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学園小説【男子(ロマン)と恋(スパイス)のLOVE & PEACE】著者:椿

☆プロローグ ~春風とともに~

 風のように颯爽に廊下を走りぬける。それは嵐を引き寄せるかのように。
 脱兎の如く、吹き抜ける風は嵐に捕まらないように。
 疾風の如く、悪魔を孕んだ嵐の災禍から逃れられるように。
「アイちゃんまってぇー❤」
「あぁーん、アイちゃん足速くてステキよぉ❤」 
「哀(あい)くん。ぼくの愛を受け止めておくれっ!」
「哀! 俺の、太くてぶっといフランクフルトを食べてくれ!」
 拝啓。お父さんお母さん。
 お父さんが青春を過ごしたという、母校は今じゃ変態(バケモノ)たちの巣窟と化しております。
「ひぃぃい。来るなぁ! 来るな! だ、誰か助けてくれー」
 そして、その変態のターゲットに選ばれてしまった僕は、人生最大のピンチに直面しております。
「あぁ~ん❤ アイちゃん、かわい~い」
「チクショー! どうしてこうなった!?」



☆第一章 ~キミとボクの出会い・恋のおまじないをキミに~


 半年前。
「私立桃恋((ストロベリー))学園入学願書?」
 帰宅し、通学カバンを机に置こうとした時に、それを発見した。やたらピンクと花柄が使われた封筒。絶対お母さんの仕業だと思った。
 願書らしきモノ(?)を手に、リビングで掃除機を当てていたお母さんに詰め寄る。
「あぁ、それ? アンタがもたもたと進路を決めかねているからお父さんの母校の願書もらってきたの。適当に書いて受験しなさい」
「適当にって……」
「言っておくけど、嫌とは言わせないよ。だって、こんなぎりぎりまで志望校を決められなかったアンタが悪いんだからね?」
「でも、ここって男子校で有名だし……」
 女子がいないのは絶対に耐えられない! と言ってやりたい。だが、この人は後で絶対にそれをネタにする。誰かれ構わず面白おかしく脚色を加えて言いふらすのだ。近所のおばさんたちの間で『女大好き! 性欲魔』とでも噂されればたまったものじゃない。
 ……いや、半分ぐらいは間違っていないけど。
「……よーく書面を見なさい。今年から共学になるって書いてあるでしょ?」
「なぬ!? って、ほんとだ!」
「伊達にアンタの母親を一五年もやってないからね。女子がいない環境に放り込むなんてことしないわよ」
 きりっと決め顔で言いきると、再び掃除機のスイッチを入れた。さすがは僕の母だ。グッジョブ。
 こうして僕は入学願書の必要事項を記入し、受付窓口に提出したのだった。
 そして、月日は流れた。
 受験当日。緊張でよく覚えていなかったが、問題自体は割とよくスラスラ解けたと思う。だけど、受験に使われた教室に女子の影は見なかった。……ような気がした。でも、たぶん気のせい。
 合格発表。ドキドキしながら、張り出された合格掲示板から自分の受験番号を探した。番号はすぐに見つかった。だけど、みんなの視線は掲示板に釘付けの筈なのに、なぜかいろんな人に見られている感覚が拭えない。何となく居心地の悪さにたまらず、事務手続きだけを済ませて帰宅した。
 それからしばらくして、今日は待ちに待った入学式当日の朝。
 Yシャツの袖口に腕を通し、ボタンを留める。慣れないネクタイを結んで鏡の前で出来栄えをチェックする。
 すっかり見慣れて飽きてしまった顔がそこにあった。でも嫌いではない。自分で言うのもなんだが、客観的に見ても僕の顔立ちは整っている。カツラを被ればあるいは女子と見間違えられるほどであり、顔はだいぶ小さく、眼はぱっちり二重。鼻筋がすーっと通っており、肉厚がいい口と血色のいい肌。髪は爽やかなツーブロックショート。
 そんな見た目だけはいい僕だが、恋人がいたことがない。それどころか生まれてこの方、家族以外からバレンタインの義理チョコすらもらったことがない。
 僕が女子に話しかけるとなぜか皆顔を真っ赤にしてどこかへ走り去ってしまうのだ。なので、「なぜだ⁉ なにがいけなかったのか……」と後悔と忸怩(じくじ)たる思いに駆られることもしばしば……。
 つまり何が言いたいかというと、高校生になった今こそ『脱・年齢=恋人いない歴! 高校生デビュー!』を狙っているのだ。モチベーションも高く、勢いよく玄関を飛び出した。
 桃恋(ストロベリー)学園へは駅まで徒歩一〇分。駅に乗って、乗り換え二回で一五分。こうして緊張とワクワクと、僕好みの可愛い女の子はいるかなー? っていう甘い想いと期待を胸に、校門を潜り抜けた。

