温泉マイスターおすすめの温泉
濃い温泉 風の郷と山香温泉センター
温泉マイスター 相良孝幸
冒頭から私事で恐縮ですが、このレポートを書くきっかけに関わるので書いておきます。2ヶ月ほど前から大分県の旧立石町で暮らし始めました。
立石町は、昭和30年の合併で山香町立石、さらに平成17年に合併してからは杵築市山香町立石と表記されています。
立石に引っ越したと言うと、10人中9人が「寒いでしょう?」と聞いてきます。
どうやら世間では、「立石峠は凍る」という大分県における”陸奥(みちのく)”のイメージが完全に出来上がってしまっているようなのです。
確かに寒いのですが、水は美味しいし星は綺麗で住みやすい所です。
それだけだと単なる田舎ですが、江戸時代には230年に渡って立石藩が存在しお殿様と侍が生活していた元城下町です。この町のそこが気に入ってます。
立石から車で10分も走らない所に2つの良質な温泉があります。
山香地区の①風の郷と②山香温泉センターです。両湯とも「九州温泉道」の対象施設なので2湯”はしご”して入った方も多いのではないでしょうか。
① 風の郷
残念ながら風の郷は2022年1月10日で休館となってしまいましたが、書いておきます。
風の郷は、いわゆるスーパー銭湯方式の誰でも快適に使える温泉宿泊施設です。これだけでは特記することもないですが、一番の特徴は露天風呂の一角に源泉かけ流しの桶風呂があって、この湯がクサイと評判です。温泉のいい香りとは違って、何の匂いでしょうか。この匂いを上品に語る語彙を私は持ち合わせていません。人によっては漬物の匂いと表現します。
臭ければ臭いほど喜んで何度も嗅ぐのが温泉マイスターの習性ですから、一般人の感覚とはちょっと違うと心得ておかないといけません。
この桶風呂だけ源泉そのままの加温なしの温度なのでぬるい湯です。「クサくてぬるい」「源泉に手を加えていない」、それがありがたいのです。おそらく、ほとんどのマイスターの方は湯口から流れる源泉に顔を近づけ、匂いを嗅いで、お湯をペロッと舐めていることでしょう。
色は茶褐色、または黄土色。この色のお湯に浸かっていると、子供の頃に雨の中で泥遊びをしたのを思い出させてくれます。
独特の匂いの理由はこのあたりの地質にあると言われています。温泉の北側、立石地区に馬上金山ばじょうきんざんと呼ばれる鉱山跡があり、大正初期には日本一の産出額となるほど金が取れたと伝わっています。
鉱山のある町は温泉が出るのです。
同じ頃、別府でも別の鉱山会社がありましたがこちらは噴気が出て事業を中止せざるを得ず、その後遊園地の経営に乗り出しました。今のラクテンチです。その他にも大分県内は鉱山が多く良質な金銀銅を生み出していました。
馬上金山が隆盛を極めた大正4年、経営者である成清博愛なりきよひろえは鉱石の積み出し港であった日出ひじ港の近くに豪華な別邸「的山荘」を建てました。個人の邸宅とした広大過ぎる3,600坪もの敷地に海を一望できる純和風建築の大きな屋敷です。
庭園には歴代の皇族がお越しになった記念の植樹が8本植えられています。
現在、当時の風情を残したままのお屋敷で料亭が営まれ、誰でも食事を取ることができます。
金山最盛期、ゴールドラッシュに全国から数千人の鉱夫が集まり、繁華街ができ映画館やキャバレーなどの娯楽施設も栄えたそうです。立石川は黄金川と呼ばれていました。
しかし、莫大な富をもたらした馬上金山も鉱脈を掘り尽くしてしまえば、あとは閉山するしかありません。昭和24年(1949年)に閉山し、あとに残ったのは長い坑道で山香町誌によれば、この地域一帯に100本もの坑道跡が点在しているといいます。
馬上金山の歴史は古く、江戸時代の初期から幕末にかけて、立石藩は金山開発に何度も挑み続けました。最後の藩主木下俊清は明治維新後、政府に馬上金山の開発許可を願い出ます。立石では何百年に渡ってと地下資源と向き合ってきたのです。
馬上金山の跡は今では木々が生い茂り、当時の面影はまったくありません。
栄枯盛衰。休館して人影が全くなくなった風の郷に重ねてしまいます。
再開を願うばかりです。
② 山香温泉センター
しょっぱい思い出を残してくれた風の郷ですが、しょっぱいと言えば山香温泉センターでしょう。塩分濃度の濃い温泉です。「濃い」の上をいく「濃ゆい」と言い表したいほどです。
浴槽にこびりついた茶色い成分が雄弁に物語ってくれます。
↓↓↓山香温泉センターの分析表!👀
温泉分析書には溶存物質合計32.146gとあります。一概に数字が大きければいいというものでもありませんが、驚くべき数値です。
1kgあたりの溶存物質総量が10g以上で高張性温泉と呼ばれます。湯船に浸かると浸透圧で身体に温泉成分が入ってくる温泉です。
飲水ができる。海水なみの塩分で慢性胃炎と便秘に効くようです。
このように、個性的な温泉が湧くのと金鉱山が栄えたのと、どちらも地中からの恵みです。地下資源を大切にして将来に遺していきたいものです。
③ 温泉と金山
余談ですが、令和の現代でも国内で金山の開発が行われている地域があるので記しておきます。
鹿児島伊佐市の菱刈鉱山ひしかりこうざんは、日本の金山で歴代1位の250トンの産出量で、第2位の佐渡金山83トン(閉山)を遥かに凌ぎます。同鉱山を経営する㈱住友金属鉱山の発表によれば年間6トンもの金を安定的に産出しており、採掘に伴い同時に大量の温泉も湧き出しています。
65℃の熱い湯をポンプで汲み上げ湯之尾ゆのお温泉に供給しているということです。
前述の通り、立石の馬上金山あたりは、かつてゴールドラッシュで賑わったとは想像もつかない閑散とした地域ですが、将来の新技術でもう一度金採掘が可能になる日が来るかもしれません。そのときには菱刈鉱山のように副産物としての温泉の恵みがもたらされる事でしょう。
温泉と金山について思いを馳せながら、濃い湯に浸かってみるのもおもしろいのではないでしょうか。