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緋色病 第四章

人は疫病に倒れ、世界は炎に包まれた。
地獄はいつも他者だった。

 中学生の子どもを持つ母親が、いくらフィクションとはいえこんな恐ろしい文章を読み書きしていいものか。許しておくれ、お母さんはどうしてもこれを訳したいんだよ。

 ロンドンが描く二十一世紀初頭のアメリカは、特権を持った支配者階級がブルーカラーの弱者を搾取する構図になっています。ロンドンは貧しい労働者の家に生まれ育ち、独学で苦労して作家としての成功をおさめた人です。この作品が書かれた当時存在したさまざまな社会の不平等を、痛烈に皮肉っているのではないでしょうか。

(写真:2020年9月、山火事で煙るベイエリアの太陽)

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 わしは足早に立ち去り、十字路を過ぎた最初の角でもう一つの悲劇を見た。労働者階級の男たちが、子どもを二人連れた男女を襲っていた。紹介されたことはなかったものの、わしは男のことを知っていた。詩人で、わしは彼の作品を長いこと愛読していたんじゃ。現場に行き合わせると同時に男どもが発砲したから、今度も手は出さなかった。詩人は道路に倒れた。女が叫ぶと、強盗の一人が彼女に殴りかかった。わしが止めろと叫ぶと、今度はピストルをこっちに向けて撃ってきた。わしは角を曲がって逃げたが、火事にゆく手を阻まれた。両側のビルが燃えていて、道には煙と炎が充満していた。煙幕の向こうから、女の助けを求める絹を裂くような叫びが響いた。しかし、わしは応えなかった。あいつぐ惨状に心が鉄のように硬くなり、いちいち困っている人に手を差し伸べることはできなくなっていたのだ。

 引き返してみると、二人の強盗はもういなかった。詩人夫妻は路上で死んでいた。衝撃的な光景だった。子どもたちは二人とも見当たらなかったが、どこに逃げたかはわからん。そこでわしは、なぜ避難する人たちが青い顔でこそこそと歩いていたのかに気がついた。輝かしい文明の底に沈むスラムや労働者の集落で、野蛮人や未開の人種が育っていたのだ。厄災が起きた今、彼らは野獣のように襲いかかってきてわしらを滅ぼそうとしていたーーそれと同時に、自滅の道もまっしぐらに進みながら。物狂いの混乱の中で彼らは強い酒に溺れ、乱闘や殺し合いなどあまたの悪業を重ねていたからな。

 わしは大学に向かうとちゅう、浮浪者の中ではややましな連中が群れをなして移動しているところに出くわした。女子供を連れ、病人や老人は担架に乗せたり背負ったりしている。彼らは何頭もの馬に山ほど食料を積んだ車をひかせ、町からの脱出を試みていた。ただよう煙の中、道をゆく彼らの長い列は壮観だった。行く手にわしがいるのに気がつくと銃を撃ってきたが、危ういところで弾はそれた。わしの横を通り過ぎるとき、リーダーの一人がすまなそうに大声で弁解してきた。彼によると、強盗や略奪を働く者は見つけ次第殺しているという。そうして団結することが、町のあちこちにひそむ敵から 唯一身を守る方法とのことだった。

 わしが、そのあと何度も見かけることになる光景を初めて目にしたのはこの時だった。行進する男の一人に、みまごうことなき緋色病の症状が現れたのだ。まわりの仲間はそれに気づくとただちに男から遠ざかり、男は観念して列を離れた。妻と思われる女が一緒に残ろうとした。女は小さい男の子の手を引いていた。しかし男はきっぱりと妻に歩き続けるよう告げ、ほかの者も夫のもとに行こうとする女を引き留めた。緋色になった男は、道の反対側の家まで歩いて行くとドアを開けて中に入った。ピストルの音がして、男は人形のようにくずおれた。

