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「欠けているから愛おしい」、シン・エヴァと庵野ドキュメンタリーのネタバレなし感想

「シン・エヴァンゲリオン劇場版」と、NHKのドキュメンタリー番組「庵野秀明スペシャル! プロフェッショナル仕事の流儀」を見ました。

なんでこの2つがセットなのかというと、映画を公開週(3/13)に観てモヤモヤした感じが、エヴァの監督である庵野のドキュメンタリーを見て、「やっぱね」と確証を得たから。確証を得るとともに、モヤモヤのルーツには「欠けているから愛おしい」という庵野の価値観があるのではと思いました。

シン・エヴァの感想

一言で映画の感想を言うなら、「面白くはあるけど、これじゃない」という感じ。もっと言うと、「難しいこと考えずに、どうして一丁目一番地で勝負できなかったんだろう」という感じでした。

TVシリーズのエヴァでのわだかまりは、最後の風呂敷が閉じられなかったところだと思うんですよね。個人的には、「庵野が伝えたいことは伝えられたのでは」と当時感じてもいたので、自分はこれで終わりでも全然あり派でした。

ただ、「劇場版でちゃんと風呂敷閉じます」ということになったので、期待して観に行ったら大半の人たちが「なんじゃこりゃー」の松田優作状態になるという驚きの結果に。この状況について「ゴメン、嘘嘘…」って感じで仕切り直したことに、新劇場版のコアとなる存在意義があると思うんですよね。だから、「とにかく、何でもいいから、TVシリーズの後半部分だけでもキレイに閉じてください」が大半のファンの願いだったのではと思うんです。

そういう意味で言うと、面白くはあったんだけど、一丁目一番地ではなく、裏路地あたりで超絶丁寧に風呂敷閉じて、「これで文句ないだろ、バーカ」と言われた感じなんですよね〜。

ちなみに、自分は新劇場版の序破は「最後の風呂敷閉じが見たいのであって、ここからやる必要ないと思うけど、まあ一丁目一番地っぽいし面白いからいいか!」と感じていました。ただ、次回作のQは裏路地の何十年も開けられていないマンホールの中を覗きたくもないのに覗かされた感じで、面白い面白くない以前に、何回見ても途中で寝てしまうほど意味が分からず、正直見てないんすよね。。

ドキュメンタリーの感想

これは一言で言うと、「エヴァ制作チームのスタッフが可愛そう…」につきます。しかも「頑張るところそこじゃないだろ…」ってところで、まさに庵野を盲信して頑張り、頑張ってもちゃぶ台ひっくり返されての繰り返し。

また、このドキュメンタリーの優れているところは、庵野に言いたいこと沢山あるけど言えなくて、でも一矢報いたい感はあるけど、泣きたい気持ちを押さえ込んで「庵野さん天才!」と顔は笑って心では泣いてのスタッフたちの心情が、ビンビン伝わってくるところなんすよね。

しかも、そんなスタッフたちの心情を無視し、スタッフたちの困惑の様子を「面白いでしょ」と語る庵野が、ただただ鬼畜にしか見えませんでした。

冒頭で、このドキュメンタリーを見て「確証」と書いたのは、「とにかく最後だけキレイに閉じてください」と感じているエヴァファン(おいらだけ?)と、庵野が作りたいものは、最初から噛み合っていなかった、ということが分かったということです。

だって、口では「お客さんのため」と庵野は言うものの、「とにかく、最後の風呂敷をちゃんと閉じて」というファンの気持ちは二の次で、面白いアングルや意外性にひたすらこだわって、現場のスタッフが疲弊する姿をただ面白がって見ているだけなんですから…

映画とドキュメンタリーの感想

ということで、「面白いけどこれじゃない」の根底には、才能はあるけど、25年間、素直にファンの願いに向き合えなかった男の頑固さ、才能の無駄遣いがあるのでは、という感じでしょうか。

ただ2つほど、「仕方ないな」と思うのと、「すごいな」と思うことがあります。

仕方ないなと思うこととして、このドキュメンタリーで強調していたテーマに「欠けているから愛おしい」というキーワードがあります。詳細はドキュメンタリーのネタバレ(スタッフの疲弊感とか言っちゃってるけどね…)になるので説明しませんが、庵野の価値観を決定付けるキーワードです。このキーワードの背景を知れば、「これじゃない」という欠陥は当然の帰結なのかもなとは思いました(すんません、これドキュメンタリー見てないと分からないかも…完璧なものは美しくないという感覚です)。

もう一つすごいと思うのは、この25年間、庵野はずっと「風呂敷をどう閉じるか」という重荷を背負い続けてきたことが、改めてわかったということです。

正直、鬼滅や進撃のような新たな社会現象を巻き起こす作品がある中、正直、エヴァはどうでもいいという人は多いと思うんですよね。おいらもこんな長々と書いてるくせに、ぶっちゃけどうでもいいと思ってたし、普通に忘れていたし、観るつもりも本当はなかったです。それでも、庵野は25年の呪いのような「風呂敷どう閉じるんじゃい」という声を背負い続け、誠実に向き合おうとし続けたという事実は、それだけで畏敬の念を込めて「凄い!」と思えます。

ただ、それだけに、どうして「最後の風呂敷をちゃんと閉じるところを見たいだけなんだ」という声を真正面から受け取れなかったんだ、というところだけが残念でなりません。

個人的には、ネタバレにならない程度に言うと、今回のタイトルは「シン・エヴァンゲリオン劇場版:急」にすれば良かったのにな、と思いました。本来は「序破急」だったのが、「序破Q」になってしまったので、もう一回だけ「ゴメン、Qは嘘嘘、ダジャレだったんで改めて急やります!」とすれば良かったのにな、という感じです。

というのも、色々と一丁目一番地ではなかったのですが、おそらくエヴァの根底にある最大のテーマである「親子」については今回、決着がついたように思えるんです。なのに何だか一丁目一番地ではなく、この最大の見せ場が裏路地になってしまったところに、「これじゃない」という残念な気持ちを感じるとともに、「欠けているから愛おしい」の庵野の美学のようなものが隠されているのかな、と感じる次第でした。

うーん、おいら色々言っておいて、エヴァも庵野も大好きなんだな…ということで、シン・ウルトラマン、楽しみにしてます!コロナ禍だからって難しいこと考えずに、純粋に面白い作品を「サービス!サービス!」って感じで作って下さいね、約束だよ!

追記

と書きておきながら早速、シン・ウルトラマン延期…

庵野秀明『シンウルトラマン』“現場出禁”に!再撮要求に裏方悲鳴

エヴァとは位置付けが違うので、こだわりにこだわって面白くなることに期待するとともに、スタッフへの精神汚染は程々にと願うばかりです。



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