見出し画像

「国宝」とは何か 【最澄「山家学生式」より】

国の宝とは何物なにものぞ、
宝とは道心どうしんなり。
道心ある人を名づけて国宝とす。
(中略)
一隅いちぐうてらす、
すなわち国宝なりと。


【訳】
国宝とは何物であるか。
宝とは道を求める心である。
道を求める心をもつ人を、
名づけて国宝という。
(中略)
世の一隅を照らす人、
これ則ち国の宝である。

日本の名著3「最澄 空海」(中央公論社)天台法華宗年分学生式 

社会や国家を良くするためと言っても、全員が総理大臣や大企業の社長になる必要はありません。
どのような職業や地位であっても、各々が、求められる任務や役割に応じて、持てる能力の限りを尽くして、最大限の力を発揮することで、それは実現することができます。
その時に大事なことは、道を求める心=「道心(求道心)」です。
最澄の主張にもあるように、道を求める人が「国宝」だからです。

「道」とはどのようなものでしょうか。
仏教では、「仏道修行」のことを指しますが、それだけに限られたものではありません。
日本では、伝統文化と言われているものの中に、「道」と名づけられている例を多く目にすることができます。
柔道や剣道、弓道などの武道をはじめとして、茶道や香道、華道など、いくつもの例をあげることができるでしょう。
日本においては、何かを修得しようとする時、「術」=ノウハウ(柔術、剣術、弓術など)よりも、修得する過程=「道」を大切にしているところに大きな特徴があります。
伝統工芸の職人さんなども、道に秀でた人と言えます。
一つの職業を極めるために、20年、30年と生きてきた人は、達人(=道に達した人)と呼ばれるようになります。
現代でも、そのような人は大いに尊重され、叙勲の対象となっています。

では、道に生きていない人とは、どのような人でしょうか。
それは、「お金や財産のため」「地位や名誉のため」に生きている人です。
このような人たちは、世の一隅を照らす存在というより、自分がいかに大きな存在であるかを周囲に知らせるために、自らを飾り立てることに重きをおいている場合が多いでしょう。
当然、そのような人生は、「道を求めている」ものとは言えません。

地位や名誉、お金などに拘泥すること無く、何か一つのことに、何年も打ち込んでいる人は、「道」に生きる人です。
いかなる分野であっても、そのように生きている人は、社会の役に立つ「国の宝」となるでしょう。
なぜなら、常人には真似できない「特別な存在」だからです。
それ故、「人の数だけ国宝がある」と言えるかもしれません。
人には多様性があります。
そのため、「国の宝」と言える人々が生み出す多様な価値が、社会を豊かにしていくことになります。
このような「国宝」が溢れた国こそ、真に「豊かな国」と呼べるのではないでしょうか。

そこで重要になってくるのが、「教育」です。
幼いうちから、スケールの大きな価値観がもてるように導いていくことは、子供たちはもちろん、国にとっても、大切な課題と言えるでしょう。
自分や家族など、ごく小さな範囲の幸福を求めることも、もちろん大切ですが、それ以上に、国家や社会、地球全体というように、大きな幸福を目指す考え方がもてるように、上手に導いてあげることが肝心です。
志すものは、大きければ大きいほど良いでしょう。
それによって、人物としての器も大きくなり、国や社会に役立つ人材として、後世に残せる功績も大きくなるからです。
そのように生きていると、自然と評価も高くなっていくはずです。
自分から求めずとも、後からついてくるのが、「世間からの評判」だからです。

「一隅を照らす」と言っても、その明るさは一様ではありません。
自分の周辺だけをほんの少し明るくするだけの「10Wの電球」となるのか、
大海原を明るく照らす「100万Wの灯台の明かり」となるのかは、
「志」の大きさで決まってくるでしょう。
等しく「照らす存在」であっても、少しでも大きな光となれるように、大志を抱いて生きていくことが望まれるところです。

人心あやうく、道心かすかなり。

【訳】
「人心」(名誉や地位、お金などを求める心)というものは、身を持ち崩すような破滅の道であり、危険なものである。
それに比べて、「道心」(道を求める心)は、非常に微かなものであり、わかりにくいものである。

参照:「書経」明徳出版社

道は、どこまでも続くもの故、終わりがありません。
どのような境遇にあろうとも、自分の中にある微かな「道心の光」を絶やすことなく、一生涯を通じて、歩みを進めていくためには、「大きな覚悟」と「貫く精神」が必要となるのです。


タイトル画像:
 左:最澄像(一乗寺蔵)
 右:『山家学生式』の冒頭部分(延暦寺蔵)





この記事が参加している募集

#わたしの本棚

18,115件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?