「――新入生の諸君。これから君達は三年間の間で勤勉と部活、そして何より恋愛と。それぞれ青春の花を咲かすことだろう。先輩である私から一つアドバイスをさせてもらおう。己の真の姿を今こそ解放し、青春を謳歌するのだ‼」
「以上。生徒会長三(み)海藤(かいどう)隼人(はやと)くんでした。ありがとうございました!」
 檀上に立ち、マイクを強く握っていたやたらハンサムな生徒会長がお辞儀をかわした。同時に、パチパチと盛大な拍手が巻き起こる。僕も周りの雰囲気に流されて拍手をするも、腑に落ちないことがあって顔はひきつっていたが……。
 おかしい。意気揚々と門を超えてきたものの、今右を見ても左を見ても男、男、漢! 男がずらりと整列しており、文字通りの男祭りなのだ。
 制服がはちきれんばかりにモリモリマッチョボディの角刈りのあんちゃん。激眉にはっきりくっきりとほうれい線が浮かび上がったおじさんのような兄さん。紫ドレッドヘアーに異常にアゴが発達(?)し、先が尖ったハンサムボーイ。
 極めつけは、僕の斜め前の奴。カッチカチの逞しすぎる胸板と太い腕。丸太のように太い太腿。秘部を隠すスカートは短く、少し脚が動けばパンツが余裕で見えてしまうほど短い。金髪ツインテールの男子が生息していることだ。
 しかも、この金髪ツインテールマッチョのバケモノ。僕の視線に気付いたのか、こちらに振り返り、目があってしまった。既に脚の震えと吐き気がヤバイ。
 さらに、ウィンクまでされてしまった。鳥肌と血の気が引くのを感じた。

 今のところ見かけた女子は0! 共学とは? と、キレたくなる。同時に、きちんと確認もせずに母の言葉のみを信じ、猪突猛進した自分を呪った。
 そんなことを考えている内に入学式は終わっていた。整列していた一団がぞろぞろと体育館を後にしていく。
 僕も遅れないように出口に向かおうとした時、ふらっと身体がよろめいてしまい人とぶつかってしまった。
「いたっ!」
「ご、ごめん。大丈夫?」
 僕は反射的に謝罪を口にし、紳士的な態度を取る。しかし、言葉とは裏腹に僕はある種の感動を覚えていた。それはぶつかった刹那に感じ取ったやたらとふわりとまるっこい柔らかい感触。それと甘いシャンプーの香り。肌と鼻孔が喜びの雄たけびを上げ、脳裏に「女の子成分ゲッチュ! ひゃっふー」というものだった。
「だいじょうぶです。――ッ! あ、あの! ごめんなさい!」
「あっ」
 声をかける間もなく、その子は僕を見るなり走り去ってしまっていた。
 しかも、不覚にも顔を見ることを忘れてしまったという大失態付きで……。

