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萩尾マンガに影響を与えた作品

「イグアナの娘」が「夢の中悪夢の中」の設定に酷似していることに気付いて以来、いつかこの内容で網羅性の高いものを書きたいとずっと思ってきたのですが、基本、このネタに関しては他力本願のため一向に進まないので、とりあえず暫定版として書いて、追加情報があったら適宜追加することにします

ポーの一族

・「きりとばらとほしと」(石ノ森章太郎)
やはり吸血鬼を主人公にした作品ですが、これに関しては萩尾さん本人が影響を受けたことを語ってます。私も読んでみましたが、以下の点が似ています

(1)霧の描写がよく似ている。とくに「きりとばらとほしと」の第一部「きり」冒頭の馬車のシーンと、「メリーベルと銀のばら」の冒頭の馬車のシーンはそっくり
(2)第一部「きり」の冒頭にはヘッセの詩が掲げられていて、その中に「人生とは 孤独であることだ」という一節がある。「ポーの一族」のエドガーもやたらと孤独にこだわっていて、メリーベルもアランも仲間に加えたのにいったい何がそんなに孤独なんだろう?と思っていたのだけど、どうやら「きりとばらとほしと」に影響されている?
(3)全体が三部作で出来ている
過去(1903年オーストリア)現在(1962年日本)未来(2008年アメリカ)
(4)主人公が記憶喪失になる

・「超人ロック」の同人誌
「超人ロック」については私は全く詳しくないので、完全に受け売りですが、5ちゃんねる(過去の2ちゃんねる)に以下のようなレスがありました

82 :名無しは無慈悲な夜の女王:02/09/21 23:01
>>76
萩尾望都は聖悠紀のファンだったので「ポーの一族」は、同人誌時代の「超人ロック」
が元ネタです。
 14歳ぐらいの外見のまま永遠に生きる少年が主人公。
 普通の人間じゃない(超能力者と吸血鬼)ゆえに悩む主人公。
 主人公と人間達(とうぜん主人公と違い、老いて死んで行く)の織り成すストーリー。
 ↑人間達の方が実質主役で、主人公の少年が狂言回しになるエピソード多し。

パクリさせるSF作家たち(元ねた暴露会)
https://book2.5ch.net/test/read.cgi/sf/1010402687/82

これに関しては、笹生那実さんがツイッターで

みなもと先生がトークイベントで「超人ロックが雑誌掲載される前、作画グループ以外は誰もその存在を知らなかった時代に、萩尾望都と竹宮惠子が『超人ロック』というマンガを読ませてくれと大阪にやってきた。

と語っていたので、萩尾さんが「超人ロック」に興味があったことは間違いないようです

・「別れも愉し」(ブラッドベリ)
「スは宇宙(スペース)のス」に収録されている短編です。家にあったので読んでみました。12歳の体から成長しないウィリーは実年齢43歳。「奥さん、おたくのウィリーどうかしたの?」「ねえ、ウィリーこの頃ちっとも大きくならないようだけど?」とうわさが始まると、新しい養親を探して別の町へ移動し、二、三年ごとにこれを繰り返す。ウィリーはこれを孤独な人を幸福にしてあげるという自分の仕事と考えて今まで生きてきてこれからも生きていく……という話です
「ぼくたちをつれてるおかげで父さまたちはおなじ土地に二年つづけていられない」「へんね あの男爵さまのごきょうだいはすこしも成長なさらないようね」というエドガーの台詞が似ています

・増山さんの14歳へのこだわり
影響を受けた作品と言うわけではないのですが、「ポーの一族」を描く上で重要な意識を与えています(大泉本に書かれてます)


