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中国から見る、次世代コネクテッドカーの覇権争いの焦点とそのゆくえ

2018年の『Consumer Reports』誌では、テスラ モデル3は高速道路での緊急ブレーキに深刻な問題があると指摘されていた。 具体的には、「モデル3」が時速60マイルで走行しているときの制動距離は約46.3メートルで、同クラスの他の車よりもはるかに長かった。その後、モデル3は、緊急ブレーキの距離を約6.1メートル短縮するファームウェアアップデートを遠隔操作で実施した。

クルマを定義するE/Eアーキテクチャ

この話に出てくるモデル3の能力は、「クルマをソフトウェアで定義する」能力であり、その根底にあるのはテスラの高度なE/Eアーキテクチャ設計だ。

車両の電気/電子アーキテクチャーは、しばしばE/Eアーキテクチャーと呼ばれ、 センサー、プロセッサー、コントローラー(ECU)、ワイヤーハーネス、インフォテインメントシステム、シャシーシステムなど、車両のハードウェアとソフトウェアを体系的に設計することを言う。

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E/Eアーキテクチャーの概念は、著名な自動車部品メーカーであるデルファイ社が最初に提案したもので、その後、自動車業界で広く採用されている。 近年、「ニューフォー」の発展に伴い、自動車は急速にインテリジェント化、コネクテッド化しており、従来のE/Eアーキテクチャーでは、車載データの伝送、認識・計算、ソフトウェアのアップグレードなどの機能・性能要件を満たすことができず、従来のOEMやティア1サプライヤーは、次第に厳しい技術的課題に直面することになった。

まず、テスラが新世代のE/Eアーキテクチャーの集中配置を率先して行い、その後、独ボッシュ、米アプティブ、独コンチネンタルなどのサプライヤーがE/Eアーキテクチャーを分散型から集中型に変更すべきだと主張した。

より良いスマート運転を実現するためには、E/Eアーキテクチャーの先進度が「ボトムライン」を決定する。つまり、どの自動車メーカーであれ、現在の自動車の「ニューフォー」の技術トレンドと産業環境の下で、製品力を高めて市場に見放されないためには、必ず先進的なE/Eアーキテクチャーを採用して完成車を設計・生産する必要がある。

PricewaterhouseCoopers社やDeloitte社などの研究機関のデータによると、今後の自動車産業の発展は「Software-Defined Car」である。自動車産業におけるイノベーションの約90%は、自動車用電子機器およびソフトウェアの分野から生まれており、2025年には、1台の自動車に搭載される電子部品およびソフトウェアのコストが、自動車の総コストの35%にまで上昇すると予想されている。2030年には、自動車産業全体の年間研究開発費の30%がソフトウェア(OSカーネル/ドライバー/ミドルウェア/プロトコルスタック/ツールチェーン/基本IPとアルゴリズム/AI/アプリ/UIなど)に費やされ総額460億ドルになると予想されている。さらに将来の自動運転車の駆動には、3億〜5億行のソフトウェアコードが必要になると言われている。

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スマート・コネクテッド・カーのデジタル化というメガトレンドの中で、自動車のバリューチェーンを構成するすべての企業が、ソフトウェアやエレクトロニクスの革新から抜け出そうと懸命に努力を続けている。

現在、独ボッシュのE/Eアーキテクチャーの分類によると、E/Eアーキテクチャーの進化の傾向は、分散型E/Eアーキテクチャー、ドメイン集中型E/Eアーキテクチャー、車両集中型E/Eアーキテクチャーの3種類に大別される。 さらに独ボッシュは、E/Eアーキテクチャのトレンドを、シンプルなものから複雑なものへと順に、モジュール化、統合化、集中化、ドメインコンバージェンス、集中コンピューティング、ビークルクラウドコンピューティングの6段階に分けて説明している。

E/Eアーキテクチャの集中化により、電子システムの複雑さが大幅に軽減され、車載通信帯域や配線コストが節約されるため、製造コスト、重量、設置スペースが大幅に最適化される。

全体的に見ると、現在の中国国内の伝統的な自動車会社の多くはステージ2であり、さらに多くはステージ1で、ステージ3のアーキテクチャーは次世代プラットフォーム上にしかレイアウトされていない。 一方、テスラは第4ステージに入って久しく、第5ステージに向かって徐々に進んでいる。

従来の自動車会社が直面する課題

では従来の自動車会社は、次世代のE/Eアーキテクチャーへの移行プロセスにおいて、なぜ多くの課題に直面するのか?

