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駒ヶ嶽のお駒様【岩手の伝説⑥】

参考文献「いさわの民話と伝説」 編:胆沢町公民館


昔あるところに、山に入って薪を切り、それを町に行って売り、米塩に換えて、老母と暮らしている男がありました。

競争相手もあって、薪はいつもうまく売れるという訳にはいきませんでした。

時には何本か残ることもありました。

そんな時は、家の近くの川に流してやりました。

龍宮の乙姫様も、さぞ薪に困っているだろうと思っての仕業でした。

或る日のことでした。

男は売れ残りの薪を数本背負い、とぼとぼと家路をさして帰ってきました。

そしていつもの通り、乙姫への薪を流そうと川岸に行きますと、そこには美しい女の人が立っていました。

男はびっくりいたしました。

その女の美しさは、二十五になる今迄、かつて見たことのない美しさでした。

美しい女の人は、男を見るとニッコリと微笑みながら寄ってきました。

そして鈴を振るような美しい声で話しかけました。

「私は龍宮の乙姫です。

いつも薪を下さって有難うございます。

お蔭で暖かい毎日が過ごされて嬉しゅうございます。

ついてはその御礼に龍宮にご案内致しましょう。」

と言いました。

男は一寸ためらいましたが、夢に考えた龍宮という所に行って見たい心も一杯ありましたので、快く応じました。

「どうぞ」と言って差し出した乙姫様の手にすがった男は、乙姫様にしたがって川の中に入りました。

しかし入った川の水は少しも冷たくありませんでした。

川は次第に深くなって、川波が頭の上に騒ぐ水中を歩いていました。

不思議なことに、水中を歩きながら男は息苦しく感じませんでした。

水の中は薄緑色で、柔らかな金色の光線が射してとても綺麗でした。

やがて遠くの方に美しい建物が見えました。

近づくと、それはかつて絵で見たことのある龍宮城でした。

乙姫様に招じ入れられた部屋は、これはまた周囲を金銀の彫りものでめぐらした豪華なところでした。

男は散々、そこで御馳走になりました。

美酒美食に飽きると、家のことが心配になりました。

あの山蔭の一軒家に待っている母のことが思い出されました。

確か川辺で乙姫様と出会ったのは午後四時頃でしたから、今時分は午後六時になっているはずでした。

男は帰ることを乙姫様に申しますと、非常に名残惜しそうに幾度か止めましたが、男は泣くようにして帰ることを強情に言い張りました。

乙姫様は諦めて、

「では形見にこれを」

と言って一個の小箱を男に渡しました。

再び乙姫様の案内で川辺に帰った男は、びっくりいたしました。

四辺の景色が行く時と全く違っておりました。

驚いて急ぎ、我が家の戸を開けて見ると、そこには白髪の老母が座っておりました。

これはどうした事かといぶかる男に、母はこれまでのいきさつを細々と話しました。

乙姫様の龍宮に男が馳走になっている間に、地上では三年の年月が流れていたのでした。

男は乙姫様の言葉の通り、小箱の中の馬を奥の床の間に置き、豆を一粒与えました。

馬は早速金貨を一枚うみました。

男は金の必要があると豆を一粒馬に与えました。

馬は間違いなく金貨を一枚うみました。

ですから男の生活は裕福になり、薪など売る必要はなくなりました。

或る日のこと、男は朝から用事のため外出して留守でした。

残った老母は急に欲を出しました。

例の馬にうんと豆を与えて、うんと金をうませようと思いました。

隣近所を歩き回って沢山の豆を買い集めると、早速馬に与えました。

馬はしかし金貨を一枚しかうんでくれませんでした。

老母は与え方が足りないからだと思い、前より更に沢山与えましたが、うんだ金貨は一枚でした。

これでも足りないかと老母は更に量を増しましたが、馬はやっぱり一枚づつしか金貨をうんでくれませんでした。

しかしそこに異変が起こりました。

馬が床の間をガタガタと踏んで暴れ出したのです。

老母は驚いて止めようとしましたが、馬は一向に静かになりませんでした。

馬は沢山の豆を食べたので、元気になりすぎて暴れ出したのでした。

やがて馬は座敷から外に飛び出すと、西の方に向って一目散に野原を駈け出しました。

慌てた老母は叫んで後を追いましたが、疾走する馬に追いつくはずはありませんでした。

帰ってきた男は、老母に馬のことを聞いてびっくりしました。

そして馬を呼びながら野原に出ました。

それらしい足跡をたどっていくと、馬の足跡はある山の頂上で消えてなくなりました。

馬はついに帰ってきませんでした。

男は馬の足跡の消えた山の頂に祠を建てて、馬を祀りました。

世の人々はその山を眺めて駒ヶ嶽と呼ぶようになりました。