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僕たちの失敗

 「は〜るの〜木漏れ日の〜中で〜君のやさ〜しさに〜埋もれて〜いた〜僕は〜弱虫だったんだよね〜」
 昔はやったドラマ「高校教師」テーマ曲の歌詞ですが、本日の内容とは全く関係ありません。ただ単に曲名「僕たちの失敗」を使いたかっただけです。
 曲は悲しい調べですが、僕の心も悲しい気持ちでいっぱいです。泣きたい気持ちをこらえて、スタバで書いております。
 今日、僕は失敗しました。ゴーアラウンドという着陸のやり直しをしました。
 
 身バレが嫌なので、実際の空港名は避けます。とある地方空港に向かっていました。前線の雲が空港に近づいていました。出発前に雨雲レーダーみたいなもので、雲の移動状況を確認しましたが、着陸予定時刻では雲の一番濃いところはまだ空港にはかからず、進入中に雲に引っかかる予想でした。だから、CAさんには「降下中は雲で揺れるから、それまでにサービスは終わらせておいてね」と伝達して出発しました。
 降下中の揺れを想定したので、上昇中、多少の揺れがあっても早めにシートベルトサインを消灯して、CAさんのサービスのタイムを確保しました。降下が始まると、地上で予想した通りの雲の動きで、降下中は雲の影響でそれなりに揺れました。
 天気は良くはないのですが、こういう判断の難しい時こそ、自分の予想通りにことが運ぶと気分が良いです。いい気持ちで着陸体制を整えて、着陸の最後の直線に入りました。
「あれ?何かおかしい」急に悪い予感がするのです。思ったより雲が濃い。高度が下がるにつれて地表が見えてくるはずですが、正面に見えるはずの滑走路が見えません。こういう時は、パイロットは正面で滑走路を探しながらも、目の端で翼の下の雲の切れ間を探して、この雲がどこまで続くか、どこまで高度を下げれば地表が見えるのかを測るのですが、そのときは全く地表が見える気配がないのです。参ったな、こんな悪いと思わなかった。
 
 ここまで書いて、疑問に思った人がいるかもしれません。なんでパイロットは、地表が見えるか、見えないかに、こんなにこだわるのか。それは、パイロットは地表が見えないと着陸をしてはいけないからです。このコンピューターや機械が発達した時代に、そんなローテクな、アナログなことをやっているのか、と思われるかもしれませんが、飛行機は意外とローテクでアナログな乗り物です。
 色々な着陸の方式があるので一概には言えませんが、だいたい地上60mくらいでパイロットが滑走路もしくは滑走路の延長線上のライトが見えないと、着陸できません。今回は、そこまで雲が低くなることを予想してなかったので、90mくらいで見えないと着陸できない着陸の方式を採用してました。なんでその不利な着陸方式を選択したのかというと、その着陸方式は経路が短く、早く着陸できるからでした。その日は日曜日でお客様はほぼ満席でした。そうなると、お客様が飛行機に乗り込むのに時間がかかり、預かった荷物を貨物室に搭載するのにも時間がかかります。それら諸事情で離陸が若干遅れ気味でした。このままでは定刻に到着できない。それで少しでも短い経路の早く到着できる、着陸の方式を選びました。
 こんなに雲が多いなら、遠回りして時間がかかっても、より低い高度まで降りれる着陸方式にすればよかったのにな、と思いました。でも、後悔しても始まりません。着陸ができずに、着陸復行という、通称ゴーアラウンドの可能性が高まります。着陸を取りやめると、当然ですが上昇しなければならず、着陸のために下ろしていた車輪や、その他もろもろのものを引っ込めて、上昇姿勢を作る必要があります。一定の作業が発生するので、副操縦士にも心理的な用意をさせる必要があります。
「意外と悪いね。ゴーアラウンドするかもしれないね」
 副操縦士に声をかけて、するかもしれないゴーアラウンドの用意、用意と言っても特に何をすることもないのですが、心ずもりをするということでしょうか。僕に声をかけられて、副操縦士はゴーアラウドしたらこうやってああやって自分の手順を思い出します。
 
 高度はどんどん下がりますが、地表は見えません。雲が低い場合は、正面の滑走路を探しますが、目の端で機長席から見て左下の翼の下に地表が見えないか探すのですが、見えません。
「プラスハンドレッド」オートコールという自動の高度読み上げ装置の、男性の声がコックピットに響きました。あと100ftで見えないとゴーアラウンドしなければいけないと言ってます。
「ミニマム」やはり見えなかった
僕は「ゴーアラウンド」と言いながら、スロットルレバーを前に倒して、上昇しました。着陸のやり直しです。それからは車輪をあげたりとバタバタと忙しく操作をしなければいけない時間が続きます。
 
