見出し画像

不要不急

世間がウイルスの猛威に怯える中で感じたことがあります。

世界が人々の行動を制限し、街なかを移動してる人の数が極端に少なくなっています。政府の呼びかけもあるにはありましたが、ここまで人のいる景色が変わるものかと、今回ばかりは人々が自分に責任というものを意識させ行動できていることを肌で感じています。僕も仕事の行き帰り以外はほとんど家を出ません。

「不要不急な外出は控えてください」

自分の行動を見直す機会になった気がします。外出を制限される、行動範囲が狭まる、いつもの僕なら絶対に受け入れられない制約です。特にこんな桜の咲く時期に自由を奪われるようなことは。冬の終わり頃予定した春の外出予定ももう2、3件キャンセルしました。でもそんな気持ちさえ頑張って押さえ込んでしまえばなんとかこの状況を受け入れられるもんだなと。いかに日頃の行動が不要不急なものばかりだったかということに気づくことができました。行動できたらできたでそれなりに日々に満足感が加わっていくことは間違いありません。僕たちは最低限しなければならない行動以外にどれだけのプラスαな行動をしていたかということです。プラスαな行動によって自分を消耗してしまっていた部分も多かれ少なかれあったのではないかと今は思っています。

ただ、人と接する機会が減ったのは少し残念ですね。人と会って会話することが結構重要なことだということにも会えなくなって改めて感じさせられました。でもまぁ今回の行動の自粛の呼びかけは人同士の接触を減らすことが目的です。会いたい人にも会えないのも当然な結果です。こちらが会いたいと思ってもこのご時世なので相手方は接触を拒みたがるかもしれません。良好な仲だからこそ自分自身がもし感染していたら申し訳ないという思いが働き、会いたいという気持ちも伝えられなかったりします。恐らく言い出せないだけでお互いそう思ってたりするんじゃないでしょうか。不要不急じゃなくても人と会うという行為はしていたかったなと。でもそこを抑制することが目的となれば多少のフラストレーションが生まれてもやっぱり今は我慢ですね。


自分の行動を減らすことができて、他のことに目をやれる時間がたくさんできました。ここで日々の意識や行動パターンが組み立て直せれば、今後自由が戻ってきたときにはもっとスマートに効率よく必要なものだけを選んで動いていけるんじゃないかなと思っています。不要不急⇒必要不急へ。急ぐことはないと思いますので不急は不急で。不要と言っても決して無駄なこととは言いたくないです。そういう部分が日常を豊かにしていることも僕は知っているので。


何はともあれこの状況が早く終息してくれることを祈るばかりです。「自分の行動を整理する機会になった」と思える時間はこれから先そう長くは続かないと思います。そう思えなくなったときに我慢できなくなって何か良からぬ行動をしてしまう人が出て来るかもしれません。僕だってそうだと思っています。そんな思いがあって今は人類全員で行動の自粛を励行して事の終息を早めようと頑張っています。その行動の現れが“人のいない街”という景色となって目に映っているわけです。

不要不急な行動の整理、頑張って慣れていこうと思います。

「もうすぐだ」と自分に言い聞かせながら。

夜明けはそのへんにありそうです。


日々の『スキ』、そしてこの『サポート』とても励みになっています。今後も応援よろしくお願いします。shinya。