 それからさらに二回ほど広がる火の手に行く手をはばまれたが、なんとか大学にたどりつくことができた。キャンパスの入り口でわしは、理学部に向かう大学関係者の団体に合流した。彼らはみな妻帯者で、家族や子守り、使用人などを連れていた。バドミントン教授が挨拶してきたが、最初わしはだれかわからなかった。そこに来るまでに火事にあったらしく、ヒゲがすっかり燃えていたからだ。頭に巻いた包帯は血がにじみ、服はボロボロだった。前の晩自宅が略奪にあって抵抗したところ、弟が殺されたとのことだった。

 キャンパスの真ん中まで来たところで、彼はだしぬけにスウィントン夫人の顔を指さした。また緋色だった。グループのほかの夫人は悲鳴を上げて散らばって行った。二人の子どもは子守りと一緒だったが、これもまた女たちとともに逃げた。しかし、夫のスウィントン博士は夫人のそばを離れなかった。
「スミス、いいからもう行け。どうか子どもたちを頼む。私は妻と残る。助からないとわかっているが、これを置き去りにするわけにはいかないんだ。もし私にまだ命があったら必ず理学部に行くから、その時は中に入れてくれ」

 夫人に顔を寄せながら優しく慰めの言葉をかける博士をあとにして、私は走って仲間に追いついた。私たちが理学部に入れた最後のグループだった。ドアを締め切ったあとは自動式ライフルで武装し、ほかのだれも入れないように警戒した。計画では避難所には60人を収容する予定だった。しかし、最初予定されていたメンバーのほかに家族や親戚、友人も連れてきてよいことになったから、最後には四百人ににふくれ上がった。理学部の建物は大きかったし、孤立していたため、町のいたるところで広がっている火事が燃え移る心配はなかった。大量の食料の備蓄が持ち込まれ、食料班が管理にあたった。人びとは家族やグループに分かれ、配給食を囲んだ。ほかにも班がいくつも作られ、避難所はとても効率よく運営された。初日に浮浪者が近づいて来ることはなかったが、わしは自警班に入った。

 浮浪者が数人、遠くにうろついているのが見えた。焚火の煙から察するに、彼らはいくつかの野営地を作ってキャンパスの反対側を占拠しているらしかった。酒びたりになっているらしく、下品な歌を歌ったり、気がふれたように叫んだりしていた。まわりの世界が焼け落ち、その煙が空気を満たしている中、野営地の下等な住人は野獣のような本性を現し、酒をくらい、狂乱のはてに死んでいった。しかし、それがなんだというんだ? しまいにはみんな死んでいくのだ。善良なものも悪人も、強者も弱者も。生を享受するものも、世を倦むものも。最後にはみんないなくなった。最後にはすべてがなくなったんじゃ。

 24時間が過ぎてだれにも疫病の兆候が見られないことがわかると、わしらは自らの幸運を祝して井戸を掘りはじめた。おまえたちも、当時大きな町で住民に水を届けていた太い鉄のパイプを見たことがあるだろう。わしらは、そうしたパイプが火事で壊れて水が大量に漏れ、貯水池が涸れるのを恐れた。そこで、中庭のセメントを壊して、井戸を掘ることにしたというわけだ。若い学生がたくさんおったから、教職員と共に昼夜かまわず地面を掘り続けた。わしらの恐れは的中した。水脈を掘り当てる三時間前に、水道の水は止まってしまったからな。

 次の24時間が過ぎても、緋色病の症状は現れなかった。わしらはこれで助かったと信じた。しかし、あとでわかったことだが、緋色菌の潜伏期間は数日あるのだった。症状が出たあとの死があまりにも早かったために、潜伏期間も同じように短いとみなが思いこんでいた。そこでまる二日がたった時点で、わしらはこれでみな感染を免れたと喜んだのじゃ。

 しかし、悲劇は三日目に訪れた。その前の晩のことはいまだに忘れられんよ。わしは八時から一二時まで夜警の当番についた。わしは建物の屋根から、人類の築いた偉大な文明が灰塵に帰すのをながめていた。四方で燃えさかる火事は夜空を明るく照らし、赤い光の中でごく小さな活字も読めるようだった。世界の全てが燃えさかっている。サンフランシスコのあちこちで大火事の炎と煙が立ち上り、まるでいくつもの活火山が同時に噴火しているようだった。オークランドとサンリアンドロ、ヘイワードも火の海だった。さらにその北、 ポイント・リッチモンドの方まで火は広がっていた。それは荘厳な光景だった。子どもたちよ、われらの高度な文明が、今まさに死の熱風と劫火に包まれて滅びようとしていたのだ。