「荒木(あらき)咲夜(さくや)です。趣味はアゴを尖らせるためにサッカーやってます! 絶賛彼氏募集中でっす! よろしく」
 パチパチと拍手が巻き起こる。
「はいはい。荒木くんね。でもアゴとサッカーの関係性はなんだんだ?」 
 白衣に両手をつっこみ、猫背にだるそうなまっちょりした口調。細く短い紙を咥えた教諭が荒木に尋ねた。
 それに元気よく紫ドレッドヘアーのアゴ(荒木)が答えていたが、どうでもいい。僕は先ほどぶつかった女子生徒のことに思いを馳せていたのだ。
 あれは間違いなくS級美少女。ぶつかった角度から身長は150cm後半。体重は40kg台とみた。バストはおそらくC! ムフフ。思わぬ災厄(?)に見舞われたが、僕はキミを見つけた。絶対に我がモノにしてみせる! そして、あんなことやこんなことはもちろん。自宅でXXXなことからホ○ルで※※※までして……。
「――おーい、一条。お~い、一条~~」
「は、はい。すいません。ぼーっとしてました」 
 担任の……、名前はわからない白衣のおっさんに叱られ我に返り、立ち上がった。
「おいおい、入学初日からしっかりしろよー」
「すいません。一条哀(いちじょうあい)です。趣味は読書。昨夜も遅くまで読んでて寝不足気味だったので、ついやってしまいました。反省してます」
 今の一件をネタに転じて、無難な趣味をチョイスして自己紹介をさらりと済ませる。これで負のイメージは払拭できたはずだろう。
 っていうか、こんなことでバケモノ達に目を付けられるわけにはいかない。僕には入学前から心に固く誓った目標があるのだ。
「ほー、そうか。明日からは授業があるからほどほどにな。次よろしく」
 どうやら、狙い通りに強い印象付けることなく場を流すことが出来た。とホッと着席する。
 だが、この時の僕は知らなかった。この場にいる全員(※先生を除く)が今の僕の自己紹介に性的に興奮し、股間部に血が集まっていたこと。敢えて漫画的擬音を用いるのならば、ドッピューンとテントを張らせ、光り輝かせていたといことを……。

 入学から既に一週間。
 最初の三日間は男しかいない教室に吐き気と目眩を覚えていたが、四日目にはこの発作は納まっていた。というか、入学式で見かけた奴等全員が同じクラスメイトだったことには驚かされた。
「起立、礼!」
 慣れるとコイツ等も生活の一部に思えて、どうってことはない。
「着席! よろしくお願いします」
 しかし、一つ問題があった。入学式の帰り際に出会った女子生徒とはあれっきりということだ。休み時間や放課後を使って彼女を探しまわったが、なかなか見つけることができなかったのだ。
「それじゃ、今日は保健体育の第一回目の授業ということで……」
 とはいっても、おおよその所属クラスは割り出している。恐らくD組所属。僕が所属するA組の教室から一番遠いクラスだ。それと彼女は休み時間と放課後は一目散にどこかに行っている。そうでなければ、僕が見つけられてない筈がない。
「『受精と精子のつくり』についてやろうと思います。みんな教科書134ページを開いて」
「おぉー! さすが先生わかってる!」
「一番興味あるところ!」
 今日こそ見つけてみせる! そして、必ず我が物にしてみせる。と、握りこぶしを作り小さくガッツポーズを取った。
「えー、それじゃガッツポーズを取った一条くん読んで」
「……へ? あ、はい」
 教科書を開き、読み始める。
「近年まではお腹に赤ちゃんを宿し、育児を行うのは完全に女性だけでしたが、現在ではその隔たりはなく、男性の腹にも赤ちゃんを宿すことは可能であり? ……えー、主夫という育児を専業で行う男性も増加傾向にあり……ます?」
(なんだこれは。聞いたことないぞ⁈)
「はい。一条くんありがとう。これは人口女性器の移植手術が某国で成功し、男性が妊娠したという前代未聞の偉業を達したことが確認されたということですな」
(偉業? そもそも聞いたことないんですけど⁉)
「先生質問!」
 出席番号の真ん中より下ら辺のメガネ男子が息を荒くして腕をあげた。
「男性でも妊娠が可能になったということは、これからもし、意中の彼と結ばれればいつかは愛の結晶を作り出すことも可能になるってことでしょうか⁈」
 彼はかなり興奮した様子で舌を捲くし立てた。何をそんなに興奮してわけがわからない。コイツはホモなの?
「えぇ、もちろん。可能性は十分にありえますね」
「やったぜ!」
「やっほい! これはとんでもない朗報だ!」
「これで、日本もいずれは同性婚を認めざる得なくなるぞ!」
「アイちゃん。あぁぁー、アイちゃんとワンチャン子作りができる……」
「哀。お前は俺のものになるのだ!」
 クラス中が一斉に沸きあがり歓喜の声が上がった。
(あ、このクラス、僕以外みんなガチホモだ。しかも、最後聞き捨てならない単語が聞こえてきたし……)
「ごほん。次は家庭科の調理実習だったね? 私から意中の彼を虜にする魔法を一つ教えよう」
 激しく嫌な予感。
「それは自分の体液を料理に混ぜて、意中の彼に食べさせると両想いになるというまじないだ」
「「うぉぉおおお!」」
 クラスが先に増して沸き立ち、興奮したことは言うまでもなかった。

