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竜宮城からの招待状(パスポート) 15話 語り継がれた童話の真相

 いよいよ、花火もクライマックスというところで席を立ったアーロドロップは、早足に慶汰の元を後にした。
 細い道を駆ける道中で、シードランの仲間たちと出くわす。四人はそれぞれ気まずそうだったり驚いたりしていたが、構うことなく命令を飛ばした。
「慶汰をお願いッ!」
 そう吐き捨てるように言い残して、四人の前からも逃げ出した。後方で「殿下は私がっ」とイリスの声がして、アーロドロップは足を急がせる。
 だが、道の先にはもう一人、待ち構えていた。強まる花火が、その人影を浮かび上がらせる。
「アロップ」
 頭上に浮かぶ白いストールは、乙姫羽衣特有のもの。
「姉上……!」
 抜き去ろうという反射的な思考は、たった一歩足を動かしただけで無理だと悟った。乙姫羽衣のスペックは高い。市販の浴衣装備で敵うはずもないのだ。
「お返事は……したようですね」
 キラティアーズは真剣な面持ちだ。
「……はい。ひどいことを、言いました」
「よいのですか」
「そうでなければ……一生後悔すると思ったので」
「……そうですか」
 いよいよ花火が間断なく、一発一発が激しくなって、会話もままならないほど響き渡る。
 最後の一発が終わった時、キラティアーズがアーロドロップを抱きしめていた。
「姉上……」
「彼を嗾けたのは、わたくしです。恨むなら、どうかわたくしを」
 どういうことだろうと考えて、すぐに答えに気づいた。この姉が不器用なことをする時は、決まってシンプルに妹のことを思ってのことだ。
「……恨みませんよ。よかれと思ってのことでしょう」
 遠くから足音が近づいてきた。アーロドロップはキラティアーズの身体から離れて、振り返る。
「イリスも。心配、かけたわね。それと、色々気を遣ってくれて、ありがとう」
「殿下……」
 落ち込むように眉根を落とすイリスを励ますように、アーロドロップは笑顔を頑張る。
「さ、このあとちょっと付き合ってくれる? 明日、慶汰を送り出すまで、ほんの少しでも玉手箱の解析を進めたいの」
「殿下……夜更かしは、お身体によくありません」
「今日くらい、いいじゃない。どうせ眠れないわよ」
 イリスは、えっと、と戸惑って、しかし二の句が継げなかった。
 沈黙が訪れて、アーロドロップは空を見上げる。木々の枝葉がフレームとなって、真っ暗な夜空が本当の闇に思える。
「一二〇〇年前の乙姫様も、こんな気持ちだったのかしらね」
 残酷にも、これから地上は時間が加速していくのだ。その時間差はどんどん広がっていく。
 そう遠くないうちに、竜宮城で一日過ごすと、地上では二日分経過するようになる。
「明日、慶汰を地上に帰すとして……それから、どんどんあたしと慶汰の年の差は、広がっていくばかり」
 あと半年もする頃にはピークに達して、なんと竜宮城で一日過ごすだけで、およそ地上では一五〇日もの日数が経過してしまう予想が立つ。
 しかも、その時点までで積み上がっている時間差は、三〇年……。
「慶汰のお姉さんが、あと一年保ってくれるとしても……それは地上でのことだから、あたしに残された時間は、実質二〇日程度ってとこかしら……」
 それだって、希望的観測だ。すでに海来は、半年も寝たきり生活を送っている。一年なんて、アテにならない。
「殿下……」
 イリスが目を伏せたまま、申し訳なさそうに尋ねる。
「もし、明日、お二人が別々の時間を歩むことになるとして……再び、年の差が埋まるのは、いつ頃になるのですか……?」
「それは……」
 半年後のピークを終えて、時間差が緩やかに収まっていって、アーロドロップが来年成人を迎える頃には、慶汰は……七十代半ば頃になっているだろう。
 その後、慶汰が老後の一年間を過ごすうちに、アーロドロップも六十年ほど歳を重ねるわけだ。
 想像すると、嫌になる――アーロドロップは自虐的な笑みを作った。
「次、あたしと慶汰の年齢が近くなるのは、お互いお爺さんとお婆さんになった頃、かしらね」
