【連載小説】吸血鬼だって殺せるくせに 5話
episode2 淫魔より淫らなモノ
ダルケルノ村を発ってから、5日後。
ジェイスとディページは、イーストレアという村に到着していた。
ダルケルノよりもずっと小さい村で、畑と簡素な放牧場が面積の大半を占めていた。
大きな建物はなく、木造りの家が立ち並ぶ良い雰囲気の村で、行商人も多い。
2人は村の露店が立ち並ぶ広場へ向かうと、保存の効く干し肉や飲み物、そして馬鞍を買った。
馬鞍のない馬に乗った長旅はジェイスでもかなりきつかったようで、村についてからずっと腰をさすっていた。
購入した馬鞍は脱着が簡単で、装着していないときは持ち運びやすくコンパクトにできた。
どう見ても高級品で、当然値は張ったがジェイスは購入を迷わなかった。
ジェイスは馬鞍をディページに渡すと、腰の恨みを晴らすかのように嫌みを言い放った。
「ほら、馬鞍だ。人間の姿でいるときはお前が持って歩け」
「えー!まぁ、背負うと鞄に見えなくはないけど……ダッサくない?これー。こんなん持ってナンパ出来ないよ」
「小さめのにしてやったんだから我慢しろ」
「ちぇー」
その後、2人は服を探して小一時間歩く。ディページが馬の姿になっても破けたりしない服だ。
当然、人間から馬まで着れる伸縮性を持った服などないのだが、ディページは変身した時に一時的に服を消せる魔法の心得があった。
ただ服そのものにが魔力を蓄える性質を持った素材で作られてある必要があり、それらは一般的な衣服材として流通しているものの、都合よくどこにでも置いてはいない。
なんとか目的の服を見つけたころには2時間ほどが経過していて、疲れたとごねるディページを横目に、ジェイスは最後に武器屋に寄っていた。
「ここは……武器屋だよな?」
「あぁ。何をお探しだい?悪いがうちには新品の剣とかはねーぞ」
その武器屋は小さい小屋の前に開かれた露店だった。
決して品揃えが良くは見えなかったが、大きなかまどと作業台があるので、修理くらいは請け負ってくれるだろう。
ジェイスは長旅で疲弊した自分の武器をねぎらおうと、店主の男に声をかける。
「買いに来たわけじゃないんだ。武器の調整を頼みたい」
「調整か。物によるな……見せてみな」
ジェイスは男の前に、手持ちの3本の剣を並べた。
「3本もあるのか……?全部かい?」
「いや、この剣だけでいいんだが」
ジェイスがそう言うと、店主は慣れた手つきで剣を鞘から抜く。
そして全体を舐めるように見た後、刃の付け根を抑えて少し力を入れる。
それを見てジェイスが剣について言った。
「振るときに刃が妙にグラつくようになってな」
「だろうな……。こりゃシドラル製法の剣だ。ブレードとグリップが別々になってるから扱いやすい分、調整しないとこうなる。長旅で持ち運ぶようなもんじゃない」
「そうなのか……。知らなかったよ」
「作はシドラル人か?」
「いや、ホークビッツのエルフ鍛冶だ」
ジェイスは剣の知識がほとんどなかった。それには理由があるのだが、そこらへんは違う機会に話すとしよう。
3本もある剣はどれも別々の人物から譲り受けたもので、その剣の知識は使い方くらいしか知らなかった。
店主はそれを聞くと…
「ホークビッツじゃエルフが剣作るのか?」
「いや、俺の知る限りエルフの鍛冶職人はそいつだけだな」
そんな話をしながら、店主は慣れた手つきで剣の柄に細い棒のようなものを差し込む。
するとすんなり刃が抜き取られた。
「見てみろ。目釘って言ってな?シドラルの剣は二つの架け石で刃を支えてんだ。片方が削れちまってる」
ジェイスとディページも中をのぞく。
「俺にはよくわからんな……。修理できるのか?」
「石を交換するだけだ。時間はとらねぇよ」
「いくらくらいになる?」
「1リタってところだな……。サービスで砥ぎもしてやるよ」
正直、調整するだけなら結構割高だとジェイスは思った。
しかし他に村もないし、値切るという行為が面倒だったので…
「……まぁいいだろう」
と、ジェイスは了承した。
店主はすぐに作業台を取り出し、なにやら作業をはじめる。
店の前に丸太の椅子が置かれており、それを発見したディページが…
「座ろ座ろ!」
と椅子を指差した。ジェイスとディページは椅子に腰かけ、作業を見ながら待つことにした。
「そうだな」
活気ある村をぼうっと眺めていると……ジェイスはとあることに気づいた。とてもささいなことだ。
