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温泉小噺 まだまだ・・・

「あのーすみません」とか「ねえ、ちょっと」とか
いわゆる会話の最初の導入部分、それが、ない。

今日、髪を洗ってる横からかけられた声は、こうだった。
「何年?」
えっ?さすがに理解できなかった。
なんだろう、何年生かって意味?まさか学生には見えないだろうに。
何年通ってるか?かな
何年別府に住んでいるか?かな
声の主のおばちゃんは、洗い場の仕切りから顔を出しながら続けて言った。
「何年のばしてんの、長いよねえ」
ああ、髪の毛の長さだったか。
何年かは数えてないな。
もちろん、知らない人だ。そして私の回答なんかは
求めていないのだろう、続け様にこう言った。
「なんかねーアタシすぐ切っちゃうんだよね、面倒でね」
濡髪の間から、慌ててにこっと笑顔を作って横を見返すのが精いっぱい。
顔を起こして一呼吸して、「いつも結んでるから、逆になんにもしないで、
長いまま放ってるだけなんですよ」
と、まともな回答をした時には、おばちゃんは仕切りのむこうで
誰とも話してません、というきりっとした顔で正面を向いて
体を洗っており、私の言葉はザブザブに消されていった。

今日も負けた。
突然始まる会話の反射神経、まだまだだ。

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