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夫の言葉を逆手にとって甘えてました

実家に帰ってきてから、自分の心との向き合いが加速しています。

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向き合いが加速したのは、心理的安全が大きいのかもしれません。

実家では、子どもたちを見てくれる目が複数あるし、家事も母にお任せ状態。仕事も切羽詰まっていませんから、私は自分のことに専念できます。

東京の家にいると、つい家事や所用にと動いてしまいます。しかしながら、実家には自分の荷物がありません。自分の役割も最小限。

だから、余計な誘惑がなくて、自分の気持ちと向き合えるのだと思います。

今、夫は1人東京の家にいて、働いてくれています。

そこで感じたこと。

それは今まで夫に「甘えていた」ということ。

夫からかけられた言葉を逆手にとって、印籠のようにかざし続けてきたんです。

それは、公務員を辞める覚悟をした、シンガポールでの出来事から始まります。

「公務員を辞めてもいい。その代わり、正社員並みの収入を得てほしい。」

この言葉を言われたのが、2022年4~5月だったでしょうか。

この呪縛がずっと私を苦しめてきました。

育休に入る前は、残業代を加えて30万円前後の収入を得ていましたから。

それと同程度の金額を稼がなきゃ……

その言葉が重しのように心にのしかかり、私の心を蝕みました。Webライターへの転職を決めたものの、その重圧に押しつぶされそうでした。

そもそも、なぜ夫がそのようなことを言ったのでしょうか?

それは不安だったから。

人間はいつ働けなるか分かりません。病気や転職などと対峙することになったときに、自分しか働いていないと心配になります。
その分、妻も仕事していたら安心ですよね。しかも、家が回るくらいの稼ぎがあったら、安泰です。

だから、その言葉を発したわけですが……。

そこから、何度も言い争いになりました。離婚1歩手前の大喧嘩を繰り返し、私は子どもたちの前で大泣き。子どもたちもママが感情的に泣いて、不安だったでしょう。

それでも歯を食いしばって作業の毎日。
睡眠時間を削り、土日も作業に追われました。

フリーランスとして、Webライターとして、ゼロから始めて公務員並みの収入を得るのは並大抵のことでは達成できません。

だからこそ、朝4時半から朝活したり、日によっては朝の4時まで執筆していました。常に〆切に追われ、気持ちが張り詰めて不眠に陥ったことも……。

こんなに私は頑張っているんだから、夫にも家事や子育てをやってもらわないと割に合わない

そう思って、夫担当の家事と育児を増やしました。

  • 洗濯物たたみ

  • 買い物

  • アイロンがけ

  • 子どもとのお風呂

  • 子どもの寝かしつけ

  • 土日の遊び

  • 土日の食事作り

もっと、もっと!
私はこんなに頑張っているんだから。
だって、30万円を稼いでほしいんでしょ!

そう言って、どんどん要求が加速していきました。夫は要領よくこなし、スキルを身につけていきました。

ただ、不満な顔を見かけるようになったんです。

それはそうですよね。

平日に帰って間もなく夕ご飯を食べて、お風呂に子どもを入れる。少し休んだら、夫は子どもたちを寝かしつけしなかければなりません。
私はお茶碗を洗ったら執筆しているので、寝かしつけまで自分で段取りする必要があったのですから。

私もワンオペをやったことがあるから分かっていたはずなのに。

土日も私が動けないので、常に子供のお世話と家事がつきまといます。

夫のリフレッシュタイムは皆無でしたから、怒りっぽくなったのも仕方ありません。

私はこの免罪符をかざして、仕事をしつつも、自分時間を手に入れました。

1人でお風呂に入れるようになったからこそ、noteへの毎日発信が可能になったのです。

そして、仕事と称してダラダラしてしまったことも何度もあります。

すべては夫が言いだしたから悪いんだ。
因果応報だ。

そんな横柄な想いを抱いていました。

でも、この帰省で気づきました。

私は夫から自立したくて、この道を選んだのだと。「書くこと」で新しい道を切り拓いてみたかった……。

本当は心の奥底に秘めていた、文章を書いてお金をいただきたいという願望。

それを、あのタイミングで現実化してくれたのは夫でした。

そして、文句も言わず、家事も子育ても私の代わりに取り組んでくれていました。

言い訳にしていたのは私。
夫を敵対視していたのは私。
夫が味方だと認めなかったのも私。

ずっと応援してくれていた
ずっと支えてくれていた
ずっと認めてくれていた

家事や子育て、私への声かけは、私好みではなかったかもしれません。けれど、彼なりの方法で示してくれていました。

いつまでも、子どものように甘えていたのは私でした。

稼げないことを嘆く私の話を、黙って聞いてくれていました。

「違う仕事したら?」

と言われたことは一度もありません。

感謝すべきは夫でした。
1番の理解者は夫でした。

正直、この気づきは天変地異に等しい。

思いきって仕事を削減して、実家に帰り、自分と向き合えた答えが大きすぎました。

夫に心から感謝しています。
ありがとう。

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