トーマの心臓

・「悲しみの天使」(映画)、ヘッセ
萩尾さん本人が影響を受けたと語っています

花と光の中

・「みずうみ」(ブラッドベリ)
 これについては、萩尾望都とブラッドベリと「花と光の中」と「ジェニーの肖像」で書きましたので詳細はそちらを見てください。
萩尾さんに対しては、SF作家の川又千秋氏から「ブラッドベリよりブラッドベリらしい」という評価がされているそうで、5ちゃんねる大泉スレでもこれを語る人がいました(多分、長山靖生でしょう、『萩尾望都がいる』でも『SFマガジン』でも同じことを書いてましたから)
正直、この言い回しには大きな違和感を覚えます。何言ってるのかよくわからない感覚的表現というだけでなく、本人としては褒めてるつもりなんでしょうが、こんなこと言われて嬉しいクリエイターっているんですか?
結局、少女漫画を下に見てるから、こんな物言いができたんじゃないかなと思ってしまいます。偉大なSF作家ブラッドベリにそっくりどころかそれ以上だと評価されるのは当然喜ぶべきことという思い込みが根底にあるのでしょう、いや、でも、もしかして「皮肉」で言ってたのかなあ?
余談ですが、長山靖生も『守り人のすべて』(上橋菜穂子)という守り人シリーズのガイドブックで

たいていの小説は、何よりもまず他の小説に似ているし、ファンタジーは間違いなく他のファンタジーに似ている。だが、「守り人」シリーズは何よりも歴史に――歴史小説よりも「歴史」それ自体に似ている

という、この人自分が何言ってるのかわかって書いているのだろうか?という不思議な文章を書いてました。

イグアナの娘

・「夢の中悪夢の中」(三原順)
この件に関しても「イグアナの娘」と「夢の中悪夢の中」で書いたので詳細はそちらを見てください
私は三原順ファンなのでこれを知ったために、萩尾批判に火が付いたという部分が大きいです。大泉スレの萩尾擁護者からは「箇条書きマジック」だと小馬鹿にされたものです

バルバラ異界

これに関しては、「別冊NHK100分de名著 萩尾望都」で中条省平氏の書かれたものが興味深いので、内容を簡単に紹介すると

筒井康隆の「パプリカ」に設定が一部似ていて、小松左京の短編「ゴルディアスの結び目」も連想させ、荘子の「胡蝶の夢」とも似て、レムの「ソラリス」とも似て……と実に多くの作品との類似点を上げてます。もちろん批判してるわけじゃなく、一応「バルバラ異界」を褒めていて、正直、その部分は私にはよく理解できませんでしたが、「バルバラ異界」がさまざまな作品の影響を受けていることだけは伝わってきました
「ゴルディアスの結び目」については、萩尾さん自身も影響を受けたとどこかで話していたそうです

11人いる!

・「ざしき童子」(宮沢賢治)
本人が「11人いる!」(小学館文庫)のあとがきで語ってます

・「十一人」(小松左京)
これは、萩尾さん自身が「11人いる!」を描く前は知らなかったと小松左京氏との対談で否定しています(映画アニメグラフィティ 11人いる!)が、一応載せておきます

・「アンテオン遊星への道」(ジェリイ・ソール)
yahooのコメントで「11人いる!」と似ていると語っている人がいたので読んでみましたが、ある目的を持って宇宙船に一人の人物を混ぜてくるという部分が似てると言えば似ています。「イヤなイヤなイヤな奴」(藤子・F・不二雄)はこれとそっくりみたいです

・ル=グィン
萩尾さんがどこかで語ってます。フロルの星のシステムの話なのでしょうが、表面だけを参考にしたのだなという印象です

あそび玉

・「スラン」(ヴォークト)
これは佐藤史生さんが萩尾さんにほのめかし?たようですが、萩尾さんは「スラン」ではなくて「ソンブレロ」という作品がヒントになったことを大泉本で語ってます。「スラン」はエスパー迫害ものの元祖と言える作品のようで、竹宮さんの「地球へ…」は主人公がジョミーという名で、「スラン」へのオマージュをはっきりさせてます。ちなみに、「スラン」は「あそび玉」より32年も前に書かれています

