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【小説】Runners(夫編③)

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Runners(夫編③)

2024年8月3日13:35

当社は、土曜日も業務をやっている日がある。その代わり、平日は結構休む。取引先も土曜日を希望するところが意外とある。
今日は土曜日だけど出社。外回りを土曜日にやることはそんなにないんだけど、今回は取引先がどうしてもっていうので、土曜日に設定した。

午後イチでやって、無事任務完了。思ったよりだいぶ早く終わった。

今日の外回りは、Oさんと一緒だった。えっと、ピレネーだったっけ。

「あ、そうだ!ケンシロさん、この前言ってた滝の台のアウトレット行きましょうよお」

「え、なんで?」

「もう、忘れちゃったんですかぁ!新しいスポーツシューズ屋さんができたっていったじゃないですかぁ」

「あーそういえば言ってたね!」

ランニングは、意外と続いている。前は2キロで足が止まっていたのが、最近は3キロくらいは最初のペースを維持したまま走れるようになってきた。もっとも、このままでは10キロ完走ができるのか、まだわからないけど。

「マラソン大会もうすぐですよねぇ?シューズは、履きなれて置かないとまずいですよお」

Oさんは、どうしても私にマラソンシューズを買わせたいようだ。確かに履きなれておく必要はある。まあ、ちょうど帰り道のついでだし、業務も思ったより早く終わったし、何よりマラソンシューズって実際どんな感じかも気になる。そもそも、冷静に考えたら、最近買い物自体あまり行けていない。この前も妻から買い物の誘いを接待ゴルフで断ってしまって、悪いことしてしまった。

「あとお腹すきましたぁ」

確かに、今日はまだ昼飯を食べていなかった。自分は最近いつもお腹を空かしているから、昼時の基準がわからなくなっている。そういう意味ではOさんに申し訳ない。

あぁ、そう言われるとお腹すいてきた。

10数分後、滝の台アウトレットに到着。

とりあえず、お腹がすいたのでフードコートへ。さて、炭水化物禁止の自分はどうするか。目に入ったのは、「低糖質パスタ」の文字。パスタか…カロリー高そうで微妙にルール違反っぽいけど、低糖質だったらまあいいか。というか、もう食べたい。

ということで、低糖質パスタ(野菜)を選択。Oさんはカニクリームパスタを選択した。

Oさんがカニクリームパスタをフォークでくるくるしながら

「ケンシロさん『note』って知ってますか!?」

「え、知らないけど」

「なんか、ブログみたいなのをみんなで投稿し合うSNSなんですぅ。私、結構最近ハマってて。記事大量に流れてくるのでわかんなくなっちゃうんですけど、面白い人のnoteは、本当に面白いんですよ!私は読むだけなんですけど」

「へえ、最近はいろんなSNSがあるのね」

「ケンシロさんもやってみてくださいよ!」

「あー、じゃあアプリをダウンロードしてみるよ」

久しぶりにモリモリ食べちゃった気がする。なんかお腹いっぱい。

食事後、スポーツシューズ専門店へ。
ホントだ、マラソンシューズだけでこんなにいっぱいあるんだ!

「初心者の方はこちらがオススメですかね。」

若そうな男性店員さんが、手際良く勧めてくれた。試着。うん、なんか軽い!

「キツかったり、圧迫されている感じはないですか?」

男性店員さんは、自然なタイミングで説明してくれる。なんかまだ決める前にそのまま買っちゃいますって言いたくなるほどの手際の良さだ。

履いてみて足踏みをしてみると、上げたほうの足が浮き上がって来るように軽い。すごいシューズでこんなに変わるんだ。マラソンじゃなくて、普段使いでもいいかなと思うくらいだ。

「えー、ケンシロさん。これすごくいいじゃないですかあ。私も欲しくなってきちゃったなあ。」

といって、女性用のコーナーに向かうOさん。
私は自分のシューズを決めて、店員に預けたあと、それについていくように女性物のマラソンシューズコーナーに向かった。
女性物のマラソンシューズコーナーは、カラフルなものが多く華やかだ。

「ケンシロさん。これとかどう思います!?」

「ああ、Oさんに似合いそう」

「やったあ!どうしようかな。私も買っちゃおうかなあ…」

Oさんが悩みだしたので、邪魔にならないよう違う靴の陳列を見ながら私も考え出す。

うーん、どうしよう…でも、別に一緒に走るとは限らないわけだし…よし、でもここは男を見せるところだ。

「Oさん、ちょっといいかな?聞いてもらいたいことがあるんだけど…」

Oさんは、それを聞いて、両手を胸の前で繋ぎ合わせ、恍惚の表情で目をキラキラさせた。まるで美の女神アフロディーテのよう、いやピレネーだったっけ。

買い物を終了し、両手に紙袋をもって退店。Oさんは、まだ私の方を見て目をキラキラさせている。いや、そんなふうにみつめられると…悪い気分ではもちろんないが、ちょっと恥ずかしい。あ、もうこんな時間だ。
優しい上司でも、「なんだぁ、取引にこんなに時間がかかったのかぁ」と嫌みを言われてしまうかも知れない。

急いで、会社に戻らねば。

2024年8月3日19:15

帰宅。今日も少し帰りの時間が遅くなってしまった。
マラソンシューズは、とりあえず車の中においておき、自宅の玄関を開ける。

リビングに入るとなんだか重苦しい空気が流れていた。
子ども達はyoutubeを見ているが、重苦しい空気を読んでいるのか、いつもと比べてやけに静かである。

リビングのソファーには、妻が座っていた。
明らかに異質なオーラ。身体を震えさせて、目を真っ赤にして、目の充血が顔全体に広がっていくかのように頬を紅潮させている。

私がリビングに入ってきたのを把握すると彼女は鬼の形相でこちらをにらみつけてきた。彼女の鋭く冷たい視線は、私の第3肋骨と第4肋骨の間を通過し、左心房を突き刺した。
明らかにこれまでに見たことのない怒りを私にぶつけようとしていることがわかった。私の第1頸椎から第7頸椎のほうに向かって液体が流れていくのを感じる。冷や汗。

しかし、こんな時ですら彼女は気を遣ってしまい、自分でもどうしたら良いのか分からなくなってしまっているようにも見えた。
彼女がこんな時にでも気を遣ってしまうことに気がつくと、私は、私の心臓の左心房から、その刺さった傷口から、滲み出るように、徐々に、流血していくような感覚に襲われた。


このときはじめて、傷口には痛みがあることを知る。



鈍感な私は、刺し傷の痛みにすら気がつくのが遅い。





(つづく)

※フィクションです。



次回は8月3日23:30の予定です(妻編③)。
次回が山場・・・




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