ただ待つのは時間が長く感じるもの。
ジェイスは暇をつぶそうと、そのささいなことを店主に尋ねてみた。
「この村は……ずいぶん妊婦が多いんだな」
「ん?……あぁ、ここ数週間の間さ。急に妊婦が増えたのはな」
「数週間で突然?」
「あぁ……老人どもは子宝に恵まれる村は繁栄の象徴とか言って喜んじゃいるんだが」
店主がジェイスに近づいて、小さい声でつぶやくようにこう言った。
「実は……ほとんどが誰の子かわからねぇんだよ」
「どういうことだ?」
「ここ最近妊娠したのは若い娘ばっかりだ。結婚はおろか、村の外にも出たことがない女までいる」
「……」
「噂じゃ、この近くにいる山賊に孕まされたんじゃないかって話だが……。女どもは何にも言わねぇんだ。正直、同じ村に住んでる男からすりゃ気味悪いったらないよ」
そう言って店主は作業台に戻る。
「急に妊婦が増える……ねぇ」
ジェイスがぽつりとつぶやくと、ディページもこうつぶやいた。
「お盛んですな」
しばらくすると剣が仕上がった。
代金を支払い、ジェイスとディページは宿を探そうと立ち上がる。
すると…
「もし……」
と、女性の声で話しかけられた。
「あ、村長……」
「……村長?」
声の方を振り向くと、そこには細身の中年女性が立っていた。
キリッとした顔立ちをしていて、年齢の割に力強い雰囲気を持った人だった。
「はじめまして……。私はこの村の村長、プルーシェと申します」
権力者に突然話しかけられる。
正直、ロクなことじゃないな……とジェイスは思った。
なんとなくモンスタースレイヤーであることは隠して自己紹介をする。
「旅をしているジェイスだ。少しの間滞在させてもらうよ」
「ディページでっす☆」
「有名なモンスタースレイヤーがこの村に来てらっしゃると聞いて、失礼ながらお声かけさせていただきました」
バレてた。
まぁ正直、ジェイスの見た目は簡単に身の上を隠せるような服装じゃない。
海外産の高級な衣類や装備。モンスタースレイヤーじゃないとしても、名のある剣士だと思われるのは当然の流れだった。
「突然で申し訳ないのですが、少しご相談したいことがありまして」
「……相談?」
「はい……。もちろん、お金はお支払いいたします」
…
ジェイスとディページは村長の家に向かった。
リビングで紅茶を出され、2人は彼女からの話を聞くことにした。
ジェイスは紅茶を一口飲んで、話を切り出す。
「相談したいことって……もしや村にいるたくさんの妊婦についてか?」
「はい」
プルーシェ村長はうつむく。
「やはりな。なんでも父親がわからない妊婦ばかりだとか……。山賊に孕まされたという噂までたっている」
「えぇ……」
「俺は産婦人科医でも山賊狩りをする賞金稼ぎでもないんだが」
「いえ、おそらくジェイス様の専門分野であるかと」
「……?」
プルーシェ村長も紅茶で口を湿らせた。
そして一呼吸つくと…本題に移る。
「数週間ほど前から、お腹が突然大きくなる娘が多くなりました。そしてその中の一人、私の娘が……一昨日出産をしたのです」
「めでたいことだ。……まぁ、父親が誰なのかわかれば…だろうが」
「えぇ。何度も問いただしましたが、娘は誰の子か教えてくれないのです。しかし私は、父親がわからなくても働き手が増えるのは良いことだと思い……出産には賛同していました」
そしてプルーシェ村長は、さらに深い呼吸をしてこう続けた。
「生まれてきた子が……あんな姿でなければ」
「……あんな…姿?」
ジェイスがまさに「どんな姿だったんだ?」と聞こうとしたとき、階段から足音が聞こえてくる。
階段に視線を送ると、2階から若い女性が降りて来た。
彼女はジェイス達を見るないなや、村長にこういった。
「お母さん……だれ…?その人たち?」
「サラ……モンスタースレイヤーのジェイスさんだよ」
「モンスター…スレイヤー……?」
サラと呼ばれた女性はそれを聞くと、急に厳しい顔つきでプルーシェ村長に歩みより、大きな声を上げた。
「お母さん!まさか……まだアンナを悪魔だなんて言うの!?」
「サラ、落ち着きなさい……。あの子をずっと隠しておくつもり?」
「あの子は私の娘なのよ!何度言ったらわかってくれるの!?」
「父親を教えないのはあなたじゃないか!心配なんだよ……とにかく落ち着きなさい。一度ちゃんとみてもらったほうがいい」