 その晩十時ごろ、ポイント・ピノルの巨大な弾薬庫が立て続けに爆発した。あまりにもその振動がひどかったので、避難所の堅牢な建物も地震にあったように大きく揺れ、窓ガラスが一枚残らず割れた。わしは持ち場を離れて下に降り、長い廊下に並ぶ部屋を一つ一つまわって、おびえる女性たちに何が起きたかを説明して、落ち着かせようとした。

 一時間ほどたったころ、今度は一階の窓を通して、浮浪者のキャンプの騒乱が聞こえてきた。ピストルのバンバンいう音にまじって、叫び声や怒号が届いた。騒ぎの発端は、無事なものが感染者を追い出そうとしたことらしかった。キャンプを追われた病人の群れがキャンパスを横切り、避難所のドアまでふらふらとやって来た。引き返すように警告したところ、緋色の顔をした浮浪者どもは悪態をついてピストルで一斉射撃を始めおった。窓際にいたメリウェザー教授が、眉間に弾を受けて即死した。わしらが反撃すると、彼らは三人を残して逃げ去った。一人は女だった。三人とも発症したことで自暴自棄になっていた。 空の赤い照り返しを受けながら緋色に燃え上がる悪鬼のような形相で、彼らは口汚く罵りながら乱射を続けた。男の一人はわしがこの手で撃ち殺した。残った男女はまだ罵詈雑言を吐いていたが、やがて窓の下で動かなくなった。そこで彼らが息絶えるのが、嫌でも目に入った。

 危機だった。弾薬庫の爆発で理学部の窓はすべて割れていたから、外の死体から漂ってくる細菌を防ぐ術がなかったのじゃ。衛生班が呼ばれ、彼らは立派に対応した。男二人が外に出て、遺骸を遠くに運ぶ必要があった。死体に触れたものが建物に再び入ることは許されなかったから、その役目の者は自らの命を犠牲にすることになる。独身の教授と学生が一人づつ志願した。彼らはみなに別れを告げると外に出て行った。彼らもまたヒーローだった。四百人の仲間に生存のチャンスを与えるため、自分の命を犠牲にしてくれたんじゃ。二人は作業をすませると、離れたところにしばし立ちつくし、わしらの方を物憂げに見た。やがてさようならの代わりに手を振ると、まだ燃え続ける町の方へ ゆっくりと去っていった。

 しかし、彼らのせっかくの犠牲も無意味だった。あくる朝、残ったものの中で最初の感染者が出たからじゃ。スタウト教授のところで子守りをしている少女だった。同情や感傷にひたる余地はなかった。その子が唯一の感染者である場合を考えて、わしらは子守りを建物から追い出し、姿を消すよう命じた。

 少女は両手をもみしだき、泣きじゃくりながら、キャンパスの向こうにとぼとぼと歩いて行った。ひどく無情な仕打ちだが、ほかにどうしようもなかった。避難所にいる四百人もの命を守るため、感染者は切り捨てていくしかなかったんじゃ。ところがその午後、三家族が寝泊まりしていた実験室の一つで、四体もの亡骸と、さまざまなステージの感染者が七人いるのが見つかった。

 それが地獄絵図の始まりだった。遺体はとりあえずそのままにしておき、病人は別の部屋に隔離させた。ほかにも発症するものがあいつぎ、感染がわかったものは片っぱしに隔離室へ送られた。接触を避けるため、患者は付き添いなしで隔離室まで歩かされた。心無い扱いだったが仕方がない。しかし感染は広がり続け、死者と瀕死の病人で部屋は次々に埋まっていった。死者の海は部屋という部屋に押し寄せ、建物は下の階から徐々に緋色病に占領されていった。無症状のものは上の階へと避難していった。建物全体が死体安置所と化すと、生存者は夜中に避難所をあとにした。 持ち物は武器と弾薬、それにありったけの缶詰だけだった。キャンパスの浮浪者がいるのとは反対側で野営すると、何人かを警備に残してほかのものは町へ出かけ、馬や自動車、カートやワゴンなど、備蓄品を積めそうなものを探した。数日前に見かけた郊外に脱出する労働者たちのグループのように、わしらもバークレーを抜け出すつもりだった。

