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【連載小説】吸血鬼だって殺せるくせに 3話

寒気がするほど美しい白馬が、モンスタースレイヤーを乗せて森を駆ける。

生き物の気配のない森に道などなかったが、白馬はまるで平地を走るかのように速度を上げ続けた。

こんな森を、こんな速度で走れる馬なんていない。

見る人が見れば一瞬でその馬が『悪魔』であることがわかるものの、それを見て恐怖する人間すらそこにはいなかった。

白馬の姿になったディページは、バカラッバカラッと体重を乗せた音をたててさらに速度を上げるが、湿気の多い森の中でそれが響くことはない。

またがるジェイスは眉間にシワを寄せてこうつぶやいた。

「ケツがいてぇ」

「ブルルルッ!(文句言わないでよ!こっちは乗せてやってんのにさ!)」

「馬鞍がなきゃ長旅はできんな……。あとお前が馬の姿に戻っても破れない『魔法の服』も買わなきゃならん。まったく……」

「ブルッ!ブルルルッ!(まってよ!服はともかく、馬鞍なんていらないよ!人間の姿の時とか邪魔じゃん!)」

「人間の姿のときはお前が背負って歩け」

「ブルルルルッ!(えー!労働環境の改善を要求します!)」

使役しているジェイスだからこそ、会話が成り立つ。他人が聞けば、白馬になったディページの声は聞こえない。

そんな会話をしながら走っていると、月明かりに照らされる開けた場所にでた。

そこだけ不自然に木が生えておらず、中心には大きな岩がある。

「いるな」

ジェイスはその場所に何かを感じ、ディページから降りる。

「お前は馬の姿のままでいろ」

「ブルル…」

ジェイスの表情はとてもリラックスしていた。決して油断しているとか、そういうわけではない。

意識を森の中に集中していた。

草の音、風に乗った香り、その空間全てをジェイスは研ぎ澄ました感覚で観る。

「いた」

ジェイスは森の中に気配を感じ取った。

音も立てず、素早く移動している。見事なものだ。

向こうもこちらに気づいている。

素早く足を動かしながらも、視線はずっとこちらに向けている。

「すぅー……」

ジェイスは空気を吸い込み、腰にさした剣を抜く。身体の力を抜いて、目をつむる。

そして息を吐きながら、今度は耳へ意識を集中させていく。

「…ふぅ」

やがて意識を完全に身体と切り離し、溶け込ませるように森へ馴染ませた。

傍からみれば無防備も同然。隙だらけ。

手に持った剣先は地面についているし、今にも落としそうなほど力も抜いている。

そして…

バッ!

