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PTG~ストレス後成長

1月16日のあさイチが興味深かった。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)はここ数十年でとても有名になった。
事件や事故・天災や傷病などの理不尽な出来事に遭遇することで、人は身体だけでなく心も大きく傷つく。身体の傷が癒やすだけでなく心の傷をいやす必要もある。
PTGとは、そういった理不尽な出来事をきっかけとして、それ以前よりも心が成長することをいう。

 私が初めてPTGを知ったのは、四半世紀ほど前にさかのぼる。(もちろんその当時にPTGという言葉は知らない)

 まだ神経内科の専門病院で仕事をしていた頃。ハリウッド俳優のマイケル・J・フォックスが自身のパーキンソン病を明かし、「ラッキーマン」という自叙伝を発表した。
 パーキンソン病は日本でも特定疾患の一つで、神経難病と呼ばれる疾患のひとつ。今もこの病気を根本的に治すことはできない。症状は徐々に進行する。私はこの病気の患者をたくさん看てきて「神経難病にはなりたくない」と思っていたのだが、そのパーキンソン病を患った自分を「ラッキーマン」と言えることが信じられなかった。でも、「もしこの病気にならなかったら大切なことに気づくことができなかった」という。

 正直いって、それは「自身を慰める言葉」なのではないかと思った。あるいは負け惜しみなのかもしれない。

 しかし、私はその後も「がんになったことは自分自身へのプレゼントだと実感した」人の話や、「障害をもったことで自分自身の役割に気づいた」といった話などを目にする。これはきっと偶然ではないと感じ始めるのだ。

 そして何よりも。自分自身にもそれと同じようなことがあると思い至る。私は自分の子に先天性の疾患があって、最初は何で?と思った。とても悲しんだし、どうして我が子に?と怒り、抑うつ的にもなり、そんな思いを行ったり来たりしながら少しずつ現状を受け止められるようになった。そして、仲間のために活動をするためにNPO法人の代表になった。

 もしわが子が生まれたときに何の問題もなかったら、私は今頃きっと単なるのほほんとした主婦だったろう。間違っても大学院では学ばなかったろう。NPOにはなんの関心も示さなかっただろう。心が成長したといえるかどうかはわからないけれど、今は「自分の道」をみつけたと思う。

 ストレスにどう向き合うかは それがどんな種類の障害か どれほどの大きさか どれほどの期間か などなど様々だし、ひとりひとりその耐性も違うので 千差万別だと思う。「理不尽な出来事も成長の糧にできるさ」なんて、悲しみの中にいる人に対しては絶対に言えるものではない。それでもね。苦しみや悲しみの中から小さな光が見えることって、きっとみんなにあるんだなぁと思うわけです。

 冒頭の番組の中では、理不尽な状況(トラウマ)を癒すためには 自分の胸にしまい込んだりせずに、誰かに話す。それが難しい場合は、その思いを「書く」(日記形式でもいいし、自分自身に手紙を書くつもりで なにかに書きなぐるだけでもいい)と紹介していた。誰かに話すことも書くことも、問題を「客観視」しやすくするためのテクニック なのだとか。


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