ネタバレになりますが、「あそび玉」は主人公がエスパーなので、処刑から逃げる描写をさんざん描いたあげく、ラストで実は地球へ送られるシステムになっていたという話です。じゃあ、処刑!と騒ぎ立てていたのは一体なんだったのか、単にストーリーを盛り上げるためだけ?と、萩尾作品にありがちな粗い展開で、これが漫画ではなく短編小説だったら見向きもされなかったんじゃないでしょうか
あそび玉という遊び自体も、少し重心をずらしたガラス玉をうまくはじくと、9つ全部のあそび玉が動き出す……のだそうですが、運動エネルギーは9つに分散するだろうから、初手でどんな凄いスピードを出すのだろう?、間隔のあいた9つの玉全部が動くなんていったいどんな天文学的確率なんだろう?など、これはエスパー以外の普通人にとっては到底「遊び」になんてならないのでは?と物理の得意な知人は語ってました。
当時SF関係者に絶賛されていたそうですが、こうした点にツッコミ入れる人っていなかったのかな

残酷な神が支配する

・「こうもりが飛ぶ前に」(映画)
1988年にハンガリーで制作された映画です。私はこれを見たわけではないのですが、2001年頃、「残酷な神が支配する」はこの映画のパクりだ!と主張するアンチ萩尾スレが立っていたようです。日本公開は1991年、「残酷な神が支配する」連載開始が1992年なので、時期的には影響を受けてもおかしくないです。allcinemaのサイトではこう説明されています

 息子と二人暮らしをしている女性テレーズは、ある日、ラズロという警官と出会う。二人はたちまち接近し、やがてテレーズはラズロを家に招待する。だがラズロが真に望んでいたのは、彼女の息子との肉体関係だった……。

その後、テレーズは絶望して死んで、息子は敵を討とうと、ラズロを殺そうとする……らしいです

・「Sons」
これも、残酷な神が支配するで書きました。「Sons」の主要登場人物であるDD、ジュニア、ウィリアムはそれぞれが意図せずに他者を死に追いやってしまい、その傷を抱えていますが、「残酷な神が支配する」のジェルミは、殺人を意図し、実行してるので、「Sons」とは前提が異なります……
さすがに、三原順さんは「意図して殺人を実行した者の救い」など描かなかったのですが、萩尾さんは無謀にもそれに挑戦したわけです。まあ、ジェルミが本当にグレッグを殺したかどうかは、車自体にそもそも問題があったために謎のままなのですが、三原順さんが仮にこれを描いたとしたらその場合は自死まっしぐらでしょう

くろいひつじ

これも以前少し触れましたが、「夢の中悪夢の中」(三原順)の設定の一部に酷似しています。「夢の中悪夢の中」の主人公は、一人静かに本を読むのが好きなタイプ、夕食後に家族全員で賑やかに楽器を演奏するなどの毎日の習慣に、内心うんざりしつつも、逆らっても無駄なので本心を隠して従ってます。それでも彼女はキレてモノを壊すようなことはしませんが……

ヴィオリータ

・「ジェニーの肖像」(ロバート・ネイサン)
この件については、恩田陸氏のお墨付きと言えるでしょう。余談ですが、恩田陸氏は自分の著書がいかに萩尾さんの影響を受けているかを、作品ごとに挙げていて、ちょっと感動しました。

その他

・A-A'などの一角獣シリーズはジョン・ヴァーリィの影響が濃いというレスを見かけましたが、確認してません

マージナル

・「蟻に習いて」(ハヤカワ文庫「ありえざる伝説」収録、ジョン・ウィンダム)
男がいなくなった超未来の話だそうです。「萩尾望都 紡ぎつづけるマンガの世界」(ビジネス社)で萩尾さんが語ってました
そういえば、「マージナル」の長官(メイヤード)は「火の鳥」(手塚治虫)のロックがモデルだとか5ちゃんねるですが語られてました
(2023年4月11日追記)

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