バッタまみれ昆虫学者の愉快な日常『孤独なバッタが群れる時』

前野ウルド浩太郎『孤独なバッタが群れるとき』、光文社、2022年

バッタ研究って何するの?

この本は、これでもかとバッタが出てきます。虫が苦手な方は閲覧注意です。

バッタの研究は過酷です。バッタを調べるにはまず生きたバッタを大量に飼わなければなりません。また著者の研究の主軸となる相転移について調べるために、さまざまな条件付けをしながら飼育・研究しているのです。 
相転移について軽く説明すると、バッタには孤独相と群生相という二つの状態があります。同じ個体がどちらにもなります。孤独相は緑色で大人しく、群生相は黒色で凶暴です。群生相は「蝗害」と呼ばれるバッタによる農業被害を引き起こします。

この相転移がどのような条件で起きるのかというのが著者の研究テーマのようです。真面目な研究なのですが、著者の語り口のせいか、いい意味で滑稽に思えます。例えば、バッタの混み合い度と相転移について調べるためにバッタをバッタで擦る実験(228頁)や、卵に付いている親の体液が子に影響するかを調べるため、ひたすら卵をあらう実験(115頁)など、シュールな実験がたくさん載っています。

「えげつない手法」と題された項では、卵の大きさと生まれる子の相に関係があると踏んだ著者が、とんでもない実験をします。なんと卵に穴をあけて中身を出し、強制的に小さくするというのです。

そもそもバッタの卵は柔らかい殻に包まれたデリケートな塊で、優しく扱わなければならないものだと決まっていた。その卵に穴をあけて中身を吸引するわけだが、卵だって生きている。卵に宿った小さな命が必死に生き抜こうとするはずだから、少しくらい穴があいても孵化するだろう。大発生するくらいだから大丈夫だべ、と根拠のない期待を抱き、挑戦してみることにした。男は度胸。なんでもやってみよう!(154-155頁)


ワイルドな実験ですが、結果は大成功。大きな群生相の卵から、小さな孤独相の幼虫を生まれさせることに成功したのです。

厳しい研究者の現実

この本を読んでいると、前野さんは優秀な学者なんだなぁという印象になってくるのですが、そんな前野さんでも、昆虫学者になるというのは至難の業、狭き門なのです。
「アゲハの誘惑」という項(253頁)では、博士号をとって給料がもらえるようになり、夜遊びをする様になってしまった著者の姿が書かれています。師匠である田中誠二博士には、「女性は研究の敵だよ」と言われていたそうなのですが、お金が入って遊びたくなってしまったのです。とはいえ一般人なら普通かなという程度、研究も実績も人並みには挙げていたそうです。
そこで博士に言われたのが「前野君、そんなペースで研究してたら研究者になれないよ。他の人と同じようにやってたら同じような結果しか出せないよ」という言葉。「研究者になれないという一言に青ざめた」といいます。
1つポストの空きが生まれれば100人も応募してくるような世界。「オンリーワンかつナンバーワンでなければそのポストを得ることはできない(256頁)」のだと言います。

この項では色々と考えさせられました。
まず、研究に対して投資が充分でないのではないかということ。時間的にはこの後の話となる、著者の『バッタを倒しにアフリカへ』でも資金難に苦しむ姿が描かれます。
そして自分を振り返ると、他の人と同じようなことしかやれてないよな、と反省もさせられました。好きなことを仕事にするというのは、そういうことなのだと思いました。

まとめとその次へ

この本はユーモアあふれる文体にニヤニヤしながら、生物学者の研究の日々を知ることができます。研究の詳しいデータや結果も載っていますが、読み飛ばして構わないと著者も言っていますし、私もそう思います。流し読みをするだけでも、著者の頭の助手席に座ったような感じで、気楽に思考のドライブができます。
今回は日本での研究しか紹介していませんが、本書の最後、9章ではアフリカに旅立ちます。アフリカでの詳細は先ほども紹介した『バッタを倒しにアフリカへ』で描かれていますので、いずれ紹介したいと思います。

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