 わしはほかの者と町に出かけた。ホイル博士が自宅のガレージに車を置いたままなので、それを取りに行くよう頼まれていたのだ。行動は二人一組で、わしはドムビーという若い学生と一緒だった。市街地を七百メートルほど抜けて、やっとホイル博士の家にたどりついた。そのあたりは木立や芝生の庭に囲まれた住宅地で、家々は離れて建っていた。ここでも火事は盛んに燃え広がり、一区画全焼というところもあれば、そっくり無事な区画もあった。一つの区画で一軒の家だけがぽつんと焼け残っているところもあった。ここでもならずどもが悪事を働いていた。わしとドムビーはピストルをはっきりと見えるようにふりかざし、侵入者に襲われないよう周囲に注意を払っていた。しかし、ホイル博士の家で事件が起きてしまった。

 家は焼け残っていたものの、近づくと中は燃えて煙でいっぱいだった。家に火をつけた悪党が階段をよろよろと下り、車寄せに出てきた。外套のポケットにはウィスキーのビンが何本か突き出している。とっさに撃とうと思ったが、わしはそうしなかったことを今でも後悔しておるよ。目は血走り、ヒゲの生えたほほにはナイフの切り傷がぱっくり口を開けて血を流している。おぼつかない足どりでこちらにやって来るさまは、吐き気をもよおすほどのおぞましさだった。あれほど醜い人間の姿を、わしは今まで見たことがない。わしは結局発砲せず、男は芝生の木にもたれてわしらを通した。次にあの不条理が起きた。わしらがすれ違うとき、男が突然ピストルを抜いてドムビーの頭を撃ったんじゃ。次の瞬間わしも引き金を引いたが、もう手遅れだった。ドムビーはうめき声一つ上げることなく死んだ。なにが自分に起きたか、きっとわからなかっただろう。

 二つの死骸をあとにして炎上する家を通り過ぎ、わしはガレージに向かった。果たしてホイル博士の車はそこにあった。満タンで、すぐにエンジンがかかった。わしはそれに乗ってがれきの山と化した町を抜け、キャンパスの生き残った仲間のもとに帰った。ほかの連中も町から戻っていたが、ほとんど収穫はなかった。フェアミード博士はシェトランド・ポニーを見つけたものの、水も餌もないまま何日も厩舎につながれていたので弱り切っており、とても荷を運べるような状態ではなかった。何人かはポニーを放したほうがいいと言ったが、わしはそれも連れて行って、いざというときの食料にするべきだと主張した。

 生存者は47人で、その多くが女子供だった。学部長はもともとかなりの年だったうえ、数日の凄まじい経験からすっかり衰弱していた。彼と幼い子供たち、それにフェアミード教授の母堂が自動車に乗りこんだ。ワソープという若い英文学教授が足を撃たれて重傷を負っていたが、彼が運転を引き受けた。ほかの者は歩き、フェアミード教授がポニーを引いた。

 晴れ上がった夏の日だったが、そこら中で燃える火事の黒煙が空を覆い、不吉な血の色の太陽が、どんよりと丸く浮いていた。暗赤色の太陽はもうなじみの光景だったが、煙は慣れるわけにいかない。煙は鼻孔と目を容赦なく刺し、みなが血走った目をしていた。平地の市街を抜けて郊外の住宅地を南東に延々と進み、なだらかな丘を越えて行った。それが周辺の山間部に出る唯一の道だった。

 行列は遅々として進まなかった。婦人と子どもたちが早く歩けなかったからだ。子どもたちよ、当時の人は今と違ってあまり歩かなかった。それどころか、長い距離を歩くことはできなかったと言ってもよかろう。ばらばらになると襲われやすくなるので、一番遅い者の歩みに全体が合わせるしかなかった。緋色病にだいぶやられたらしく、ほかの者を食い物にするけだもののような連中は、もうそれほど残っていなかった。それでもまだいくらかはいたから、油断は禁物だった。郊外のしゃれた邸宅はさほど火事の被害を受けていなかったが、焼け落ちた建物からはいたるところで煙がくすぶっていた。浮浪者どもは放火するだけして気がすんだらしく、新しい火事はもうほとんどなかった。