「そんな……! そんなのって、ないですよ……っ!」
 肩を震わせるイリスに、キラティアーズが優しくも厳しい声をかけた。
「イリス」
「せめて、せめて離ればなれになっても、お二人だけは同じ時間を過ごせたら……!」
「堪えなさい、イリス。一番辛いのは、アロップなんですよ」
「う、ううっ……! も、申し訳、ありません……!」
 いよいよイーリアスは、両手で口を押さえて震えた。
 その間、誰も何も喋れずにいる。
 アーロドロップは俯いたまま微動だにせず、キラティアーズは気まずそうに妹を横目で観察することしかできない。
 それから、しばらくの無言の時間が続き……。
 最初に居たたまれなくなったのは、イーリアスだった。
「っ……!」
 その場を立ち去ろうと踵を返す彼女の後ろから、アーロドロップが肩を掴んだ。
「待ってイリス」
「ひぇっ……」
 あまりの迫力に、イーリアスの声がひっくり返る。
「さっきあなた、なんて言った……?」
「も、申し訳ありませ――」
 ぐるりと強引にイーリアスの身体を反転させて、アーロドロップは彼女の両肩を強く掴んだ。そして、思いっきり顔を迫らせる。
「その前よ!」
「え? えーと……せめて、離ればなれになっても、お二人だけは同じ時間を過ごせたら……」
 戸惑ったように疑問符を浮かべるイーリアスの目の前で、アーロドロップの口角がにやりと上がった。
「それよ! それが玉手箱の真実だったのよッ!」
 イーリアスがきょとんと目を丸くする。
「ど、どういうことですか……?」
 動揺が激しすぎるからか、イーリアスの瞳孔がぐるぐると渦を巻いていた。
「仕方ないわね……」
 短く息を吐いて、アーロドロップは人差し指を立てた。
「一二〇〇年前の、地上人浦島太郎の訪問。一通り、モルネアから吸い上げた浦島太郎資料館のデータや、あたしと慶汰の立てた仮説は読んでもらったわよね」
「は、はい……」
 ちらちらと、助けを求めるように、イーリアスはキラティアーズに視線を飛ばした。
 急激なアーロドロップの様子の変化に着いていけないのはキラティアーズも同じなようで、それでも必至に話を理解しようと顔をしかめている。
「じゃあ確実な情報から整理しましょ」
 ゆっくりと、アーロドロップが説明する。
 浦島太郎は大昔、竜宮城に訪れた。
 それからしばらく――地上の伝承では五年――乙姫様と過ごしているうちに、時間災害によって、外界が約六〇〇年のタイムスリップを起こす。
 その後、地上に帰還した浦島太郎は、数日して玉手箱を開き、急激な老化現象と共に死亡した。
「――さて、ここで考えるべき問題はなんだったかしら」
 イーリアスが、広げた左手の指を一本ずつ折り曲げていく。
「えぇっと……乙姫上皇陛下が玉手箱に仕掛けた龍脈術は何か、乙姫上皇陛下がそれを浦島太郎に説明していたかどうか、浦島太郎はどうして玉手箱を開いたのか、の三つです」
「そうね。じゃあそもそも、浦島太郎はどうして玉手箱を持って地上に帰ることになったのかしら」
「それは、故郷が恋しくなったからで、玉手箱を持っていたのは、乙姫上皇陛下から戴いたからです」
「では、故郷が恋しくなったというのは、どうして?」
「どうしてもこうしても、それは誰だって、故郷にいる家族のことが心配になるのは当然じゃないですか」
 イーリアスが真剣な顔で返答する。
「それはそうね。だけど昔話の中で、五年間は故郷に帰らなかったのよ。それも踏まえて考えるの……」
 そこまで言って、アーロドロップの耳がほんのり赤くなる。脳裏に慶汰の顔が思い浮かんだのだ。
「きっと、帰りたがる浦島太郎を、乙姫上皇陛下は引き留めていたのよ。……あたしだって、できることならそうしたいもの……」
「殿下……」
 目を伏せるアーロドロップを見て、イーリアスは健気に話を進めた。
「でも、結局五年後、浦島太郎は帰郷することになりますよね――その理由は……?」
「時間災害よ、イリス。もっとも、まさかそんなことが起こるなんて、当時の二人は夢にも思っていなかったでしょうけどね。だからこそ、そこで乙姫上皇陛下も引き留めきれなくなった」