 何かが間違っている保健体育の授業が終わり、次は家庭科の調理実習を迎えていた。
 作るものはあらかじめ決められたものを作るのではなく、先生に自己申告したものを各々が調理するといった自由度が高いものであった。
 僕は無難にプレーンオムレツを作る予定だ。材料も卵だけで簡単に作れる料理であり、それでいて奥深い。まぁ、本音を言えば、準備も片付けもめんどくさいからテキトーに済ませておきたかっただけなのだが、誰に迷惑をかけるわけでもないのでいいだろうと思う。
 手早く調理過程を終わらせ、できたオムレツを皿に移して完成。
「オホッ。アイちゃんさすがー! もう出来たのかよ!」
「ほんとだ。うまそー」
 完成させた僕の周りに男共が集まってきた。むさ苦しいことこの上ない。
「それじゃ僕、あっちで食べてるからそれじゃねー」
 こういう時は軽くあしらって避難するに限る。
「一口、一口だけ味見させて!」
「ぼくもぼくも!」
「俺も食べたい!」
 ……どうやら簡単には逃がしてくれないようだった。
「えー、でもコレ僕のお昼だし……」
 露骨に嫌そうな顔を作り、とっとと帰れ変態! と念を送った。
「代わりに一口あげるからそれで何とか!」
 結局僕の念は届かず、彼らの執念に折れてしまった。
 クラス全員が一口ずつオムレツをかっさらっていき、気付けば僕の分が一口ほどの小さなものとなってしまっていた。
 代わりに一口ずつくれると約束してくれたが、ひもじい……。
 一秒でオムレツを完食してしまったので、とぼとぼとと後片付けの作業に入った。流し台で食器を洗っていると、ひそひそ声が耳に入ってきた。
「なぁ、お前さっきトイレの個室にこもって何やってたんだ?」
「聞くだけ野暮ってもんさ。テメェも同じ穴の狢(むじな)なんだろ?」
「……まぁな。クラス中のみんな考えてることは一緒さ」
「「自分の体液入り料理を愛しの一条哀に食べさせて両想いにさせる!」」
「誰がアイをゲットして結ばれても恨みっこなしだからな!」
 ………………そういうことか。僕も大概ゲスイと思っていたけど、皆の方がよっぽどだな。
「おっしゃー! 俺の特大の息子をモチーフにしたジャンボフランクフルトが焼けたぜ!」
「この、ボクの身体の一部と愛が籠った一皿が完成した!」
「フハハ。科学の結晶である媚薬とまじないが籠った俺のサイエンスフード。これで、一条もメロメロにッ!」
「この料理は愛。アイちゃんぼくの愛を受け止めてぇぇ❤」
 なんということだろうか。全員の(体液入り)料理が一斉に完成してしまったようだった。しかも、高校デビューを狙っていたのは僕だけじゃない。全員だ。
 おまけに男子のターゲットは僕。冗談じゃない。ここから逃げ出さなきゃ犯される。
 そーっと、調理実習室のドアに手をかけ、開き廊下に出た。そして、猛然とダッシュ―。
「あ、アイちゃんが逃げたぞ!」
「なにっ!? みんなで追いかけるぞ!」
「「おぉー!」」
 激しく不穏な声がすぐ出た実習室から聞こえ、思わず振り返ると一同がドタバタと廊下に飛び出してきたところだった。
「ひぃぃーッ!」
 僕は声にならない悲鳴をあげて、渾身の力を振り絞って腕を振り上げ、走りだした。