 わしはほかの数人と個人宅のガレージに入って車やガソリンがないか探したが、なにも見つからなかった。都市部から人びとが最初に逃げ出したときに、めぼしいものはすべて持ち出されたのだろう。カルガンという好青年が、この探索の最中に亡くなってしまったよ。庭の芝生を歩いている時、ならず者に撃たれたのだ。この時の被害者は彼だけだった。その後一度、酔った暴漢がわしらめがけて乱射してきたこともあったな。幸いでたらめな撃ち方だったので、けが人が出る前にこちらが相手の息の根を止めることができたが。

 瀟洒な住宅地が続くフルートベールまで来たとき、ふたたび疫病が牙をむいた。やられたのはフェアミード教授だった。教授は母堂に知らせないようにと手ぶりで示し、列を離れてあるしゃれた屋敷の敷地に入っていった。そうしてベランダの階段にぽつねんと座った。わしは名残惜しさにしばらく佇んだあと、手を振って最後の別れを告げた。その夜、まだ市街地が広がるフルートベールの数マイル先で、わしらは野営した。その夜次々と死者が出て、遺体から離れるために二度も移動しなければならなかった。夜が明けたとき、残っているのは30人だった。あの時失ったもののうち、学部長のことは決して忘れんよ。朝歩いているとき、夫人に明らかな症状が出たんじゃ。夫人がほかの者が歩き続けられるよう脇にのくと、学部長は乗っていた車を降りて、夫人と残ると言ってきかなかった。みんなで説得にあたったが、最後にはあきらめた。残ろうが進もうが、もうあまり違いはなかった。いずれみなが同じ運命をたどるのかもしれなかったからな。

 歩き始めて二日目の夜、わしらは山間部の入り口にあたるヘイワードで野営した。翌朝まだ息があったのは11人だった。足にケガをしていたワソープ教授が、夜の間に車で逃げていた。妹と母親を連れ、缶詰のほとんどを盗んでいきおった。

 その日の午後、道端で休憩しているときに、わしが最後に見た飛行船が飛んでいた。ここまでくると煙はだいぶ薄くなっていて、上空六百メートルほどのところを危なっかしく漂うそれがはっきりと見えた。なにがあったのかは分からんが、わしらが見ているうちにそれはみるみる高度を下げて行った。やがて燃料庫が爆発したのだろう、ほぼ垂直に墜落して行った。それから今日にいたるまで、わしは一度も飛行船を見たことがない。最初の数年は、世界のどこかで文明が残っていますようにと淡い望みを胸に空を見上げ、飛行船の姿を探したもんじゃ。結局、そんなものは二度と見つからなかったがな。カリフォルニアでわしらに起きたことは、きっと世界中で起きたに違いない。

 次の日、仲間が三人に減ったところでナイルズにたどり着いた。ナイルズの先の大通りの真ん中で、ワソープにでくわした。車は壊れ、道に広げたぼろきれの上で、妹と母親、それにワソープ本人が死んでいたんじゃ。
 慣れない徒歩での長旅に疲れ、その夜わしはぐっすり眠った。朝になると、わしは一人ぼっちになっていた。最後の道連れだったキャンフィールドとパーソンズがついに亡くなったのだ。理学部に避難したのが四百人、町を脱出したのが47人。それなのに、残ったのはわし一人。いや、わしとシェトランド・ポニーだけじゃった。なぜそうなったのかは誰にもわからん。わしは疫病にかからなかったーーたまたま免疫があったんだろうよ。百万人に一人、いや、数百万に一人だけ緋色病に免疫を持つ幸運な者がおって、恐らくわしがその一人だった。生き残ったものの数からして、免疫がある者の割合はせいぜいそのくらいじゃろう。

第四章 了 つづく

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