2DK part3 【短編小説】


#前作を読んでからお読みください。


6.帰宅
奈々さんが帰ってきたのは真冬でとても冷たい日だった。鍵を開けて「ただいま」とだけ言って自分の部屋に入って行こうとした。
「何してたんですか」
僕の情緒が壊れた瞬間だった。
「大学に通えなくなるから、療養の為に、僕と同棲始めたんですよね。性的感情がなかった男の僕と。それがなんで急にいなくなるんですか。どこいってたんですか。急に消えないでくださいよ。なにしてたんですか。ここは僕と奈々さんの家じゃないんですか。」
言葉が溢れてくる。震えが止まらなくなって、気がついたら涙も止まらなかった。それから何かを考えるのが嫌で過呼吸になった。奈々さんが消えた間ずっと食べ物が食べれなくなっていたのだ。お腹から込み上げて来るものがなく、ただ胃液を吐き出すしか無かった。"苦しい"という感情がいちばん当てはまるだろう。そんな僕の頭をなでながら奈々さんは
「ごめんね、ごめんね」
ということしか出来なかったみたいだ。今日は金曜日。明日になったら土曜日だ。学生だったら休みの日。僕も夕方からバイトはあるがそれ以外予定はない。しかし奈々さんはまたどこか出かけてしまうのだろうか。
「消えないで、もう僕から急に消えないで下さい。」
出せない声で、拙い言葉で、そう奈々さんに泣きついていた。
「ごめんね、私はもう大丈夫だから。ずっとここにいようね。」
それ以上の記憶はない。気絶してしまったのだろうか、気が付いたら床の上で布団がかかったまま眠っていた。

7.何気ない日常
それから奈々さんは仕事を変えた。今度はシーシャバーで働くことにしたらしい。
「私、女の子を求められるのは向いてなかったみたい。心は女の子だけど、性的指向は男だけじゃない。お客さんにたくさんお金を貰って穢れたことをしちゃった。すごい苦しかった。もう嫌だ。」
そう僕に言ってきた。僕だって仏じゃない。何を今更、と思ってしまった。客に身体を売るなんて聞いていないし、なんで誰とでも出来てしまうんだと疑問に思う。でも奈々さんは違うのだろう。そんな奈々さんの"ごめんね"に憤りを抱いた。でもそれ以上に帰ってきてくれて嬉しかった。また、半年前の生活に戻れると期待した。

奈々さんと、またバイトのシフトは同じ日にするようにした。奈々さんはまた大学に通い、新しいバイトをして。一緒にご飯を作って食べたりした。洗濯物を回すのは僕。干すのは奈々さんで畳むのは自分のものをだった。トイレ掃除は僕の仕事。お風呂は週に2.3回奈々さんが洗って、それ以外はシャワーだった。ご飯は順番に作ったり2人で作ったりした。奈々さんはカレーが大好きで、僕が早めに講義が終わった日にカレーを作ると喜んで感謝してくれていた。
「カレーはね、魔法の食べ物なんだ!」
そうやって笑う奈々さんがとてつもなく愛おしかった。食後の奈々さんの薬は僕が奈々さんに渡していた。これが炭酸リチウム、これがロラゼパム、これがメイラックス、これがラツーダ、これがフルニトラゼパム。そうやって声に出しながら奈々さんにお薬を渡して奈々さんは毎日お薬を飲んでいた。それから奈々さんは徐々に安定したかようにみられた。

8.恋愛
「私、ひなのが好きになっちゃった。」
そう告げられたのは冬学期が終わる頃だった。ひなのは同じ学科の数少ない女の子だ。今更僕は動揺なんかしなかった。ただ、奈々さんの恋が実ることを応援することしか、僕には出来ない。僕はただの同居人でしかないのだ。奈々さんとの生活でそう思えるようになった。「どこが好きなの?」と聞くのは野暮だろう。ただ奈々さんの惚気をずっときいていた。

「ねえ、明日デートなんだけどどんな格好がいいかな?かっこいいボーイッシュなかんじ?それとも可愛いかんじ?」
「僕に聞かれても分からないよ。ひなのはどういった奈々さんが好きとか分かるの?」
「分からないから困ってるんだよー。」
「じゃあ、いつもボーイッシュな格好してるから、可愛い感じで行ってみたら?」
「いいね!そうする!」
そう言って奈々さんは次の日出かけて行った。
奈々さんはイヤリングをして帰ってきた。
「これ、お揃いにしたんだ、いいでしょ!」
そう言って奈々さんは舞い上がっていた。
その時、一通のLINEが来た。
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学期末テスト終わったら中学理科コースみんなでご飯行かない?まだ飲めないけど笑
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「これ、行くよね?ひなのも来るかな!」
「まあ、みんな行くんじゃない?」
「じゃあ、この日は大学に可愛い服で行ってみようかな。ひなのに可愛く思われたいし!」
「ひなのだけに見せたい!みたいには思わないの?」
「いいのいいの!これでひなのと一緒に抜け出して、ラブホに行ってイチャイチャしちゃったりして!笑」
「そんなふしだらな話しないの!それにお薬飲めなくなるでしょ!」
「はーい」
一瞬ヒヤッとした。この冷たさは奈々さんがまた消えていく不安なのか、それともなんなのか。その後奈々さんは真剣な顔をしてこう言った。
「私さ、レズビアンかバイ・セクシャルかもしれないんだってみんなに告白しようと思うんだよね。」
「それでいいの?辛い思いするかもしれないよ?」
「大丈夫、ジェンダー論受けてた人多かったし、きっとみんな理解してくれる!」
上手く行けばいいか、どうしても不安がよぎった。

