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幸福とは完全な現在の中で呼吸し、歌い、踊り、笑うこと(ヘルマン・ヘッセ)


ヘルマン・ヘッセの、幸福論を読んだ。

ヘッセが幸福論のなかで著した幸福は、没時間的で、永遠的で、純粋な体験である。

幸福のもとに、私は今日、何かまったく客観的なものを理解する。つまり、全体そのもの、没時間的な存在、世界の永遠の音楽、他の人々が天球の調和あるいは神の微笑と呼んだところのものを理解する。この精髄、この無限な音楽、この満ち満ちてひびき、黄金いろに輝く永遠は、純粋な完全な現在であって、時間をも、歴史をも、以前をも、以後をも知らない。

完全な現在の中で呼吸すること、天球の合唱の中で共に歌うこと、世界の輪舞の中で共に踊ること、神の永遠な笑いの中で共に笑うこと、それこそ幸福にあずかることである。

幸福論
ヘッセ/著 、高橋健二/訳
新潮社

とても美しい表現だと思う。
人は、幸福を感じるとき、時間をわすれ「純粋な完全な現在」を感じる。

一生にそう何回もあることではない。
ヘッセが幸福論の中で書いたエピソードはとても瑞々しい。

だから、ヘッセは「幸福を体験するためには、何よりも、時間に支配されないこと、同時に恐怖や希望に支配されないことが必要」という。

昨日の投稿で、過去や未来に囚われる意識を現在に向けるために今年のフレーズを「今日一日を最高の一日に」にしたと書いた。

しかし、幸福な体験は、実はさらにその先にあるもので、「今日一日を最高の一日に」というフレーズすら忘れている状態、ということなのかもしれない。

幸福はまさに、「まったく客観的なもの」「全体そのもの」「没時間的なもの」「永遠を感じるとき」「天球の調和あるいは神々の微笑」であり、純粋に完全な現在の中で呼吸することはその理想の形ともいえそうである。

一生に何度も訪れることがないそのエピソードを大切にできるよう、「今」に意識を向けることができるようになれたらと思う。

ということで、「今日一日を最高の一日に

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