☆第二章 ~気になるあの子は救世主!? 『みんなに嫌われちゃおう大作戦』~

 
風のように颯爽に廊下を走りぬける。それは嵐を引き寄せるかのように。
 脱兎の如く、吹き抜ける風は嵐に捕まらないように。
 疾風の如く、悪魔を孕んだ嵐の災禍から逃れられるように。
「アイちゃんまってぇー❤」
「あぁーん、アイちゃん足速くてステキよぉ❤」 
「哀くん。ぼくの愛を受け止めておくれっ!」
「哀! 俺の、太くてぶっといフランクフルトを食べてくれ!」
 バケモノ(クラスメイト)の求愛なんて、たまったものじゃない。脚が背中が身体中が悲鳴をあげて速度を上げていく。
「ひぃぃい。来るなぁ! 来るな! だ、誰か助けてくれー」
「あぁ~ん❤ アイちゃん、かわい~い」
 欲望を全快にした彼らは、限界を超えて駆ける僕の足に余裕で付いてくる。
「千クショー! どうしてこうなった!?」
 涙目でそう叫んだ時、猛スピードで走り抜けた先でちょこっと伸びる腕を見つけた。腕はぴょこぴょこと「こっちおいで」と手招きしてくれているようだった。
「もうすぐだよぉぉ! アイちゃん。もうすぐ追いついちゃうからねぇぇ」
「来るなぁ来るな! どっか他所に行けよ!」
「あぁぁあん❤ 照れちゃって、かわいい~」
 あっという間に廊下の突き当たりに来ていた。先ほど見えた腕の方を見ると曲がったすぐ横に扉が開けられた状態の空き教室らしき部屋が目に入った。続けて、見たのは女の子の姿。「入って! 早く!」と、彼女は扉を閉めようとスタンバイしていた。
 一か八か、僕は彼女の指示に従って、教室に滑り込んだ。
 バタンと扉が閉められ、その直後に嵐のようにバタバタと走り抜ける複数人の足音。どうやら、難は逃れることができたようだった。
「間一髪だったね。だいじょうぶ?」
 肩で息をしていた僕に花柄オレンジのハンカチを渡してくれた。
「はぁはぁ……ありがとう」
 ハンカチを受取り、額から滝のように流れる汗を拭いた。
「いえいえ。もう安心だから楽にしていいよ」
「何から何まで助かるよ。キミは?」
「あ、自己紹介がまだだったよね? 私は一年D組の佐々木(ささき)英恵(はなえ)」
 初めて聞く名だった。そう想いながら初めて彼女をまじまじと見た。小柄な体躯。身長は150cm後半で体重は50kgもなさそうな感じ。顔はお人形のように左右対称に整っており、眉は細く、優しい目をしていた。鼻も口も女の子らしく小さく美しい。前髪は綺麗に切り揃えられ、よりお人形さんらしさを増していた。
「僕は一条哀。一条でいいよ」
「知ってるよ。だって、キミ有名人だもん」
 英恵はくすくすと微笑を浮かべた。その可愛らしい仕草に胸がどきりと跳ね、心臓がひっきりなしに太鼓を叩いている。なるほど、これが恋という奴か。想い人よりやや胸が小さいみたいだったけど、ついに見つけた。愛しの女子生徒!
「有名人って、どういうこと?」
「知らなかったの? 入学前から魅惑のスーパー美少年って噂になっていたんだから。しかも、人の心を掴むような美声の持ち主だって。こうして話してみて納得しちゃった」
「……お、おぅ。そうだったのか」
 そんな噂が立っていたなんて全然知らなかった。
「ねぇ、これから一条くんはどうするの?」
「今日は助かったけど、このままじゃ、近いうちに犯されるかもしれないな……」
 追われていた時、ある意味、生命の危機すら感じたぐらいだ。
「そこで、私からの提案なんだけど、わざと皆に嫌われるように行動してみない?」
「どういうこと?」
「みんなに嫌われちゃえば、将来的に犯されて貞操を失うこともないじゃない? 題して『みんなに嫌われてDT死守作戦』よ!」
「その作戦には全面的に同意だけど、そのネームセンスはちょっと……」
「う、うるさい! 私のセンスにケチをつけるなぁー!」
 ぽかぽかと細い腕で叩かれたが、全く痛くない。あぁ、これぞ女の子って感じ。僕は 女の子に殴られて光悦してしまうほど心が病んでいたらしい。
 こうして、英恵の提案を受け入れ『みんなに嫌われてDT死守作戦』を実行することとなった。

