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『子育て まち育て 石見銀山物語』を通して思うこと

Eテレで全国放送されている『子育て まち育て 石見銀山物語』。
世界遺産・石見銀山にある島根県大田市大森町を舞台にしたドキュメンタリー番組で、これまで春夏秋冬の4編が放送されました。
ご覧になられましたでしょうか?

3/29(水)にそれら4編、1年分の記録をまとめた総集編が放送されます。

放送予定


3/29(水)22:00〜22:59 / Eテレ
4/4(火)14:00〜14:59 / Eテレ【再】
子育て まち育て 石見銀山物語 〜“小さな奇跡”の1年〜

これは、島根県の山あいで起きた小さな奇跡の物語。世界遺産・石見銀山のふもとにある、大田市大森町。かつて過疎に悩んでいた町で今、子どもの数が増え続けている。保育園児はこの10年ほどで、10倍以上に。それをもたらしたのは、穏やかな暮らしと人の繋がりを大切にする町づくり。ここで子育てをしたいと移住者が相次いでいるのだ。豊かな自然に彩られた世界遺産のふもとで、子どもを育て、町を育てる1年の物語。
NHKホームページより

ちょうど1年前の3月。

僕は当時7歳の娘を連れて、人口約22万人の兵庫県西宮市から、400人ほどが暮らす山間の町・石見銀山の大森町に移住しました。
それから1年に渡って、僕らの様子もたくさん取材していただき、番組内でも紹介されました。…というよりも、かなり中心的に僕らの目線を通して石見銀山の暮らしを映してくれてきました。

これまで自分も出演している気恥ずかしさもあって、あまり大っぴらに語って来れなかった。

でも観ればみるほど、大森町の美しい季節の移ろいと、共に暮らしを楽しむ大好きな人たちの姿がほんとうに素敵で。自分も出ておきながら、やっぱりたくさんの人に観てほしい!

放送後は町の人からはもちろん、番組を観られた観光の方からも通りすがりにお声がけをいただいたり、SNSやそれこそお手紙もいただいたり、心温まることばかり。

番組を通して初対面でも知ってもらえているので、交友関係や仕事の広がりにも繋がりました。
なにより「なんで移住したの?」と、僕らの場合は答えるのに少し気力のいる回答をせずに済んだこともありがたかった。

そんなこんなで、この番組をきっかけに僕らは人生を歩むための大きな勇気をたくさんもらった気がします。
大げさかもしれませんがほんとうに。
だから、関わってくれる友人たちや制作スタッフの皆さん、番組を観て気にしてくださってる方々にはとてつもなく感謝をしていて。
恩返しではないけど、番組やこの1年間の思いを自分なりの言葉で語りたいなと思っていました。

はじめまして

兵庫県の事務所前で娘と

改めまして、グラフィックデザイナーの小野哲郎と申します。

2011年に大阪で6B(ロクビー)というデザイン事務所を立ち上げて、企業やブランドのグラフィックデザインに携わってきました。
現在は島根県の世界遺産・石見銀山にある大森町という町で、印刷物やWebサイトのデザインをしています。

2010年に結婚した妻との間に生まれた娘は、現在小学2年生(8歳)。全校生徒20人、昨年150周年を迎えた古い木造校舎の小学校に通っています。

そんな僕らが関西から石見銀山へ、仕事と暮らしの拠点を移したのにはわけがあります。

大森の町並み
町並みを散歩する保育園児たち

石見銀山へ移住

まだ娘が生まれる以前から、仕事を通して石見銀山と繋がりがありました。

訪れるたびに依頼が増え、一時は毎週のように通っては、この町に根付く支え合う暮らしを目の当たりにし、訪れるたびに心が浄化されるような気分になっていました。

「ほんとうのこの町らしさを伝えたい」と相談を受け、1年をかけて町を歩き、たくさんの人と話し、光も影も切り取るのではなくまるごと掬い取った写真で作ったWebサイトもそのころ制作させてもらいました。

それでも関西で事務所を構え、家族の暮らしを確立していると、そこへ引っ越そうという考えまでには至りませんでした。
当たり前の日常がなくなってしまうまでは。

2年前の2021年7月、大きな病気を患っていた妻が37歳で天国へと旅立ちました。どんなに状況が悪くとも娘のために生きる希望をもって、大切なものを守ろうとしてくれながら。

仕事人間に突然訪れたワンオペでの仕事と子育て。
妻に代わり自分にできることは何だろうと、いつも考えていました。

妻が楽しみにしていた七五三は2人で迎えた

娘はまだ小学校にあがったばかり。
いろいろな場所に子どもを預けて仕事のための時間を確保し、仕事量や生活水準を守るのではなく、「なにがあろうと、それでも人生は楽しいんだ」ということを、彼女と過ごす時間の中で娘に伝えたい。

独立以来、寝る間を惜しんで働いてきたことで、デザイナーとして関西ではそこそこ名前を知ってもらえるまでにはなっていました。
多くの依頼が舞い込み、受けきれずに軒並み断るほどクライアントに恵まれ、事業の拡大も見据えていました。

それを全て諦めることは、デザイナーひと筋に生きてきた自分にとっては悔しい思いもありましたが、ひとりの親として覚悟は決まっていました。

仕事と子育ての在り方を考え直す中で、大森町で見てきた暮らしのイメージが自分たちにぴたりとはまりました。
仕事と暮らしが別軸ではなく地続きで、父親が仕事や家事に疲れる姿を見せるのではなく、楽しむ姿を娘に見せられる暮らし

それから娘を何度か大森町への出張に連れていき、仕事をしている間、友人の松場奈緒子さんに町の暮らしを存分に体験させてもらった。大森の自然や文化を背景に、大人も子どもも関わり合う中で笑う娘の姿を見て、大森町で2人の暮らしを作り直そうと決めていました。