後ろから襲いかかる『神狼様』の気配を感じ取り……ジェイスは瞬時に意識と身体を繋ぎ合わせて剣を振るった。

「お”お”お”お”お”お”ッ!!!!」

低いうねり声をあげて、目をつぶったジェイスの前に何かが倒れる音がした。

目を開けると、そこには血がまみれになったそれが苦しんでいた。

顔は狼だったが、上半身は毛むくじゃらの人間そのもの。

肌は灰色で、胸から腹筋にかけジェイスに付けられた剣傷が付いており、流れる血も人間のそれと同じであった。

その姿はジェイスの知る呪縛生物『人狼』そのものであったのだが、すぐにあることに気づく。

「……(これは)」

『神狼様』は…とても小さかったのだ。

『人狼』となった人間は巨大化するものだ。

しかし目の前に倒れる『それ』は立ち上がったとしてもジェイスとそれほど身長差があるとは思えなかった。

ジェイスは意外なその姿に一瞬躊躇したが、すぐに持っていた布で『人狼』の目を隠し、ロープで身体を拘束した。

『人狼』は身動きが全く取れなくなり、さらに強く唸り声を上げ続けた。

「ウゥッ!はなせぇッ!」

小さな身体と裏腹にその声は低い。

痛みに苦しんでいるようだが、傷は一瞬で治り、血も止まっていた。

この治癒能力は『人狼』という呪いにかかった者に授けられる能力だ。

しかしこれは『人狼』にとってありがたい能力ではない。地獄の空腹の中で苦しみ、自殺を図ろうとしても死ぬことができない。

その苦しみは首をはねない限り、永遠に続く。

ジェイスは縛られながらも暴れる『神狼様』に、村長夫人に使った例の魔法をかけた。

「『アクシリオス』」

この『アクシリオス』は精神を安定させるための魔法である。

強くかけられると精神力の弱い人は気を失うこともある。村長夫人のように。

その姿を見て、ディページが悪戯っぽい顔でジェイスに言う。

「ブルル…(悪魔を使役し魔法も使って……。もうモンスタースレイヤーって言うより悪い魔術師だね)」

「なんとでも言え」

魔法をかけられた『神狼様』はしばらく唸ったあと、突然ぴたりと動きを止めた。

ジェイスは呼吸の安定した『神狼様』に問いかける。

「『神狼様』だな?」

「なぜだ……空腹が、突然おさまった」

「一時的なものだ。お前と話がしたくてな」

『神狼様』は話を聞けるほどの冷静さを持っているようだった。

ジェイスは目の前にいる神様に話を聞いてみることにする。

「なぜ近くに大きな村があるのに、お前は人間を食べない?」

ジェイズはまず、『人狼』にとって最もおかしなこの生態について問うた。

しかし帰って来たのはこれに対する答えではなかった。

「でていけ人間……このままでは…お前を食べてしまう」

「人間の心配をするとは『人狼』らしくないな……まるで神様みたいだ」

ジェイスのこの言葉は皮肉であったが、本音も含まれていた。

「心配などしていない……自分のためだ…はぁ……はぁ」

『神狼様』はゆっくりと呼吸を整えるように言葉を繋いだ。

「人を食わないのが自分のため…?どういうことだ?」

「あと少しで……生贄の時期がくる……はぁ、はぁ」

「ダルケルノ村の生贄のことか?」

「あぁ……それまで人間を食べることを我慢すれば……呪いは解かれ、僕は人間に戻ることができるんだ」

ジェイスはその意外過ぎる返答に一瞬硬直した。

「……なんだと?」

「そう言われたんだ……だから僕は……人間とあわないように……はぁ……はぁ…ここで1人……ずっと…」

「誰かに言われたのか?人間を食わずにいれば……呪いが解かれると」

「あぁ……ダルケルノ村の……村長だ」

ジェイスとディページは目をあわせた。

「『神狼様』への生贄は50年つづいている風習だと聞いたが?」

「そうだ……僕は昨年の生贄として……『神狼様』に捧げられた」

「なに……?」

「村長にここに連れてこられて……生贄として先代の『神狼様』に食べられた」

「……儀式の生贄だったと言うのか?」

「そうだ……。目が覚めると……はぁはぁ……僕が『神狼様』になっていた」

ジェイスの顔が徐々に曇っていく。そしてゆっくりと……正確に状況を掴みはじめていた。

頭の中でまとめた状況をジェイスはもう一度『神狼様』に確認する。

「つまりお前は昨年の生贄で…一年間、人間を食べずに村を守れば、次の年の生贄の儀式で人間に戻れると言われた。そう言っているのか?」

「そうだ……」

「過去に生贄になった者が村へ戻ってきたことは……?」

「ない……。だって『神狼様』になった者は……はぁはぁ……永遠の幸福を受け取るため、みな貧しい村へは戻らない……から」

やはり……生贄が帰ってきたことはないようだ。

「永遠の幸福か。皆……死んだとは、考えなかったのか?」

『神狼様』は言葉を失った。

少し考えれば、それくらいすぐに分かりそうなものだ。

本当に人間に戻れるのなら、いくら幸福を手に入れたとしても、1人くらい村に帰ってきてもいいものだ。