 翌日、僕はいつもの朝より相当ゆっくりまったりして学校へ登校した。時間はすでに一〇時を回っており、余裕で遅刻である。
 授業をしている入りにくい雰囲気の教室の扉を堂々と開けた。
「ん? 一条か。おはよー余裕で遅刻だな。って、お前どうしたその頭⁉」
「これですか? 寝坊して慌ててきたものだから直す暇なくて」
 僕の髪はとんでもないぐらい寝癖でぼさぼさ。毛先があらぬ方向へ散らばりまくっているという大惨事を起こしていた。
「わかったから、早く席に付きなさい。――うぅッ、一条! お前、風呂にも入っていないのか?」
「……あぁ、暫く風呂がめんどくさくって入っておりません」
「不潔にしているとせっかくの美少年が台無しだぞ! まぁ、いい。授業を再開する」
 実はこれも例の作戦の内である。不潔な人間は男女問わず、近づきたくないものだ。要するに生理的に受け付けない人を演じているのだ。
 髪は寝ぐせプラスワックスで更にぼさぼさに。匂いは風呂に入っていないわけではなく、悪臭が漂うお父さんの靴下を拝借して、制服ジャケットの内ポケットに身に付けているだけである。
 だが、父親の靴下を採用したことについては後悔していた。鼻がもげそうなぐらい臭く、何より僕自身が一番ツラい。
 こうして何とか悪臭を耐え抜き、休み時間を告げるチャイムが鳴った。授業終わりと同時に、ほっと一息する間もなくクラスのバケモノたちに周りに集まってきていた。そして、僕は身動きが一切出来ないぐらい男達に完全包囲されてしまった。
「もうっ! 僕らのアイドル・アイちゃんがだらしなかったらダメじゃない❤」
「でも、そんなところもかわいい~」
「ほら、ここはぼく等に任せて。ね?」
「や、やめろぉぉおお!」

 休み時間が終わるチャイムが鳴った。
 僕は彼らにもみくちゃに弄られ、いつもの僕に戻されていた。何をどうやったのかわからないが、猛烈な臭いまでもがきれいさっぱりなのだ。
「ウフッ❤ ま、アタイたちの手にかかれば、ざっとこんなもんよねぇ。さぁさ、みんな。次の授業に備えて戻るわよー」
 僕は生まれて初めて男の人たちに汚され、ショックのあまり机に倒れこんだ。
【不潔、生理的に無理!】作戦、失敗

「う~ん。思ったよりも手ごわいわね」
「まさか、動じないどころか逆効果だったなんて、僕は一体どうすればいいんだぁ! あとなんだかんだで色々されて快感を覚えてしまっていた僕自身が一番許せねぇよぉ!」
 お昼休み。例の空き教室で英恵と密会という名の報告会議を行っていた。朝の一件で何の成果を上げることができなかったことに対して、頭を抱えていたのだ。
「落ち着いて。まだ手はある筈よ」
「あれでダメなら、もう授業中にう○こを漏らすしかないじゃないかぁ!」
「だから落ち着いてって言ってるじゃない! 一条くんって入試試験トップ五に入っていたというのに、なんでそんな発想が小学生並に馬鹿なのよ!」
 英恵がやれやれとため息をついた。っていうか、なんで僕も知らない情報持ってるの?
「うん○なんて漏らさなくても、方向性を変えればいいんじゃない。たとえば、別の誰か。一条くんよりもっと素敵な男性にみんなの好意が向けばいいのよ!」
 その時だった。
 けたたましいサイレンが鳴り響いた。
『緊急事態発生。緊急事態発生。校内に武装した何者かが侵入者した。全校生徒は速やかに、避難してください。繰り返す。全校生徒は速やかに、避難してください』
 非常事態というのだけはわかったが、正直よくわからなかった。武装した異常者がなぜ銀行ではなく学校を襲うのかがわからないし、ここは外国ではなく日本だ。某テレビ番組のどっきり企画に巻き込まれている方が何倍も現実味を帯びている。
「一条くん何をぼーっとしているの? 早く私たちも逃げなきゃ!」
「え、いや。でも……」
「ほら急いで!」
 英恵に腕を掴まれ、教室を飛び出した。
 走る。走る。走る。脇目も振らずにただただ疾駆する。事態は全く飲み込めておらず、なんとなくノリで駈け出してしまっているが関係ない。出口を目指してひた走る。意外なことに英恵は僕の足の速さについてこれていた。
 玄関昇降口を抜け、校門目指して全力疾走。……しようとしたのだが、昇降口を抜けたところで僕は犯人グループの一人。ムキムキマッチョのバニーガール姿のお兄さんの腕に掴まれてしまった。



