしらえたブドウで作ったブドウ酒とバナナ。それとショットガン。それから、猛獣の肉をも両断するナタ。大岩をも吹き飛ばす手榴弾が一個。後半に紹介したアイテムは護身用である。
決して、野生動物の狼とかオオカミとか狼とかをぶち殺す気満々なわけではない。
 
そんなこんなで、赤ずきんの女の子リンダは道草も一切せず、おばあちゃんの家に到着したのだった。
「あら、リンダよく来たね。途中でなにか出くわさなかった? たとえば、狼とか?」
「や。わたしゃぁ、ヒックッ。しょ~んなに、ヒックッ。ひまじゃ、ないわ」
「あらあら、途中でブドウ酒を飲んで酔ってしまったのね。かわいそうに……。あら、リンダ。バケットの中身は空っぽのビンと、バナナの皮。それと物騒な物しかないわ。貴女はここに何しにきたの?」
 おばあちゃんは呆れてしまっていた。そう、リンダは道中にお見舞いの品を全部胃袋の中にしまいこんでいたのだ。
「だいじょ~ぶ、に、ふかのぉうはないのら~あひゃひゃひゃ」
「リンダ……。私は貴女のような子を孫に持って不幸だわ。でも一番かわいそうなのは貴女ね。さ、お見舞いはもういいから、お帰りなさい。まっすぐ寄り道をせずに帰るのよ? いいわね?」
「まかせろ~ひひゃひゃひゃ」
 リンダはで右に左に、ふらふらとしながら帰路につくのだった。
「あへぇ? の家はだっけ~?」
 リンダの前には分かれ道があった。一つはリンダの家に続く道。もう一方は狼がうようよいる花畑。
 分かれ道の中間に立てられた看板にはその趣が記されていた。
「ん~。きれいなお花摘んれ行けば、婆よろこぶかな~いひひひ」
 リンダは先程ひどく泥酔しており、記憶も曖昧であった。なので、先程おばあちゃんの家に行ったことなど忘れてしまっていたのだった。
「お花を摘みにれっしゅごー!」
 ……こうして、泥酔赤ずきんのリンダちゃんは狼の住処に足を運ぶのであった。

 
 花畑は色とりどりに咲き乱れていた。そこには多くの昆虫から草食動物が訪れる自然豊かな場所だった。
 草食動物が多く集まるということは、それを狙う狼もいるということである。
 今も一匹の狼が眼をぎらぎらさせて獲物が来るのを、今か今かと張っているところであった。
 そこへ、一人の赤ずきんの少女が現れた。彼女は右へ、左へふらふらとおぼつかない足取りでゆっくり前進していた。
(絶好の獲物を見つけた! ……でも、待て。慌てちゃいけない。慎重にいこう)
 狼はただならぬ様子の赤ずきんちゃんを警戒していた。
 身をめ、草と花の間を這って彼女の正面まで先回りした。そして、見た。
(ん? あれは、酔っ払っているのか?)
 赤ずきんちゃんの目の焦点はまるで合っておらず、いつ、すっ転んでもおかしくないふらふらの足取り。狼は警戒を緩め、立ちあがった。
「そこのお嬢さん。なにをしているんだい?」
 よだれを垂らさないように気を使いながら話しかけた。
「ひっくり腰婆のめに、おはなをみにきたの~」
 狼は赤ずきんちゃんの口から放たれる猛烈なお酒の匂いに鼻がもげそうになった。同時に、食欲も失せていった。
「へー。おばあちゃんのお見舞いなんて偉いねー。おばあちゃんの家はどこなの? オレ様もお見舞いに行きたいから教えてほしいな」
「いいよ~あっちの方にいったところにあるよーあひゃひゃ」
 食欲を失ったと言ってもまだ人を食う事を諦めたわけではなかった。あくまで、酔っ払いの少女を食う事だけは諦めただけである。
 狼はまんまとおばあちゃんの家を聞き出す事に成功したのであった。
 だが、そこがおばあちゃんの家の方だとは限らない。
そこは赤ずきんリンダの家の方向であったのである。

