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第34話 むき出しのキレ

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もしそれが、気に入らないなら、しょうがないです。
難しいかもしれませんね。

落ち着きながらも、少しふてくされた調子で、僕が言い放ったこの言葉。

これをトリガーに、目の前のお二人が、対照的な反応をします。


スナックで、俺は、中目黒の織田裕二だとでも言い張ってそうな、澁谷さんは、いやいや、ちょっと待って。いかないで。という反応。(これは僕の想定通りです。秘書情報によると、次に三木谷さんの登場。となるはずなので、ここでブレイクされると困るはずなので)

興銀のプリンスのはずなのに、神戸製鋼ラグビー部的なタックルをかましてきた山田常務は、すっと表情が変わりました。なんとも薄ら寒い感じを与える笑みを、浮かべています。むしろ楽しげとさえ言えるような。


おもむろに、山田常務が、先ほどより少しゆっくり目(それでも早い)に、話しだしました。

他社がいくらで買うと言っているのか、僕らは聞いたわけですが、それは答えられない、と。

かと言って、比較して天秤にかけているわけでもない、と。

では、小野さんは、今日ここで、何を期待しておられるのですか?


頭のいい人は、「問いを立てる」力があります。会話を導きたい方向に向けるため、すっと、効果的な質問を紡ぎ出すことが上手ですね。


僕は少しだけ考えて、慎重に、こう答えました。

二つです。

買収価格を、社外株主に説明がつくレベルに上げて欲しい。

僕ら社員の雇用条件(報酬)について、もう少し考慮して欲しい。
それらが実現できれば、ぜひ楽天さんと一緒にやらせていただきたいです。

うっかり期待に応えてしまいました。最後の一言は余計だったのでしょうか。


山田常務は、すっかり目が座っています。

冒頭のヤンキー的なキレ方はすっかりなくなっています。しかし、むしろここからが、本領発揮だったのです。

ぶちキレるの「キレ」じゃなくて、頭がキレるの「キレ」を、むき出しにして、畳み掛けてきました。


もし、合意ラインに到達できた場合、今日ここで、小野さんが一人で、最終意識決定することが、できるという理解で、よいんですよね。

じゃなかったら、この場の意味がありませんから、そういうことですよね
それでは、質問を変えましょう。

他社が、買収価格をいくら提示しているかは、もう聞きません。

小野さんは、いくらなら、ここで、合意できるかが、聞きたい


すっかり追い込まれました。

まるで、これまで一生懸命、ジョーカーのカードを切らずに戦ってきたのですが、相手もジョーカーを持っている。しかも、下手したら2枚持っているかも。ということに気づいてしまった瞬間のようです。

こちらが形成優位なのか、相手が優位なのかも、よくわからなくなってきました。


うーむ、と唸る僕。
ふとあの、言葉が浮かびます。

交渉ごとにはですね、勝った負けたは、ない。
良い交渉だったか、どうか。それだけ。


良い交渉って、良い試合みたいな意味か?
あれかな。スポーツの試合で、最後に相手を讃えるようなやつ?
剣道で、礼にはじまり、礼で終わるって、その精神?
つまり、山田常務を讃えて、礼を尽くす。そういうことか?

いやいや、欲求に素直ってことかな?
僕が納得いく、欲しい金額を素直にぶつけて、気持ちよく、やりきるってことか?


僕はこの時、相手をレスペクトしすぎて、したてに出て、結果、損する思いをするのは、嫌だなと、直感的に思いました。

この山田さんのことです。へたに謙虚な数字を出したら、そこからネゴが入って、さらに下げられるでしょう。

思い切って、直感と欲求に従い、気持ちよくやりきることを、選びました。

山田さん、そこまでおっしゃるなら...
僕らは、
2億5千万円であれば、
握手できます。

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あぶら汗が一気に噴き出しました。

ブラフじゃん...  ええ。思いっきり。
欲張り...  あぁ、そうですね。

いま俺、目が泳いでるよな。

クレイフィッシュが出した金額は1億円(その場で決めれば1.3億円)でしたので、2倍の価格を、ぶつけたのですから、大勝負です。

他者が幾らかと聞かれた時は、数字を出すことはできませんでしたが、幾らだったら合意できるか?と聞かれたので、自分の希望を出すことができました。

目線を上げて、二人を見ます。
山田さんは、澁谷さんに、軽くアイコンタクトをとりました。

澁谷さんが呟きます。

2億円を超えてくるとは、さすがにこちらも、考えてなかった。
うーむ、ちょっとそれは...

その後、少しやりとりは、あったと記憶していますが、平行線でした。

そしておもむろに、山田常務が立ち上がります。
改めて見ると、華奢な体型の方です。

ちょっと外させていただきます。と言い残して、部屋を出ていきました。

そこに、次の展開の、確信がありました。

これは、あの男が、くる。

時計を見ると、交渉から1時間半以上が、経過していました。

第35話 →



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