数分の口論の末、ジェイスとディページはサラの子供を見るために2階へ通された。
ベッドの上にたくさんの毛布が敷かれており、その中に件の子『アンナ』は眠りについていた。
とても無邪気な顔で。
「この子です……名はアンナと言います」
しかしその姿は、確かにただの人間とは言えなかった。
寝顔こそ愛くるしかったが、頭には二本の大きな巻き角が生えており、ヒザから下はまるで羊のように毛むくじゃらで、ヒヅメまである。
「生まれた時からこの姿だったのか?」
「えぇ……心なしか、妙に成長も早くて」
ジェイスはアンナの角に軽く触れようと手を伸ばす。
するとアンナは目を覚まし…
「あーぅ…あぃ……きゃっ」
ジェイスの指を握って無邪気に笑った。
その姿を見てジェイスは小さい声で「起こしてごめんな」と謝る。
そしてその姿から、答えを導き出した。
「なるほどな」
「アンナは……いったいなんなのでしょうか?」
ジェイスはアンナを軽くなでて、母親であるサラに言った。
「聞くが……父親もこの子のような姿ではなかったか?」
「……ッ!」
サラは下を向いて黙り込んだ。
その姿を見て、プルーシェ村長が強く問い詰める。
「どうなのサラ……答えなさい」
すると…
「はい……」
と、サラは小さく答えた。プルーシェ村長はその言葉を聞くな否や…
バシッ!
と大きな音が出るくらい。サラのほほを強く叩いた。
「なんて子なの!?悪魔に体を許すだけじゃなく……ましてその悪魔の子を孕むなんてッ!」
「悪魔じゃないッ!私は……本当に彼を愛してたッ!」
また口論になりそうだったので、ジェイスも少し大きな声で2人に言った。
「落ち着いてくれ」
2人はお互いから目を離した。
驚いている。ことの重大さを理解して。
真実を知り、こういった表情をする依頼者をジェイスは何度も見て来た。
しかし今回の場合……ジェイスも、とても驚いていたんだ。
なぜならジェイスは、この場所にいる誰よりも先に、全ての真実に辿りついていたから。
「これは……きっとサラのせいだけじゃない」
「……?」
「どういうこと……?」
ジェイスは無邪気に眠るアンナの顔を見た。
「アンナは淫魔(いんま)の子だ」
「淫魔……?」
「あぁ……。男型をインキュバス、女型をサキュバスと呼ぶ。淫魔は淫魔同士で子供をつくることができないため、人間を使って繁殖する」
2人の表情がみるみる曇っていくのがわかった。ジェイスはさらに説明を続ける。
「男型であるインキュバスは、人間の女性と性交渉をしてサキュバスを孕ませる。逆に女型のサキュバスは、人間の男性との性交渉を通じてインキュバスを妊娠する。そういう悪魔だ」
「じゃ…じゃぁ……アンナは?私が愛した人は……?」
真実を受け止めるために…いや、間違いであると言ってほしかったからか…
サラはジェイスに問うた。
「アンタの娘、アンナはサキュバスだ。そして、この子の父親は……インキュバスだろう」
「サ…キュバス……」
バタッ
「サラッ!」
それを聞くとサラはめまいを起こし、プルーシェ村長の身体にもたれかかった。
生まれて来た子が悪魔であると、明確に断言される。親としてその辛さは尋常なものではないのだろう。
しかしジェイスはそれを心配できないほど、事の大きさに驚いていた。
「しかし、これは……通常ではありえない、とても厄介な事態と言える」
「ど、どういうことなのでしょう……?」
「淫魔の被害者には何度もあったことがあるが……今回の場合……被害者の数が異様だ」
プルーシェ村長はそれを聞いてはっとした。
そう、村に突然増えた父親不明の妊婦達。彼女たちの子が全て、淫魔の子だとしたら…
ジェイスはプルーシェ村長に言う。
「詳しいことを話す前に……村人を集めてくれないか?できるだけ全員だ」
「村人を?」
「アンナの話を村人にしなければならない」
サラはそれを聞くと、フラつく身体に力を入れなおした。
「それだけはやめて……ッ!村人が知ったら、私もアンナも追い出されてしまう!」
涙を必死にこらえるサラにジェイスは厳しく言った。
「駄目だ。村の妊婦達が全員淫魔を孕んでいるとすれば……これはもう、アンタ達だけの問題じゃない」
そう…
もし村の娘たちの腹の中にいるのがすべてサキュバスであったなら…
「このままだと……この村ごと潰れる」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?