 
「リンダ……貴女さっきもここに来たでしょ?」
 おばあちゃんはため息交じりに呟いた。
「へ? そうだっけ? いつの間にか、お見舞いの食べ物が無くなっちゃってたから、せめてお花を摘みに行こうとしたところまでは覚えているのだけれど……」
 リンダはもう一度おばあちゃんの家に引き返した頃にはすっかり酔いから醒めていた。
 そして、例によって酔っていた記憶がなかった。
「……まぁいいわ。お見舞いありがとう」
「えへへ。おばあちゃんのためだもん♪ 早く良くなってね。それじゃ、私帰るねー」
「今度こそ、まっすぐ家に帰るんだよ。狼が出るから気をつけて」
「わかっているよー。――て、何か大事なことを忘れているような……?」
 リンダは何か忘れている気がしてならなかった。
「そういえば貴女。なんでブドウ酒なんて飲んだの?」
「実は、どうしても喉が乾いちゃって、一口飲んだ後から記憶がないんだ……てへっ」
「……貴女はお酒を飲んではいけない人種のようね。さあさ、おかえり。もう遅いから帰りなさい」
「はーい。じゃあね。おばあちゃん。今度こそブドウ酒を届けにまたくるねー」
「……できれば二度と来ないでちょうだい」
 リンダはおばあちゃんの家を後にした。
 
「すっかり遅くなっちゃったなー、日も傾きかけているし……」
 家を出たときは正午を回ったぐらいだったと記憶しているが、いつの間にか辺り一面がオレンジになっており、見上げれば、うっすらと半月も見える。
 帰り道は先の分かれ道も迷うことなく、正しい道に進んだ。おかげであっという間に煙突付きの木造の家が見えた。
 鍵を開けて中に入る。ミルクと野菜が煮込まれたシチューの香りが鼻孔をくすぐった。
 台所を見ると、人一人分は入るだろう大鍋に十分に野菜だけが煮込まれたシチューが放置されていた。
 だが、そこには誰もいなかった。
「あれ、誰かいるのー? ひょっとしてお母さん?」
 そんなわけはないと思ったが、両親が家に帰ってきているかもしれないと思い声をかけてみた。
「あらあら、赤ずきんちゃんおかえりー。そうよ、わたしよー」
 声は寝室のベッドから聞こえた。急いで寝室にいくと、自分のベッドに毛布を被る物体を発見した。毛布の隙間からは毛むくじゅらの尻尾のようなモノや、鋭い爪のようなものがはみ出していた。
「……ねーねー。お母さんもお父さんはそんなガラガラ声じゃないわ。もっとキレイで美しい声なのよ」
 赤ずきんのリンダはそっと、バゲットに手を伸ばした。
「それはね。風邪を引いてしまったからだよ」
「……ねーねー。それにお母さんもお父さんも尻尾は生えていないわ。まるでケモノみたいだわ」
「それはね。大人になると生えて来るんだよ。赤ずきんちゃんも大きくなったら生えて来るはずだよ」
 バゲットに忍ばせたショットガンに実弾が込められていることを確認。そして、銃身の下に付いた黒いカバーを引き、コッキングする。
「…………おばあちゃんはそんな尻尾なかった。それに、その長い爪はなに?」
「それはね。うそつき酔っ払い赤ずきんちゃんの喉元を切り裂く為だよ!」
 勢いよく毛布がめくりあがり、そこにはな狼の姿があった。狼はリンダに襲いかかろうと飛びついてきたが、次の瞬間、
「死ね」
 小さな煙突の付いた家に一発の、金属が弾けた鈍い音と硝煙の香りが充満した。
 大量の血痕が床を濡らし、壁には数発の銃痕が付けられた。
 リンダに襲いかかろうとした狼は、既にぴくりとも動かなくなっていた。
「思い出したわ。私、貴方と花畑で会ったよね? おばあちゃんの家を聞かれた気がするわ。まぁ、酔っていた私を狙わなかったのが運の尽きね。私の両親は世界で活躍する本物の一流殺し屋。私にも殺しの才を受け継いでいる」
 言いながら、死体を台所まで引きずりこんだ。そして、ナタのようなモノで肢体を解体し始めた。
「貴方は私をそのまま食べようとせずに、律儀にシチューの肉にするつもりだったようね。それが逆に食肉にされるなんて皮肉ね。――でも、るからには逆に食われる覚悟が貴方にもあったはずよね?」
 リンダは手際よく刻みこまれた鉛玉を取り除き、臓器を切り離し、食べる部位の肉の血抜きまで完璧に済ませた。
 その肉を一口サイズに切り分けシチュー鍋に入れて火を起こした。
「――これで、よし。今夜は狼肉のシチューね。あ、でも一人じゃ食べきれないから明日、おばあちゃんの家にお裾分けしに行こうかな♪」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                                  終わり

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