危険で意外な3人の鼎談『脳・戦争・ナショナリズム』

中野剛志、中野信子・適菜収『脳・戦争・ナショナリズム』、文藝春秋、2016年。

1.鼎談の妙

この本はたまたまAmazonを探索中に見つけました。この3人が鼎談(3人で話すこと)だと!と即買いすることになりました。私は3人とも何冊か本を読んだりメディアに出ているのを見たりして知っていたので、まず組み合わせに驚いたのです。

中野剛志さんは東大出で現役経産官僚、マクロ経済から儒学などの古典も語れるエリート系保守論客。適菜収さんは「B層シリーズ」など、鋭い眼で人をバカにする作風のアウトロー系哲学者。こちらも筋金入りの保守。
ここに例えば藤井聡さんなど、保守論客(正確には反改革系の保守)が出るなら普通ですが、まさかもう一人の中野さん、脳科学者の中野信子さんがくるとは。

信子さん(この本の中で名前は剛志、信子、適菜と書かれています)は売れっ子作家で『サイコパス』など数えきれないくらい本を出していますが、政治的なテーマをしっかり語っているところを見たことがありませんでした。メディアでもあまり踏み込んだことは言わない印象です。そんな信子さんがバリバリの保守2人とどんな話をするのかが予想できませんでした。

2.内容

目次では、
序章「近代的人間観を捨てよ!」
1章「ナショナリズム」
2章「国家と体制」
3章「ポピュリズム」
4章「暴力」
終章「近代を超えられるか」
となっています。
ですが鼎談の文字起こしなので、それほどはっきりと分かれているわけではなく、質もほぼ均一なのでどこから読んでもいいでしょう。

どの議論も面白いのですが、この本は誰と誰が話している部分かによって面白さの質が変わります。私が好きなのは信子さんがメインで話している部分です。

例えば23ページからはこんな様子です。
ドーパミンの量には民族によって差があります。日本人はヨーロッパ人に比べてドーパミンの濃度が低くなりやすいのです。
信子さんはある実験を紹介します。まず被験者に、「あ」と書かれたカードが出たら正解の可能性が高い、と伝えます。しかしそれは嘘で、その後の反応に現れる差が興味深い。
日本人はヨーロッパ人に比べて、嘘だとわかっても「あ」のカードが出たら正しいと答え続けたのです。ドーパミンの濃度が高ければ自分でルールを見つけ出す傾向が強くなり、低いと弱くなるそうです。

すると剛志さんが「ということは、脳科学的にみて、日本人は外交に向いていないのかもしれない。国際ルール作りを主導するのは、日本人には無理だって実験結果が示しているわけだから」と答え、「ならば日本人は外交交渉に臨む前にドーパミンをぶちっと打てばいいのかも」と言います。すると信子さんが「ドーパミンを打っても効果はありません。向精神薬L-DOPAを打つか、あるいは覚せい剤を打つか…」と答え、剛志さんは「それは御免こうむりたいですね」と言って終わりました。剛志さんのこんなお茶目な一面を見られるのは、文章ではとても稀です。

また信子さんは適菜さんとも相乗効果を起こします。適菜さんは「政治家は顔で選べ」と言ったりと、本能、感覚面を強調することが多いです。この鼎談でも度々見た目と人格について論じたりしています。(例えば左翼は丸眼鏡をかける、など)

147ページでは信子さんが、倫理的な「美しさ」と視覚的な「美しさ」を判断する脳の領域は同じだという話をします。
その後ややあって153ページで適菜さんが「B女」という話をします。これについては「B層シリーズ」の説明をしなければならないので省きますが、この際はカラコンで黒目を大きくしたりなど、「オタクが好きなキャラ」のような女性を指します。それは「特定の要素だけを取り出して誇張するうちに、それを基準にして現実世界の生身の女性を表するようにな」った結果生まれたものだと言います。
そこから更に進んで、理念先行の左翼を批判し、オタクと左翼は身だしなみなど現世的なことに拘らなくなる、オタクは汚いリュックを背負い、左翼の大学教授はジーンズを履く、と貶します。

いつもはどうしても言葉の強さで押し切っている感があり、また言ってるなという感じだったのですが、意外にも脳科学の視点が入ると真実味を帯びてきます。

脳科学という別ジャンルの知識が、全くの保守論客二人を更に際立たせているように思います。

まとめ

この鼎談は男性二人がキャラ被りを起こしているのが少しもったいない感がありますが、それぞれの新しい一面を見られて面白かったです。個人的には中野信子さんが話しているところをもう少し見たかったというのもあります。例えば前回紹介した橘玲さんが入っていたら、もう一段階脳科学分野が深まったかなあ、などと考えるのも楽しいものです。
それぞれの著作もこれから紹介してゆきますので、よろしくお願いします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?