☆最終章 ~愛(哀)は地球を救う(わない)~

 あれから、拘束されてしまった生徒は僕だけだったらしい。全校生徒と教師陣の前でお縄に付き情けない姿を晒してしまっていた。
 犯人グループはおそらく三人。一人はムチムチマッチョのバニーガール。もう一人は今僕をがっちり両腕でホールドして拘束しているOL姿のデブ。最後の一人はリーダーを名乗り、露出度がかなり高いチアガール手にはポンポンにショットガンを肩に背負っているこの男だ。
「動くな! 我々、国際犯罪者グループ【ラヴ・レジェンド】は桃恋(ストロベリー)学園のプリンス。アイちゃんを人質に取ったのだ! 一歩でも動けばプリンスの唇を奪う!」
「クッ! 人質とは卑怯な!」
 確か入学式で見かけたような気がするボディビルダーのような体躯のハゲたおっさん(たぶん校長?)がうなだれた。
 ちょっと待って。その前に色々とツッコミどころあるよね? 聞いてる校長? もしもーし。
「動くなというのが聞こえないのか! 約束を破った罰だ。手始めにほっぺにキスマークをつける」
 僕を拘束するずんぐりむっくりのふとましくもみっちみちのOL姿を着こなしたバケモノが、一時的に腕のホールドを解除させ、僕と向かい合う形にする。良く見なくてもこのおっさん、青ヒゲが酷く、何か異臭が漂って来そうに肌が黄ばんでいた。ぶっちゃけクラスメイトたちのガチホモ変態ブラザーズの方がよっぽど可愛げがあるように思えてしまう。つまるところ、けた外れのバケモノだ。
 そんなことを思っていると、嫌がる僕のアゴに右手を優しく乗せられ、固定される。
 そして、ゆっくりとバケモノの瞳が閉じられる。たっぷりとルージュの口紅が塗られた唇が目の前数センチまで近づいてくる。
「そんなぁ~ダメ! アタシのアイちゃんがぁ……」
「俺の夫(候補)になんてことしやがるんだ!」
 外野のクラスメイト達も、もう駄目だ! と、目を閉じた。僕も人生の終わりを覚悟して、舌を噛み切ろうか噛み切らないかの覚悟をしかけていた。
 その時、
「待てい‼」
 強く逞しい一声が、敵味方全員の動きを止めた。頬にキスマークという呪いのタトゥを縫いつけられる寸前のところだった。
「誰だ!?」
「店(てん)が呼ぶ、血(ち)が呼ぶ、桃恋((ストロベリー)学園プリンス・アイを救えと人が呼ぶ!」
「はぁ?」
 恐らくこれは正義のヒーローが現れる決め台詞だったに違いないのだろうが思わず、そんな声を出してしまった。だって、今のイントネーション的に絶対に店とか、血液の方の’血’とかそういう発音してたんだもん。仕方ないよね。だって、人間だもの。
「貴様、どこだ! どこにいやがる!?」
「フハハハ。私はココだ!」
 校舎の屋上フェンスの上に声の主はいた。
「顔に海パン、フルフェイス。私はチョウのように舞い、ハチのように刺す! ペリカンレオタードがコスチューム。’ハンサム会長’ただいま参上!」
 とても細く風が吹くフェンス上でくるくると踊り、謎のポーズを決めた’ハンサム会長’その高い身体能力だけで拍手喝さいモノである。
 っていうか今、チョウって言ったけど、蛾(が)の間違いじゃねーのか……? あとこち亀にこんな変態がいた気がしてならない。
 僕と似たような感想を抱いた奴が他にもいた。ムチムチマッチョのバニーガールおじさんだ。
「なんだこの大変態は⁈」
 口があんぐり開けてそんな感想を漏らしていらしゃるけど、お前(変態の代表格)が言うなや。
「おぉ! これぞ学園のピンチに現れると言う謎の伝説のヒーローではないか⁈」
 と、校長が語るがもはや、誰も聞いちゃいない。
「やべぇ、なんだあの究極に鍛えられた肉体美は!」
「かっけー! 惚れちまいそうだぜ!」
 全校生徒+ラブレジェンド一同、固唾をのみこんで見守っていたのだ。
「とおッ!」
 威勢よく、一声あげて、ハンサム会長は屋上からダイブ。まるで飛込競技の技のように身体を丸め、くるくると二回ほど前転をするように回転して頭から落下してくる。
「食らえ! これが私の必殺『ハンサムトルネードアタック』!」
 ポンポンを持ったリーダーめがけ、頭から真っ逆さまに新手の変態会長が落ちてくる。ちなみに、地上から屋上まではざっと40mはある。落ちれば、マリオ先輩よろしく、死は免れないはずだ。この人は馬鹿なの? 死ぬの?
 激突する! そう思って目をつぶった。再び目を開けた時、奇跡が起きていた。
 なんと、ハンサム会長は宙に浮いていたのだ。
「どうだ! 驚いたか?」
 そして、渾身のドヤ顔をしていやがった。だが、種を明かせばどうってことはない。彼の腰にはゴム紐らしきものが括りつけられ、地上すれすれで紐が伸びきり、ゴムの伸縮性で再び宙に飛びあがっただけである。
 その手にはリーダーが持っていたボンボン+ショットガンを奪取していた。
「うおぉぉお! あの一瞬で、すげーぜハンサム会長!」
「あぁぁあああ。俺の俺の、ボンボンがあああ。あれがないと何もできないんだぁぁ」
 一方、ボンボンと武器をとられたリーダーはあろうことかうな垂れ、泣いていた。え? 武器じゃなくてそっち⁉
「あぁー、リーダーのボンボンが取られれば、あの人何の役にもたたないんだぁ。オシマイだー」
「チッ! お前ら、覚えていやがれ!」
 悪が立ち去るお決まりの捨て台詞を吐き、リーダーを一人を残し、二人は学園を去って行った。※このあと、外に待ち構えていた警官隊にあっけなく確保され、国際犯罪者グループ【ラブレジェンド】が滅んだことは言うまでもない。

