保育園送迎時のちょっとネガティブな感情の話 〜成長速度は違うとわかってはいるけれど〜

保育園送迎時、他の子どもをみて不安を感じてしまう2歳半児のパパの話。

1.保育園送迎時に感じること

保育園の送迎をしていると、うちの子と同じクラスのご家庭とタイミングが重なることがあります。

通っている保育園はお迎え時に最大で3分程度、園での様子を伝えてくれます。今日、園でどんなおもちゃを使って遊んだのか、どこの公園にお散歩に行ったのか、食事は残したりしていないかなどなどを教えてくれます。

パパママはその話を子どもに靴を履かせたり、上着を着せたりしながら聞くのですが、当然子どもは暇なのでキョロキョロしたり、動き回ったりします。

当然、うちの番を待っている間、前のご家庭の子どもの様子が耳に入りますし、暇そうにしている子どもの様子も見えます。

今日はトイレ行きたいときははっきり先生に伝えて、トレパン濡らさずに過ごせました! という先生の声や、ほぼ同じ月齢の子がめちゃくちゃ流暢に話していたり、「〇〇くんパパだー」と私をしっかり認識して声をかけてくれたり。

こういった場に立ち会うと、「うちの子、まだトイレ全然覚えてないんだよな……」とか「うちの子、こんなふうに流暢に喋れない……」という思いと同時に、

・うちの子育て、間違ってるのか?
・もっと子どもと過ごす時間を作らなくちゃだめなのか?
・もしかして、愛情不足?

などなど勝手に落ち込んでいます。

2.成長速度はひとりひとり違うことはわかっているけれど

頭ではひとりひとり成長速度は全然違うとわかっています。実際、自分の子ども時代を思い出しても、ひとりひとり得手不得手は違いましたし、それは30代になった今の環境でも同じです。

それでも、ほぼ同じ月齢なのに、うちの子は未だに単語を複数組み合わせた喋りしかできないとか、オムツをやめる気配がないとかとか、不安になってしまいます。

これはもう理屈ではなく、妻に相談したところ同じことを思っているようでした。

「比べても仕方ないから、気長に成長を待つしかないね。焦っても意味ないし」そっけなく妻はそう口にしましたが、自分を納得させるようにそう言ったように感じました。

3.周りは気にせず子どもと向き合うしかない

この文章を書きながら、「なぜ他の子と比べてできないところだけ比べてしまうのだろうか」と考えました。

きっとそれは「できるに対して、できない」はわかりやすく、普段から持っている不安とリンクしやすいから。

逆に「他の子と比べて、できることはなにか」を考えるようにすればネガティブな感情は多少収まる気がしています。ネガティブな感情を持ったまま子どもに接するのは誰も幸せにならないでしょう。

ただの事実として、流暢に喋れる子やトイレトレーニングが順調な子どもと比べると、うちの子は以下のことが言えます。

・身長が高い。ひとつ上のクラスの子よりも高い。体重も同じぐらい重い。
・食事量が半端ない(保育園の先生談)
・スプーンの使い方がクラスで一番うまくて、食べ物の好き嫌いがない(保育園の先生談)

流暢に喋れなくても、トイレがまだ全然できなくてもしっかり成長してる。喋りも今にうまくなるだろうし、トイレも今に覚える。

逆に、身長はこれから他の子に抜かれるだろうし、食事関係も他の子のほうがうまくなる。

多分、ここに書いた不安は来年か再来年には忘れて、他の子どもに関する悩みを持っていると思います。

4.子どもの成長は競うものではない

「うちの子、〇〇ちゃんと比べて小さくて、ご飯もあんまり食べないんですよね。好き嫌いがすごくて」

流暢に喋る子のママさんと立ち話して、記憶に残っている言葉です。

他の子と比べてできないことに目が行ってしまうのは私だけではない。きっと多くのパパとママがそう思っていると思います。

だからこそ、子どものいいところに目を向けて、他の子と比べて成長が遅れていることはおおらかに「今にできるでしょー」と思いませんか?

雑談の中でも自分の子どものできないことを言うのではなく、いいことを言って褒め合いませんか?

きっとそのほうがみんな幸せになるんじゃないかなあと安易に思ってしまいます。

子どもはパパとママの分身ではない、人格を持った個人です。あくまでパパとママはひとつの人格をもった子どもの成長を助け、見守る存在。

子どもの成長を競うのではなく、いいところを認めてあげたいです。

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