 得心したと言わんばかりに、それまで黙っていたキラティアーズが会話に混ざる。
「さすがに、故郷がどうなってしまったのか気になる、と言われてしまえば、乙姫上皇陛下も『いかないで』なんて言えませんね。既に五年も引き留め続けた罪悪感もあったでしょうし」
 紅い髪を揺らして、イーリアスが小さく頷いた。
「たしかに……無理矢理竜宮城に留めたとしても、浦島太郎との関係を良好に保つのは、難しいかも……」
「ですがアロップ、時間災害の直後となると、より深い問題が」
「はい、姉上。大幅な時間のズレを修正するかのごとく起こる、時間差の急激な変化ですね」
 竜宮城におけるその後六〇〇年近くの間、地上で経過する年月は、長くて十年程度だ。
 イーリアスが悲しそうに呟く。
「このままでは、離ればなれになった途端に、どんどん年齢差が……」
 竜宮城で数十年経過しても、地上は一日も経過していないだろう。当時の乙姫がその一生を終えるまでに、浦島太郎は地上で二日か三日しか過ごしていない計算になる。
「そこで、玉手箱を使うのよ――」
 アーロドロップが断言する。
「――もう一度、同じ年齢で再会するために」
「ど、どうやってですか……?」
「玉手箱には、二つの目的があったの。一つは、単純に玉手箱に備わった異常なほどの龍脈保有量ね」
 すかさず、イーリアスが大きく口を開けた。
「そっか、外界は龍脈がないから……!」
「ええ、きっと大きく距離が離れていても、玉手箱の方向と距離感が掴めるはずよ。それに、浦島太郎を連れてきた亀から、おおよそ浦島太郎の暮らしている地上の国の位置はわかるでしょうし」
「じゃあ、もしかして地上の伝承にあるように、乙姫上皇陛下は浦島太郎に、開かないようお願いしたわけですね?」
「そうなるわ。となると必然、龍脈術の可能性も限られてくるでしょ」
 これにはキラティアーズが反応した。
「なるほど……わたくしはてっきり、遠隔で浦島太郎さんに龍脈術をかけるものだとばかり考えていましたが……再会してから使うつもりで、準備していたのですね」
「その通りです姉上。すると、その玉手箱に仕掛けられていた龍脈術とはいったい何か、という話ですが――」
 さすがに憶測ですが、と前置きして、アーロドロップが言い放つ。
「――若返り、でしょう」
 少し間があって、イーリアスが手を叩いた。
「……ああ! 玉手箱に仕掛けられていた龍脈術って、浦島太郎に対して発動するものじゃなくて、最初から乙姫上皇陛下がご自身にかけるつもりで用意していたんですね!?」
「あたしはそう確信してるわ」
 乙姫が浦島太郎を追いかけるべく、ひとたび竜宮城から外界へ出れば――即座に、竜宮城の時間に置いてきぼりにされてしまう。
 乙姫は国王だ。まさかそんなタイミングで外界に出ることなど許されないだろうし、本人としても不本意なはずだ。
 そして、時間災害が収まるのは、竜宮城の中の時間で六〇〇年後。収まる前に寿命を迎えてしまう。
「乙姫上皇陛下は、たぶん国王としての役目をまっとうなさった後、ご隠居なさる際に、余生の地に浦島太郎の故郷を選ぼうとしたんじゃないかと思うの」
 もし乙姫陛下の座を代替わりした後に竜宮城を出発しても、外界は――浦島太郎は、二、三日しか経っていない。
 その数日であれば、玉手箱から龍脈が自然に抜けきってしまう恐れも、浦島太郎が玉手箱を紛失する可能性も、乙姫と楽しんだ日々を忘れることもないだろう。
 キラティアーズが唸る。
「最初から、乙姫上皇陛下は、地上で浦島太郎と一緒に過ごす日々を思い描いていた、というわけですか……」
 ぐすり、とイーリアスが涙ぐんだ。
「でも、その乙姫様は――アクアーシャ乙姫上皇陛下は、ご病気で……」
「そうね……残念ながら、再会は叶わなかったことになるわね」
 さぞ、悔しかっただろう。だが、供養する時間は後でもいい。今は、急いでやらなければならないことがあるのだ。
「とにかく、あたしの推理は玉手箱を改めて調べてみればわかるわ。イリス、育った実験魚フィッスを一匹用意して」