「フハハハ。これで事件も解決したな。ではさらばだッ!」
 いつも間にやら、腰につけたゴム紐を解除し、地上に降りていたハンサム会長は言うやいなや、校舎へ向けて走り去って行った。
「やべぇ、アタシ。アイちゃん派だったけど、ハンサム会長の方にときめいちゃったわ❤」
「奇遇だな。ぼくも同じことを思っていたところだ」
「待って、待ってぇー! 俺の愛を受け止めてくれるのは君しかいない! ハンサム会長ぉ❤」
 茫然と立ち尽くす僕を除いて、変態達はいなくなっていた。唯一、英恵だけが駆け寄って来てくれた。
「……ま、結果的に一条くんがターゲットから外されて良かったんじゃない?」
 彼女の言い分に、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「本当にこれでよかったのか……?」
「いいんじゃない? これで私のライバルもいなくなったことだし、ね」
 英恵はなぜかとても嬉しそうにしていた。
「まさか、キミも僕のこと好きだったってオチじゃないよね?」
「……その、まさかだよ。――好きだよ。哀くん」
 英恵は顔を真っ赤にハニカミながらそっと、告白してくれた。こんな可愛い子に告白してくれて嬉しくないわけがない。
「私と、お付き合いしてくれますか?」
 最初から僕の答えは決まっていた。
「……僕も好きだよ。これから、よろしくね」
 照れを隠すわけではないが、まともに英恵を見ることができなかった。その代り、握手を求めるようにすっと右手を突き出した。
 彼女の柔らかくて小さな手の温かみを感じた。身体の内側から湧き上がってくる何かが、頭のてっぺんから足の先まで全身を満たしてくれた。
「ありがとう。それと、もう一つ告白しなきゃいけないことがあるんだけど、いい?」
「もちろん。どんなものでも僕は英恵を受け入れるよ」
「私、私ね。……実は、男なの」
 思考が、僕の時が止まった。受け入れがたい現実を拒否するように、一体の彫像となったのだ。
「……哀くん?」
「う、」
「う?」
「うわあああああああぁぁぁぁ!」
 僕は走った。もう誰も彼も信じない! こんな女の子のいないツライ世界から逃げだすかのように走った。
「待ってよ。アイちゃん!」
 英恵が僕のすぐ後ろから追ってきた。
「こっち来るな! あと、その『アイちゃん』っていう呼び名をやめろ‼」
「なんでよ! 私のこと受け止めてくれるんじゃなかったの?」
「そのつもりだったけど、心は女の子でもチ○コ生えている子は無理! 男の娘は絶対に無理ぃ!」

 ちなみに、
 そんな二人の追いかけっこ(?)の様子をじっと見つめる一人の女子生徒がいた。こちらは正真正銘の身も心も女。つまり彼女こそ、一条哀が入学式で出会った想い人その人である。
(はぁ……一条くん。やっぱりモテモテだなぁ~……でも、いいの。私はこうして彼を遠くで見ているだけで幸せなの❤)

お・わ・り

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