9.事件
学期末テストが終わってみんなで約束通りご飯を食べることになった。お好み焼き屋さんに行ってみんなでわいわいがやがやしていた。その時に授業の話になった。その時、
「ねぇ、ジェンダーの授業とった人何人いたっけ?」
ひなのが言い出した。
「俺とったよ」
「俺も」
「私も」
「ジェンダーの授業とった人てーあーげて!」
8人の人の手が上がったそこには奈々さんも僕もひなのもいる。
「正直、どう思った?」
そう言い出したのは奈々さんだった。
「いや~、俺は性別にも生まれの性別と性的指向の性別と心の性別とって色々あることに気づいて、ちょっと自分を見つめ直したかな~」
「ルクセンブルクの首相が同性婚してたのは凄いな~て思った。人前で言うのって勇気がいるよね。」
「それ俺も思った!あとは男性用トイレにサニタリーボックスや生理用ナプキンを置くのも納得したかな~。生理のあるトランスジェンダー男性が使い終わったものを捨てられずに持ち帰ってるってきいておどろいたし。」
「なにそれ、はじめてきいた。まじかー色々な世界があるんだな」
みんながジェンダー論について話し始めた。がやがやしてるその時


「私は
気持ち悪いって感じちゃったかな」


ひなのの言葉だった。
「親友だと思ってた女友達が自分のこと性的な目で見てたとかって、信用してたのに知らない間に裏切られた気持ちになる。」
ひなのはそう言い放った。
「そ....そういう人もいるよね。私ちょっとトイレ行ってくる。」
そう言ってから奈々さんはトイレから出てこなかった。
「ちょっと僕もトイレ行きたいから並ぶよ。」そう言って僕もトイレに向かった。都合がいいことに、ここのトイレは男女別れてなく1つしかなかったからだ。

トイレに向かうと嗚咽が聞こえた。
「奈々さん、大丈夫ですか?」
「だ、、い、、、じょ、、、、う、、、、、ぶ、、、な、、、わ、、、け、、、な、、、い、、、」
何とか言葉を吐くのに精一杯みたいだった。
「1回鍵を開けて貰ってもいいですか?」
そういうと鍵が空いた。中にはうずくまってる奈々さんがいた。
「深呼吸してください。」
頷く奈々さん。奈々さんの背中をゆすりながら、奈々さんの顔色を見た。真っ青だ。
「もうみんなの前には行けないよ、」
そう奈々さんは言った。
「今日はもう僕と一緒に帰りましょう。」
そう言って奈々さんの手を握った。
「でも、絶対バレちゃったしひなのに気持ち悪いって言われちゃった。」
「僕が、奈々さん体調悪そうだから送ってくし僕も帰るっていいますから。そしたら顔合わせずに帰れます。1回帰りましょう。2年生になるまでみんなとは会わないですし。」
「お願い」
震える声で奈々さんにそう言われた。
それから僕は奈々さんと一緒に家まで帰った。
奈々さんが落ち着くまでお酒を付き合った。僕は未成年飲酒だけれども、そんなこと関係ないくらいに奈々さんと同じことをしてあげたかった。それがよくなかったのかもしれない。

10.過ち
恋した女の子に失恋した奈々さんは酒を大量に飲んでいた。
「ねぇ、1回だけキスしたこと、覚えてる?」
「覚えてますよ。」
「今日だけ、寂しいから、くるしいから、それ以上のこと、してもいい?」
頭が真っ白になった。
「何言ってるんですか!」
「1回だけ、お願い///」
そういう奈々さんの甘えた声に僕は理性が聞かなくなってしまった。お酒を飲んでしまったのもあるかもしれない。この1年積み上げてきた感情が爆発した。

気が付いたら奈々さんのベッドの上にいた。
「ねぇ、ホック外して?」
言われた通りに外してしまった。気が付いたら服も脱がされて僕と奈々さんは裸で抱き合った。快楽に溺れる奈々さんの表情も、2人の繋ぎ目も全部愛おしかった。奈々さんの体温が僕に溶けていく。奈々さんの蜜と僕の白濁の液体が混ざりあってベッドへとたれていく。あぁ、やってしまった。
「ごめんね、ありがとう」
そう言って僕たちはそのまま眠りについた。
まさかそれが最後の言葉になるとは思いもしなかった。

続きます


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