 イーリアスが湿った息を吐いて、手巾で涙を拭う。
「かしこまりました、殿下……。でも、浦島太郎は、どうして玉手箱を開いてしまったのでしょうか?」
 アーロドロップはばつが悪そうに顔を逸らした。
「それは……」
 実は、根拠はないが確信はある。だが、この考えは、あまり人に話したいものではなかった。
 それに、今すべきことは玉手箱の解析だ。仮説が立った今、すぐにでも答え合わせをしたい。だから、アーロドロップははぐらかそうとしたのだ。
 だがしかし、それに回答する声が一つ。
〈それについては、ボクから説明させてほしい〉
 二十歳そこそこの男性が、遠距離送話の龍脈術を使って喋っているかのような声だった。
 その出所は、いつの間にか、ゆっくりと歩み寄ってきた慶汰の、ネイルコアだ。
「け、慶汰!?」
 後ろには、ジャグランドやシュークティ、レックマンもいる。
〈アロップ、ボクだよ。モルネアだ〉
「はあ!? ど、どうしちゃったのよその声!」
〈再現しているんだ、人間として――浦島太郎として生きていた頃の、ボクの声をね〉
「ん!? な、なに、どういうことよ!?」
 戸惑うアーロドロップに向かって、慶汰が真っ直ぐ歩み寄ってきた。
 ついさっき、ひどい言葉をかけた相手だ。アーロドロップが躊躇うように腕を身体の前に寄せると、慶汰がぴたりと足を止める。
「俺も、正直、モルネアの言うことを受け止めかねてる。でも、一緒に聞いてやってくれないか?」
 惚れた弱みを利用されて言いくるめられた気がして、少し不満もあったが、その言葉に安心できたのも事実だ。アーロドロップは、渋々唇を尖らせた。
「……慶汰がそう言うなら」
〈ありがとう、アロップ〉
 まるで別人になったモルネアが、静かに語る。
〈アロップの説明は、ほとんど的を射ていたよ。ボクは当時の乙姫様――アクアーシャから時間災害の説明を受けて、玉手箱を預かった。十日でいい。十日間、肌身離さず玉手箱を持っていてほしい。そうしたら、年老いたアクアーシャがボクに会いに来るから、玉手箱を返してくれ。そうすれば若返って、今度はボクの世界で一緒に暮らせるから……と〉
 正直、アーロドロップとしては急な話に気持ちが追いつかない。それでも、なんとか、耳を傾ける。
 慶汰が尋ねた。
「十日間、というのはどうしてなんだ?」
〈アクアーシャが老後、竜宮城を出るのが、ボクにとっての地上帰還から二日後らしい。それからは時間の流れが同じだから、アクアーシャ自身の龍脈が尽きるまでに、ボクを見つけてくれる――そう言ってくれたんだ〉
「そうか……」
 玉手箱の龍脈が無事なら、きっと迷うことなく探し出すことができる。そんな自信を持つアーロドロップからすれば、むしろ数日かけて見つからない場合、まったく見当違いの遠い国に来てしまったか、玉手箱の龍脈が既に尽きていると考える。
 なにより、龍脈がある間は、海の遠泳や空の遠距離飛行だってそれなりに可能だが……龍脈が尽きれば、ただのお婆さんだ。移動範囲はひどく限られ、その範囲の中に浦島太郎がいるのなら、そもそも合流を果たせているはずなのだ。
 つまり、再会可能な事実上のタイムリミットが、十日。それは、とても納得のいく数字である。
〈そこでボクは、竜宮城を出る前に、アクアーシャに一方的に約束したんだ〉
 慶汰が目を眇める。
「一方的?」
〈アクアーシャが嫌がったからね……。だから、勝手に誓った、と言うべきなのかもしれないけれど〉
 そう聞いて、アーロドロップは苛立ったように問い詰めた。
「どうせ、玉手箱を開くって言ったんでしょ?」
 慶汰のネイルコアから、〈ははっ〉と虚しい笑い声。
〈さすがアロップ。全部お見通しか〉
 それを聞いて誰もが思案を顔に出す中、アーロドロップだけが、真っ直ぐにネイルコアを見つめていた。
「開いたらどうなるか、当然、アクアーシャ乙姫上皇陛下から聞いてのことなのよね?」
〈そうだよ。玉手箱をそのままにしていたら、他の誰かが開けてしまうかもしれないから……って考えてのことだったんだけど〉
 慶汰がゴクリと息を呑んだ。
