#1 未来おばさん

この間、昼間。自転車に乗ってると、なんか気になるおばさんがいた。僕と同じく自転車に乗って前を走っていた。
なんで気になるんだろうと考えた。
40後半~50代くらい、顔を覆うプラスチックの黒のサンバイザーを被り、上がえんじ色のナイロンのジャケット、下がダークグレイのジーンズ。

特に変わっても目立ってもなく、たまに見るおばさんの姿。そのおばさんが乗る自転車も前と後ろにかごが付いていて、電動付き。前かごにはチラシの束が刺さっていて、おそらくチラシ配りをする子育て頑張るお母さんなのだろうと思った。

そう、ごく普通のおばさんなのだ。
でも僕はなぜか気になった。言うなれば、なんか違和感を感じるのだ。なんか気になるのだ。それを解き明かしたくなり、僕はさりげなく悟られないように後を追いながら観察を続けることにした。

僕が住んでる地域は、ちょっと治安が悪いと言われるような地域。閑静な住宅街ちゃー住宅街だけど、昔ながらの商店街があったり、昼間から酒をあおるおっさんおばさんがいたり。この分煙の時代に、道のど真ん中でスパスパ煙草を吸うじいちゃんがいたり。賑やかな場所だ。だから、さりげなく人間観察をするには持って来いの場所と言える。そういった地域の、昭和の雰囲気漂う商店街を走っていた。

約5メートルくらいの間隔を置いて、考えたり考えなかったりしながら、そのおばさんを尾行していた。と、急におばさんが急停止した。僕は内心慌てて、でもとっさの判断でおばさんの右側をかわして通りすぎた。

そこはさきほどの賑やかな商店街からは少し外れているが、まぁそれなりに人が行き交う住宅地。おばさんはあるアパートに入っていったようだ。僕はさりげなく止まって、さりげなく振り返ってそれを確認していた。

でも先ほどと違うのは、僕はおばさんを右かわしした瞬間に何かを目で捉えたことだ。最初に脳裏に刺さった違和感が増幅していた。僕はドキドキしながら、自転車を逆方向に向け、おばさんの自転車に近づいていった。後ろのかごだ。後ろのかごの中に違和感があったのだ。それがおばさんを通じて僕に届いたのだ。

今度はおばさんの自転車と対面する形で、その横を通りすぎながら、その自転車の後ろかごを凝視した。

「未来」。

後ろかごを覗き込んだ瞬間に頭によぎった言葉。

後ろかごには、スマホが7台並べられていた。そして全て電源がついていて、全てGoogleナビが起動中だった。僕はそれらを一瞬覗き込んで通りすぎて、5メートルくらい行って、止まった。久しぶりに言葉を失った。メカ。未来。意味がわからなかった。

言葉を失い、ぼおっとしてる僕の前に、アパートから例のおばさん、未来おばさんが戻ってきた。そこで気づいたのだが、おばさんは手に2台のスマホを持っていた。その2台を自転車のハンドル辺りにセットされたスマホホルダーに装着した。その2台もGoogleナビが起動されていた。画面の様子から、それぞれが違う目的地に向かっているようだった。

全部で9台のスマホを同時に使いこなす、未来おばさんだった。そして颯爽と僕のもとから走り去っていった。

・・・おそらくだが、あのおばさんはチラシ配りの行く先を一回一回わざわざ入力するのが手間だったのだろう。だからあらかじめ9件分を入力して・・・

いやいや、でもなんで全部起動しとく必要あるん?スマホ代やばない?え、バイト代上回らん?笑 

常識というか、僕の頭でどう考えても謎が深まるばかりだった・・・

実際のところ、当の本人に視点を移してみると、あのおばさんは颯爽と走っていた。おばさんにはタイムリミットがあった。ウルトラマンのように、おばさんはいつもタイムリミットに煽られていた。だから、通常の配り方ではチラシ配りのノルマを達成することができないのだ。

だから、おばさんはこうした。
①スマホを9台用意する。
②ラストスパートでおばさんは9人に分裂して、一気に9ヶ所に配りに行く。

もちろん、最初から分裂できればもっと時短になる。しかし、分裂にはものすごいエネルギーを消費するのだ。だから、分裂はラストスパートなのだ。

こうしておばさんはタイムリミットぎりぎりでチラシ配りを終えることができる。そしておばさんは帰っていくのである。

そして子供のお迎えをし、おばさんは夕飯を作る。おばさんは、頑張るお母さんなのだ。

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