飛び入り参加させてもらった町のクリスマス会

テレビ取材

引っ越しを数週間後に控えたころ、〈大森町での暮らし・子育てを番組にする企画〉が進んでいて、移住者を取材したいと相談を受けました。

番組に出るということは、当然わが家に起きたことも紹介されるわけで、それが映像化することは娘にとってどうなのだろうと考えた。
それでも、僕らが魅了された町や、支えてくれる人たちの温かさを知ってほしいという思いもあり、恩返しになるならと取材を受ける事にした。

そしてなにより、同じような境遇で行き詰まってる人たちの勇気になれるといいなとも思っていたので、できる限りありのままを取材のなかで語ってきたと思います。
なぜなら、僕らもほんとにたくさんの「“知らない”人たち」に励ましと勇気をいただいたから。

妻が闘病していた1年ほどの間、妻の希望もあって病気のことを周りに隠して家族3人だけで闘っていました。先の見えない暗闇の中で、子育て・妻のサポート・皆が寝静まった後、朝までやる仕事の毎日。
弱音を吐きたいけど相手もいない。
しんどさを嘆きたいけど許されない。

そんな口にできない言葉をただ吐き出すためのTwitterアカウントを作り、そこで心を落ち着かせていました。誰に見せるでもなく。

エール

妻亡き後も、独り言のように日常の些細なことをたまに呟いていた。野菜を食べてくれたこと。きついことを言ってしまったこと。嬉しかったこと。そんな中、ひとつのツイートがとても多くの人の目にとまりました。

※現在アカウントは公開していません

このツイートへのリプライやDMの数々は、娘と一緒に前へ進むための大きな力へと変わりました。

家族に同じような事があった人。幼い頃にお母さんを亡くしながらも立派に大人になった人。いま家族一丸となって病と闘っている人。事情を抱えながらも、ほんとうにたくさんの方から言葉をかけてもらいました。

見ず知らずの他人に大きな優しさをくれた出来事は、これから遠慮することなく人を頼り、そのかわり自分も人のために働こうと思えるに十分でした。
(元来ぼくは人に頼ることを「弱さ」と考えるタイプだったと思う。)

受け止めきれない出来事に、四苦八苦する自分に「支えると決めたから遠慮したらだめですよ」と言ってくれた友人たち。
「小野さんはこの町に必要だから」と相談に乗ってくれた町のおっちゃん。
温かい目で寄り添ってくれた取材チームの皆さん。
ほんとうにたくさんの人がいろんな形で僕らを見守ってきてくれた。

デザイナーとして、デザイン賞だったり派手な仕事の獲得に向いていたベクトルは完全に方向転換し、人へ向きました。自分たちを支えてくれる人たちと暮らし、町が豊かになるために働こうと。
そしてその姿を娘が見て育つことで、利他の心を感じてほしいと。

町内の国史跡に開所する放課後児童クラブ
重伝建地区の古民家を改装した美容室
石見銀山の町並みで開催されたイベント
園章やWebサイトをデザインした町の保育園
学童の飛び出し看板
リバーシブルで男の子/女の子にした
保育園の飛び出し看板

娘へ

お母さんとの思い出が詰まった町ではなく、大森町を選んだお父さんの決心。君のことをわが子のように見守ってくれる人たち。きょうだいの欲しかった君の、きょうだいになってくれる年の違うお友達。

そんな人たちがいつも周りにいたことを、いつでも思い返すことができるこの番組は、きっと人生の宝物になると思ってる。
信号もコンビニもない小さな町だけど、君の人生を輝かせるだけの優しさと豊かさが溢れている町。
もう君の中で、ふるさとになってきているのかもね。

見せる子育て

毎日思うのは、子育てのプロなんかいないんだよなあ、てこと。
だれもが迷ったり、それこそ失ったりの繰り返しだけど、関わりの中で助け合って、励まし合いながら毎日を楽しんで幸せを集めている。

親として立派な振る舞いができているとは思えないし、何かを教えられるほどの人物でもない。
だけど、ただただ大好きな人たちと暮らしを楽しんで、そんな人たちのために仕事をする姿を見せてあげたい。

教えるのが子育てじゃなく、日々の暮らしのなかで「人生は素晴らしいんだ」と見せてあげるのが子育てだと信じて。
ただ、至らなさすぎて失言も失態も日々てんこ盛りなのは言うまでもない…

そんな姿がこの番組を通して、知らない誰かの力になれるといいな。僕らがたくさんの人から勇気や希望をいただいたように。

今回の総集編を最後に、僕ら父娘を見かけることはあまりなくなると思います。でもここでの暮らしは続きますし、もし続編があれば(意外と出たがりなので)時々映り込もうとしてるかもしれません。笑

お時間あれば番組をご覧になって、石見銀山・大森町にぜひ一度来てみてください。
誰もがそれぞれ、心の奥にある人を想う優しい気持ちを呼び覚ますような気がしますよ。


3/29(水)22:00〜22:59 / Eテレ
4/4(火)14:00〜14:59 / Eテレ【再】
子育て まち育て 石見銀山物語 〜“小さな奇跡”の1年〜

これは、島根県の山あいで起きた小さな奇跡の物語。世界遺産・石見銀山のふもとにある、大田市大森町。かつて過疎に悩んでいた町で今、子どもの数が増え続けている。保育園児はこの10年ほどで、10倍以上に。それをもたらしたのは、穏やかな暮らしと人の繋がりを大切にする町づくり。ここで子育てをしたいと移住者が相次いでいるのだ。豊かな自然に彩られた世界遺産のふもとで、子どもを育て、町を育てる1年の物語。
NHKホームページより


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