まず、これらの領域は、従来の自動車会社にとってはほとんど馴染みのない場所であり、膨大な学習コストがかかる。 一元化されたアーキテクチャは、半導体チップのアプリケーションやソフトウェアの開発に多くの労力を必要とする。 例えば、昨年初め、日経新聞はテスラモデル3を分解し、テスラの電気アーキテクチャがトヨタやフォルクスワーゲンよりも少なくとも6年進んでいることを報じ、日本の大手OEMの技術者が「うちではできない」と発言したことがあった。

第二に、新しい構造におけるソフトウェア研究開発が採用する作業モデルは過去のOEM工場とは全く異なり、本質的には半導体チップ及びソフトウェアインターネット企業のモデルであるため、従来の自動車企業が内部組織構造、ワークフロー等に対して一連の重大な調整及び改革を行う必要がある。慣れない分野に莫大なリソースを投入したり、新しいR&Dモデルを実現するために別の部署や会社を設立したり、どのようにして収益性を確保するか、いつ収益性を確保するかなどの問題は、伝統的な自動車会社が抱える大きな課題となる。 例えば、フォルクスワーゲンの前CEOであるディーズは、昨年6月に退社したが、彼の退社は電動化の推進に積極的すぎると見られているからだ、と噂されていた。

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テスラの完全な自己研究モデルとは異なり、従来の自動車会社の既存のプラットフォーム、製品、技術、特にE/Eアーキテクチャーは自動車部品メーカー(ボッシュ・コンチネンタルなど)への依存度が高く、新しいセントラル・コンピューティング・アーキテクチャーを採用した場合、カーコンピュータ、センサー、オペレーティングシステム、アプリケーションなどのモジュールを自己研究する必要があり、ほぼ全体のサプライチェーン・システムを膨大なコストで再構築する必要がある。 そのため、従来の自動車会社にとっては、業界の国際標準やオープンアーキテクチャーに基づいて、1社または複数のサプライヤーと協力して技術・開発を行うことが最良の解決策となる。この方がコストがかからず、効率的なのだ。

したがって、スマートネットワーキングの技術アップグレードの潮流は、スマートドライビングアルゴリズム企業(Waymo、PonySmart、AutoXなど)、新しいセンサー(TSNイーサネットカメラ、LIDARなど)、車載用TSNイーサネット電子アーキテクチャー(Harman、TTTech、Hechan Technologyなど)、更にドメインコントローラー、AIコンピューティングチップ(Nvidia、Intel、Horizonなど)などの、従来のティア1サプライヤーエコシステムとは異なる多くの新種、新産業チェーンエコシステムを生み出している。

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2016年に設立されたAutoXは、SAIC、Dongfeng、Alibabaから投資を受けており、現在、Gaode MapsやVolkswagen Travelと提携して、上海と深圳でドライバーレスレンタル事業を試験的に行っている。

開発が進む次世代の車載スマートチップ2021年1月、Horizon社は4億ドルの資金調達を完了したことを発表し、Tesla FSDプロセッサを上回ると期待される新世代のL4/L5クラスの車載用スマートチップ「Journey 5」の開発を計画している。

自動車用ソフトウェアの国際標準化団体であるAUTOSAR中国のユーザーグループリーダーである上海恒昌科技は、自社開発した適応型AUTOSARシステムソフトウェアと車載用光ファイバTSNイーサネット技術は、自動車のスマートネットワーキングをサポートする次世代の電気・電子アーキテクチャ路線を示している。

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Hechan Technology社の創業者兼CEOであるWenping Xiao氏は、

「新世代のEEA 3.0のE/Eアーキテクチャ上で、管理可能な量産コストでスマートなネットワーク接続を実現し、国内の自動車会社がテスラやBMWなどの国際的な技術をリードする自動車大手に追いつくことを支援することが我々の使命です。」

と語る。

次世代のE/Eアーキテクチャがもたらす変化

次世代のE/Eアーキテクチャは4つの重要な変化をもたらす。1つめはカーエレクトロニクスにおけるソフトウェアとハードウェアのデカップリング、2つめは遠隔オンラインアップグレード(OTA、5G-V2X、リモートコントロールとコンピューティングなど)などのシナリオのサポート、3つめは車両全体の製造コストを削減すること、そして4つめは業界のバリューチェーンの再編成だ。

