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「身を治めて国が乱れた例は無い」(『貞観政要』君道第一)

 各種古典から、現代の主権者である我々が、良い主権者たるに必要なアドバイスを紐解いて行きたいと思います。
 まずは手元にある『貞観政要』(原田種成著、『新釈漢文大系第95巻 貞観政要 上』、H29、明治書院)から。
 『貞観政要』自体についてはWikipedia等をご参考にされてください。
 今回は、「君道第一」の第一章からです。

大意

  • 君主としての道(君道)は、人々をあわれんで恵みをもたらすことにある。

  • 天下を安泰にしようとすれば、君主の行いを正しくしなければならない。

  • 体がまっすぐなのにその影が曲がることはない。同じように、上に立つものが治まっていて、人々が乱れたことがあったためしはない。

  • 人がその身を破滅するのは、その原因が外部から来るのではなくして、すべてその人自身の欲望のために破滅の禍いを招く。

  • 決して自己の欲望のままに勝手気ままな行為はしない。

  • 昔の人も「今までに、君主の身が治まって国が乱れた例を聞いたことはない」と言っていた。

現代の主権者への教訓

 今の日本での主権者は、18歳以上の成人のみです。未成年は含まれません。
 ここで言われているのは、未成年も含め、全ての他の人々への思いやりを持ち、出来る限り恵みをもたらすことが主権者としての道であるということです。
 そのためにも、主権者たる我々はその行いを正しくしなければなりません
 具体的には、自分の欲望のままに勝手気ままをしないこと。欲望を充足するための費用は膨大であり、それが人々の生活を乱すことになるからです。
 例えば、節税。企業はあらゆる方法を使って節税し、自己の利益確保、株主利益確保を行いますが、経営者や株主はそれで得た利益を何に使っているのでしょうか。「うまい料理ばかりを食べ、音楽や女色を愛好して」いないでしょうか。その欲望に限りはあるのでしょうか。
 我々は自らの行いを正しくし、他の人々や子供たちに思いやりを持っていくことが大事です。それを皆ができれば、こんなに格差は広がらないのではないでしょうか。
 また、この「自らの行いを正しくし」というのは、何も主権者に限った話ではなく、主権者からの信託を受ける政治家にも言えることです。各種選挙の際にも、その人物は身を治めるようにしているかどうか、よく見て判断していくことも、主権者たる我々の務めでしょう。

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