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新日本プロレス

新日本プロレスは日本のプロレス団体で一番人気がある。それは経営陣とレスラーが方向が一緒に向いているからだろう。猪木が社長の時代は、格闘技とプロレスラーを試合をさせて一番強いのはプロレスラーだと証明したかったのだろう。永田選手がK1の選手と試合をして負けた。それからK1の選手と試合をすればプロレスラーは負けが続いた。猪木の試案が失敗をした。でも
猪木は相変わらず異種格闘技を続けていた。猪木はもう引退しているから新日本プロレスのプロレスラーを試合をさせるから所属の選手が嫌になって、辞めていくはめになった。武藤敬司は新日本プロレスのスタッフと選手を連れて全日本プロレスに行った。
橋本真也も新日本プロレスの選手を連れて新しいプロレス団体「ZEROONE」を作った。

それから新日本プロレスの低迷期が始まった。後楽園ホールも観客が半分以下の入りだった。朝日放送のワールドプロレスリングも深夜に放送で30分しかなかった。新日本プロレスがアントニオ猪木から離れて、やっと自由に出来るようになった。それで新しい事が出来るようになったから棚橋選手のような観客を大切する選手が増えたり、ネット配信をして世界をターゲットにして、だんだん持ち直してきた。試合が終わった後にマイクアピールをしたり、内藤選手のような試合外で話題になったり、いろんな場所でアピールする選手がいるので誰の目にも触れるようになった。イケメンで筋肉美ある選手が人気が出てきた。今はその選手が多くなってきた。新日本プロレスはゲーム会社が経営にいる。資金があるから会場が借りることが出来る。
新日本プロレスは毎年恒例の東京ドーム大会を開いている。低迷期の時代でもやっていた。我慢して努力すればまた持ち直すんだ。

今の新日本プロレスは外国に向いているようで日本の試合を手抜きをしている感じがする。昔の新日本プロレスは1年間に半分以上の日をあっちこっちで試合をしていた。だから全国隅々までアントニオ猪木の名前が通じていた。長州力や藤波辰爾の試合が見たいからテレビのプロレスの番組が楽しみだった。学校の友達とアントニオ猪木とジャイアント馬場が試合をすればどっちが強いかな?と話していた。それが楽しいかった。
今はそんなことがない。どうしてだろう?

                              大橋邦男

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