「まさか……。浦島太郎が、老化したのって……」
「龍脈術の暴走よ」
 アーロドロップは淡々と答える。
「龍脈術は、発動条件を具体的に細かく設定すればするほど、安定しやすくなるの。膨大な龍脈を使って、若返りなんてとんでもないことを試みようとするなら、なおのことね。例えば、効果の対象をアクアーシャ乙姫上皇陛下に限定する、みたいな」
 アーロドロップがそこで声を区切ると、キラティアーズが続いた。
「発動条件を正しく満たせなかったので、本来若返りというはずだった効果が、老化という真逆の現象で発揮されてしまったのでしょう」
「そういうことだったのか……。それをわかっていて、よくできたな……」
〈そりゃ、もうアクアーシャと会えないってわかったんだ。独りで生きるくらいなら、いっそ――〉
 モルネアの虚しげな声を、アーロドロップが厳しい声で遮った。
「それ以上はやめて。慶汰の前よ、今のあなたなら察せるでしょ」
〈……ごめん〉
 誰もが言葉を失い、雑木林の小道に重たい空気が沈んだ。
 モルネアが、申し訳なさそうに慶汰に謝る。
〈ごめんなさい、慶汰。ご先祖様たちに、ひどい光景見せちゃって……〉
「まあ……俺のご先祖様たちを守ってくれた、ってことでもあるんだろ? なら、俺には何も言えないさ」
 慶汰なりの言葉をかけたあと、モルネアに尋ねた。
「それで、ご先祖様たちは、どんな人だったんだ?」
〈浦島の人たちは、みんな、とってもいい人たちだったよ。信じようのないボクの話を親身になって聞いてくれた。慶汰みたいに、真っ直ぐな心を持っていて……誰より優しい人たちだった〉
「そうか……教えてくれて、ありがとう」
〈ううん。ね、今度はボクから、訊いてもいいかな〉
 モルネアが、ゆったりとした声で尋ねる。
〈身体が老けて死亡した後……ボクがこうしてモルネアに――龍脈知性体になってしまったのは、なんでなんだろう〉
 即座にアーロドロップが断言する。
「大量の龍脈を浴びたからじゃない? 肉体は老化したけど、魂が核となって龍脈を伴って、竜宮城に引き寄せられたのよ。せめてあなただけは生かしたいって、アクアーシャ乙姫上皇陛下が願ったのかもね」
〈そうか……〉
 アーロドロップとしては、皮肉のつもりであって、真面目な回答ではなかった。死んだ人間が龍脈知性体になるなんて、聞いたことがない。
〈これでひとまず、ボクの話は終わりかな……。これが、みんなの追い求めていた真相だよ。……ごめんね、最後に後味の悪い話を聞かせて〉

 アーロドロップと繋いでいた手をほどいて、慶汰が右手を胸の前まで持ち上げた。
「モルネアの……浦島太郎さんの決断を、どうこう言うつもりはないんだけどさ……。一つだけ、聞かせてくれないか?」
 モルネアの声音が、聞き慣れた幼き少年の音程に戻る。慶汰の指のネイルコアから、メンダコのアバターが浮かび上がる。
〈ボクで答えられることなら、なんだって答えるよ。あと、ボクのことはモルネアって呼んでほしいな。今となっては、そっちの方がしっくりくるんだ〉
 慶汰は少し戸惑ったように頷いた。
「じゃあ、モルネア。乙姫様と出会えて……よかったか?」
〈もちろん。たったの五年間だったけど……とても充実した、幸せな時間だったよ〉
 即答だった。足の一本をピシッと上げて、スカート状の膜をめくりながら、迷いのない返事。
 誰もが、その答えに祈った。どうかこの言葉が、アクアーシャに届きますように。
 モルネアはその足をゆっくり下ろすと、礼儀正しくぺこりとお辞儀する。
〈そうだ、大切なことを伝え忘れていたよ。慶汰、アロップ。ボクの忘れていた大切な恋心を思い出させてくれて、本当にありがとう〉
 二人の返事は、自然と重なった。
「どういたしまして」
 アーロドロップと慶汰が、そっと見つめあう。
 自然と、二人の頬が緩んだ。
「ここからは、俺たちの番だな」
「ええ。慶汰のお姉さんを目覚めさせましょ」

 ――こうして、おとぎばなしの真実が、暴かれたのである。

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