50年間、誰も帰ってこない永遠の幸福。その真実は『神狼様』という呪いの先、つまりは……。

しかしそんな嘘を信じてしまうほど、呪いは冷静さを欠かせているのだとジェイスは思った。

「でも確かに……言ったんだ。呪いは解かれると……村長が……一年間我慢すれば…」

「そうか……。しかし『人狼』が空腹に耐えることは、地獄の苦しみだと聞く」

「あぁ……だが僕は……耐えた…。耐えたんだ…あと少しで……あと少しなんだ

ジェイスはこの時点で答えを導き出していた。この物語の結末を。

そしてそれを『神狼様』に伝えることが……とても辛かった。

「なるほどな……」

ジェイスは腰を落として『神狼様』に聞こえるよう、ゆっくりと語りだした。

エセルからの話。村長の話。

そして目の前で横たわる神様の話を聞いて導き出した……全ての答えを。

「『神狼様』……これはただの『人狼』の呪いではない」

「はぁはぁ……なんのことだ?」

「これは『渡り人狼(わたりじんろう)』の呪いだ」

「はぁ……はぁ……?」

「普通の『人狼』は、狼を殺した呪いとして狼の姿に変えさせられ、終わることのない空腹に苦しむ」

「なにを……」

「しかし『渡り人狼』には、唯一その呪縛から解き放たれる方法がある」

「なんの……話だ……」

「それは人間を食わずにただ噛みついて、呪いをその者に移す方法だ。噛んだ方の呪いは解除され、噛まれた方は新たな『人狼』となる。呪いが人を渡っていく……だから『渡り人狼』と呼ばれている」

しかし……この先はおそらく『神狼様』も知らない。

「しかし、ここでいう呪いの解除とは……人間に戻ることではない」

「……!?」

「目的を失い考えることもできず、永遠に生命を漁る存在に生まれ変わるということだ」

「生命を……漁る存在?」

「あぁ……すなわち、グールにな」

森が沈黙する。まるでジェイスの言葉を遮らないよう、気を利かせているかのように。

「グールは、呪いや魔術によって抜けがらとなった動物や人間の姿だ。苦しむこともなくなるが……なにも感じない存在に変わる」

「う……そだ……」

『神狼様』につけた目隠しに、ジワリジワリと涙がしみだしていく。

ジェイスは目をそらしたかったが、それでもしっかりと彼に伝えようとした。

「お前は……人間に戻ることはできない」

「嘘だ……」

「……」

「嘘だッ!!!!!」

『神狼様』が興奮して身体を激しく大きく動かそうとする。

「『アクシリオス』」

ジェイスがもう一度魔法をかける。『神狼様』は身体を震わせて…涙を流し続けた。

「じゃあ僕は……僕はなんのために……何のためにこんなに苦しんだんだッ!」

「……」

「ママ……」

その姿は……もうすでに、ジェイスには人間に見えていた。

「『神狼様』よ。もしお前がグールになりたくないのであれば……俺がここで殺してやってもいい。一撃で首をはねれば、身体の再生が行われることはない」

「はぁ……はぁ……」

「俺はお前が人間だったころの姿は知らない。しかし……人間として殺してやるくらいなら、俺にもできる」

『神狼様』は黙り込んだ。ジェイスとディページはそれをただ見つめていた。

そして元人間であった神様は決断をした。

「殺して」

「……」

「せめて……生まれ育ったこの地で……誰も恨むことなく……いや、誰かを恨む前に」

「……わかった」

『神狼様』はゆっくりとうつ伏せになる。

「言い残すことは……?」

「……たくさん……ある」

「……」

「だがどれも……言うと心が折れてしまいそうだから。……このまま逝かせてくれ」

「……そうか」

ジェイスはゆっくりと剣を抜いた。『神狼様』は鞘から剣が抜かれる乾いた音を聞いて、こう言った。

「名も知らぬ剣士のお兄さん……」

「……?」

「ありがとう」

ジェイスはゆっくりと剣を振り上げる。最後に神様……いや、1人の人間に向かって、言葉を発した。

「お前の最後は……人狼でも、ましてや神様なんかでもなかった。ただひたすらに人間だったよ……せめて安らかに、シエルの地へ行けることを願う」

バシュッッ!

ジェイスは、うつ伏せになった『神狼様』の首を見事にはねた。『神狼様』の呪いは解け、徐々に身体が人間に戻っていく。

戻ったその姿は、まだ10代前半の少年のようだった。

『神狼様』の呪いは、もうこれで人を渡ることは無くなった。この少年は、50年にも及ぶ村の呪いを1人で請け負ったのだ。

ジェイスは彼の姿を見ながら剣を鞘におさめ、彼の前で膝まづいた。

「ディページ……」

「ん?」

「穴を掘る……手伝え……」

「お墓?」

「あぁ……グールに掘り起こされないように深いやつをな」

「はいはい……けど、どーすんのこれから……」

「村長のところへに戻る。そして問い詰める」

「問い詰める……?」

「あぁ……ダルケルノ村にかかった呪いは『渡り人狼』だけではない」


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