「くっそー、予想が外れた。悪いなんて言ってなかったよな〜」
 上昇姿勢が確立して、自動操縦をに切り替えて、飛行機は安定した状態になりましたが、僕はまだムカついてます。僕は副操縦士に文句を言いながらオーダーします。
「カンパニーに情報聞いて。エコーの状況、見える範囲での低い雲の状況、反対の滑走路の方が見えやすかどうか」
 「はい、了解です」
カンパニーと言ってるのは、我が社の職員が滑走路近くの事務所にいて、情報を逐一送ってくれることになっている担当の人です。通常、飛行機は着陸の準備をする前に、空港の気象情報を送ってもらいます。雲が下がってきたとか、視程が悪くなってきているといった、そういった連絡をもらって、着陸の方式を決めていくのです。僕は、もらえるはずの情報がもらえなかった事に軽くむかついているのです。
 副操縦士が担当者に無線で聞くと、ぼんやりしたおじさんの声が聞こえてきました
「え〜と、あの〜、エコーは断続的に西から東に流れて来ているようです。少し切れているところもあるので、また良くなるとは思うのですが、先ほどから良くなったり悪くなったりしていています。今後も良くなることもあるかもしれませんし〜悪くなるかもしれません」
「は?結局何?何が言いたいのかな。要領を得ないね。反対側の滑走路の雲は?」毒吐きながら、副操縦士に再度聞いてもらうと
「え〜っと〜、低層雲も今の滑走路も反対側の滑走路も、同じくらいのような〜、でも少し今の海側の滑走路の方が良いような〜、まあ、でも〜」
「もういい、もういいよ、無線切って。こっちで考えよう。何も考えてないんでしょう、この人」
 結局、同じ滑走路方向のより進入限界高度の低い方式を使って再度着陸を試みて、それでダメだったら再度燃料をチェックして、燃料が許せば反対側の滑走路を試してみようという結論になりました。結局、次の進入でギリギリ滑走路が見えてなんとか着陸しました。

 着陸した後は、軽く怒っています。空港の天気が悪くなってきたら、何で連絡してくれないのか、と怒っているのです。パイロットが上空で見る情報は、ある時点での一時的な気象情報です。一時的な情報だけでは、全体の悪くなっている流れがわからなかったりする。だから、現地の職員が情報を送ってくれることを期待している。
 有能な職員は天候の変化にああせて、「今だったら雲がすくなくなっているので、ビジュアルアプローチできそうです」とか逐一情報を送ってくれます。それを元に、僕らパイロットは少しでも経路の短い、時間の短縮できる進入方式を使います。そうすることで、時間を短縮したり、経路を短くして、少しでも時間や燃料を節約しようとしているのです。そうした1分、2分の短縮の積み重ねの上で、定刻の運航は守られるのです。
 なのにこの職員ときたら、着陸できるかどうか、ギリギリの状況になっていたのに、情報をくれない。きっと着陸できないとは思っていなかったのでしょう。のんびりした、締まりのないおじさんの声は、要領を得ず、こちらに言われて初めてレーダーエコーの画像を気にしたような対応をしてました。
 でも、仕事が終わって、ホテルに行って荷物を置いて、歩いてホテル近くのスタバに行く頃には、だいぶ頭にのぼった血も下がってきて、冷静になってきました。そして、今日のゴーアラウンドは僕がしっかりしていいれば、避けられたんじゃないかって思い出しました。
 もし、もっと時系列で気象情報をたくさん取っていたら、分かったかも。でも、そんなことは普通はしない。やっぱり教えてくれないと察知できないよな。最初から決心する高度の低い進入方式を選択すればよかったな。でも、天気がそこまで悪い時でなければ、普通は少しでも短い経路の着陸の方式をしようするし、やっぱり天候の悪化を察知できなければ、その着陸の方式は使わない判断だったと思うし、そうするとやっぱりその職員から情報をもらえなかった事が痛いのだけれど、でもねでもね…、何とかできたんじゃないのかな
 この辺から、ウジウジ悩み出して、歌が聞こえるのです。
 「は〜るの〜木漏れ日の〜中で〜」
 あーやっぱり僕は失敗したんだ。
 結局、結果の責任は全部機長にかかってくるのです。機長からしたら「こうして欲しかった、ああして欲しかった」という感情は、副操縦士やCAや、今回の空港の職員のように、色々あるのですが、何を言っても責任は全部自分にかかってくる。この場合は「あのヤローがー」と言って誰かを悪くして、自分の気持ちをスッキリさせる機長も多々いようですが、僕はそういう性格ではない。反省、反省、また反省です。

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