1. 【カーエレクトロニクスのソフトウェアとハードウェアのデカップリング】

自動車用電子機器のチップ企業とソフトウェア企業がともにAUTOSAR組織の標準開発アーキテクチャに沿って製品開発を行うことで、サードパーティのソフトウェアおよびハードウェア開発の相互運用性と信頼性を確保し、コードの再利用性、互換性、開発効率を向上させ、電子および電気アーキテクチャのシステム開発コストとサイクルタイムを削減することができる。

2. 【リモート・オンライン・アップグレードとその他のシナリオ OTA (Over-the-Air)】

新世代の高速集中型E/Eアーキテクチャーにより、スマート・コネクテッド・カーは、ユーザー側の無線通信を介して、自動車メーカーから遠隔でのヘルスモニタリング、技術サポート、機能の反復更新を継続的に受けることができる。 現在、テスラ、ニオ、シャオペンなど、スマートネットワークに接続されたモデルのみが世界的に販売されているが、これらはユーザー体験の大幅な向上をもたらし、自動車会社に継続的なサービス収入の可能性を提供している。

例えば、テスラモデル3の制動距離が長すぎた問題では、従来の自動車会社の場合は、ほとんどの会社が直接リコールするか、4Sショップで部品を交換することを選択せざるを得ない。しかし、テスラは、スマートフォンがシステムをアップグレードするように、OTAでシステムをアップグレードし、数日で問題を解決した。 テスラは、一般ユーザーがその後、有料のオートパイロットサービスを利用することで、オープンオートパイロット機能を遠隔操作でアップグレードすることも可能だ。

5Gの構築がより包括的になると、車は5G-V2Xを介してロードデバイスと情報を相互に接続することで、移動中のデータユニットとなり、さらにエッジコンピューティングユニット、そして最終的にはあらゆるものと接続される。 車載用TSNイーサネットプロトコルの効率的なリアルタイムセキュリティは、5G通信技術の低遅延性と相まって、遠隔運転やモバイルヘルスケアなどの遠隔操作シナリオへの応用を可能にする。 高帯域のリモート相互接続は、車両の単一コンピューティングユニットのコストを効果的に削減し、クラウドベースのコンピューティングやコネクテッドデバイスによるアシストコンピューティングなどのシナリオを可能にする。

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3.【車両全体の製造コスト削減】

自動車業界では、分散型電子制御装置(ECU)が初めて導入されて以来、車両全体の電動化のレベルが非常に大きく向上している。 当初はエンジンのみの制御であったが、その後、シャシーのサスペンション、ボディの電子制御、インフォテイメント、ネットワーク通信など、さまざまな車載機器に拡張され、現在では各車載機能が1つ以上のECUに対応している。

また、近年の安全性、快適性、エンターテイメント性への要求の高まりに伴い、ECUの数はさらに増加し、L2高級ブランド車に搭載されているECUの数は100個以上に達している。 このような電子機器の分散化により、ワイヤーハーネスの接続が複雑になり、トランスミッションの効率が悪くなるだけでなく、車両のワイヤーハーネス全体のコストが高くなっている。 例えば、ワイヤーハーネスは、従来の自動車では3番目に重くて高価な部品で、重量は50kg、全長は5kmにもなっていた。

新世代のE/Eアーキテクチャーでは、ECUの数が大幅に削減・統合されたことにより、ハーネスの重量/長さ/配線の難易度が飛躍的に低下し、ハーネスの長さもキロメーターレベルから100メーターレベルにまで短縮されている。 以前、テスラが発表した公式データでは、Model Sのワイヤーハーネスの総延長は3,000メートルだったのに対し、Model 3では1,500メートルしかなく、Model Yでは100メートルしかないと予想されている。

Hechan Technology社の試算によると、セントラル・コンピューティング・アーキテクチャの使用は、最も最適な価格を達成するための自動車の電子システムの最高レベルの統合になり得る。 例えば、L4完全自律走行車のインテリジェント電子モジュールのコストを70~80%削減することすらできる。 テスラモデル3の中央演算E/Eアーキテクチャは、ボトム価格を抑えることで、市場に打ち出すことができたのだ。

4. 【産業バリューチェーンの再構築:カーインテリジェント・コンピューティング・プラットフォームとソフトウェアがコア・サプライヤーになる】

近年、自動車の「ニューフォー」の急速な発展に伴い、自動車のE/Eアーキテクチャは、パワートレイン、ボディコントロール、運転情報、エンターテインメント情報、V2X通信、データ診断、エネルギー管理システムの統合など、ますます集中化が進んでいる。 将来的には、インテリジェントなネットワークカーは、コンピュータの形に進化し、高速車載TSNイーサネット通信を介して強力なデュアルCPUのリアルタイムホットバックアップをサポートし、オートモーティブグレードの安全で信頼性の高いオペレーティングシステムは、アプリケーションソフトウェアの上位層、安全で信頼性の高い動作と高速通信のための基礎となるハードウェアリソースである必要がある。 以上のような新世代のE/Eアーキテクチャーは、Software-Defined Carの基盤となっていると言える。

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マッキンゼーの調査によると、効率的なセントラル・コンピューティング・アーキテクチャーは、インテリジェント・ネットワーク・ビークルを支えるコア・コンポーネントとなっている。 搭載されたインテリジェント・コンピューティング・プラットフォーム、ソフトウェアおよびハードウェアの開発能力は、スマート・コネクテッド・カーの将来のバリューチェーンにおいて最も重要な能力要因となり、バリューウェイト全体の34%を占めることになるであろう。 今後、スマートドライビングのハードウェアとソフトウェアのコストは、これまでのハードウェア90%+ソフトウェア10%から、ハードウェアとソフトウェアそれぞれ50%に進化していくと見られている。

しかし、従来の自動車会社は、セントラル・コンピューティング・プラットフォームに進化する過程で、技術的にも産業生態学的にも大きな課題に直面している。 従来の自動車業界では長年の経験を持つ自動車ソフトウェア開発者が不足しており、コネクテッドネットワーク化は半導体チップに大きく依存して能力付与を実現しており、ニューフォーの背景の下の技術体系と意思決定メカニズムに適応することが難しい。 自動車会社から一次サプライヤー、二次サプライヤー、さらに三次サプライヤーへと、本来のサプライチェーンシステムが再構築されつつある。自動車会社は、技術的・商業的な障壁を打ち破り、自動車の研究開発を支配しようとする傾向が強まっており、従来のティア1サプライヤーは、川上と川下の間でよりオープンで透明性の高い仕事をする必要に迫られている。特に自動車電子チップとソフトウェア開発の面では、いずれも外部のチップメーカーとソフトウェア開発者に頼ってシステム設計と技術サポートを提供しなければならない。

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中国新興EVメーカーである理想汽車社は、2022年にスマートSUVの発売を予定している。NVIDIA Orinプラットフォームの自動運転チップを先駆的に採用し、システムインテグレーションはティア1サプライヤーのDeSalvo社が担当することになる。 このハードウェアシステム設計により、理想汽車社の車両全体で最大2,000TOPSの演算能力を持ち、L4レベルの自律走行機能を実現している。

一汽紅旗研究所は、合弁会社である福盛和賢(天津)との緊密な協力により、新世代のTSNイーサネット・マルチドメイン・コントローラを実現し、TSNタイムセンシティブ・ネットワーク・インフラストラクチャ・ソフトウェア、適応型AUTOSARミドルウェア、SOAソフトウェア・プラットフォームの自主開発に協力し、QNX/Linux/Androidマルチオペレーティング・システムの仮想化を実現し、POSIXを完全にサポートしている。 AUTOSAR-AP(アダプティブ・プラットフォーム)とCP(クラシック・プラットフォーム)の両方をサポートし、多方向カメラ/mm波レーダーなどの環境認識センサーの融合、360度パノラマのサラウンドビューHD画像、車載/車載外の顔認識とドライバーモニタリング、TSNイーサネットなしで高精度地図データの使用が可能であり、遅延無しでのアクセスなどの機能を備えている。

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現在、自動車産業は100年に一度の大変革期を迎えており、各国が自動車のインテリジェント化を積極的に推進している。インテリジェント化は今後の自動車産業のグローバル競争の核となるプロセスとなっている。 従来のE/Eアーキテクチャーが市場から撤退するのは時間の問題であり、その結果、時代についていけない多くの伝統的な自動車会社やサプライヤーが淘汰されることになる。 新しい産業チェーンのエコシステムが形成されつつあり、ソフトウェアはこの大きな変化の中で決定的な役割を果たすことになるであろう。

ソフトウェア・デファインド・カーは、自動車業界の主戦場となりつつあり、テスラの出現は、世界の自動車サプライチェーンの伝統的なパターンを打ち破った。 そして、このスマートネットワークの戦争は始まったばかりなのだ...。https://mp.weixin.qq.com/s/5TWfAGHNm0XtsZH0d5pk4w


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