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第30話 決戦の朝

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交渉ごとに強くなろうとするなら、結局のところ、経験をたくさん積むしかない。ということが、本当のところだと思います。ただ、ベースとなる考え方については、先輩から学べることは多いのではないでしょうか。


我がプロトレード 社の、売却交渉の大詰めの局面。ここから収束させていこうという場面で、株主のNetAge西川さんが、大戸屋でご飯をおかわりするくらいの無邪気さで放った一言は。

「もっと楽天さんに、出してもらおうよ。ダメなら孫さんのところ行けばいいじゃん」でした。

これに触発された僕は、もうワントライ、やってみようと腹を決め、これからの楽天との交渉戦術について、アドバイスを求めることにしました。

もちろん、お伺いする相手は、完全感覚派のドリーマー西川さん、ではなくて、ずっとリアリストな、とある先輩にです。


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9月末の朝を迎えました。正午には、楽天の交渉担当者、澁谷さんとのアポが入っています。今回は、僕一人で出向くことにしました。

まさに、決戦の朝でした。
準備をしっかりしたくて、2時間ほど早く、中目黒駅に到着しました。

駅前のカフェ、Segafreto Zanettiに入ることにします。

このチェーン店では、本場イタリア式のカプチーノが飲めるので、僕はとても気に入っていました。

学生時代にバックパックでヨーロッパを旅したとき、一番好きになった国がイタリアで、一番感動した飲み物がカプチーノでしたが、セガフレでは、あの本場の、ドロッとしたミルクフォームが、だせているのです。

(スターバックスなどのアメリカ系は、スチームの温度が15-20度ほど高いので、フォームが軽くなりすぎですね)

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二階の席に座り、電話したのは、AZX法律事務所の、後藤弁護士でした。

後藤さんは、我々プロトレード が創業するのと、ほぼ同じタイミングで独立された、新進気鋭の若手弁護士。

実は(かぶっていないものの)一時期、アクセンチュアの戦略部門で働かれていたこともあり、先輩として勝手に慕っていたのです。

鼻が大きく、すっと通っていて、色白。パーマヘアで、柔和な話し方。全体的にソフトな印象を与える方なのですが、目はいつも笑ってません。瞬きの回数が極端に少ないのは、パラノイア成分が少し高めなことの証左でしょうか。


遡りますが、2月にプロトレード が創業してまもない頃、後藤さんにご挨拶した際、まずは、株主間契約を結ぶことを強くアドバイスされました。

今でこそ、スタートアップ界隈では当たり前になっているのだと思いますが、当時はこういった起業ノウハウがまだまだ整備もシェアもされておらず、後藤さんはそんな業界に喝を入れようと、燃えに燃えていました。

僕らのケースのキモは、50%を保有するNetAgeに対して、創業経営陣側の権利を守ることです。


ミーティングの場で、西川さんと対峙した後藤さん。
西川さんに何を言われても、すべてをナノセカンドで打ち返します。

「あ、それはですね、商法XXX条のYYYに、こう書かれてまして」

完璧なロジックを淀みなく列挙しながら、手垢でアメ色に変化している六法全書の該当ページをさっと開いて、相手に見せます。なんでそんなに早く該当ページをひらけるのか、わけがわかりません。しかも、一語一句違わず、条文をそらんじるんですよ。

これだけで、聖徳太子級にすごいのですが、その間ずっと、目線は西川さんにロックオンして、一切外さないんですよ。瞬きしないで。

これは、怖い。

この人と喧嘩したらまずいと、心の底から思ったものです。

(注:AZXは、その後もお世話になることになった、山田税理士先生と、ともに、新興企業のGo to 事務所として君臨されています。あの後藤さんですからね。今の隆盛は、まったくもって当然な結果だと思います)


その時間帯のセガフレードは、さほど混んでいませんでした。

電話口で後藤さんは、音速のスピードでプロトレード を取り巻く状況を理解したのち、哲学的な一言を、僕に授けてくれました。

小野さん、交渉ごとにはですね、
勝った負けたは、ないんですよ。

良い交渉だったか、どうか。それだけです。

頑張ってくださいね。


後藤さんに、時間がなかっただけなのかもしれませんが、もう少し噛み砕いてもらいたかったものです。

本番直前に、こんな頭が良すぎる人から、アドバイスをもらった自分を恨みつつも、少し考えてみました。


良い交渉って?

今であれば、それは、「自分だけじゃなくて、相手にも良い交渉だと思わせること」と、経験的に思いつくのですが、フェアに言って、当時の僕は、よくわかっていませんでしたね。

少なくとも、勝ち負けを意識しないことが、大事なんだな。

そのくらいの、表面的な受け止め方だったと思うのですが、交渉へ臨む前の、僕のマインドへの潜在的な刷り込みは、あったように思います。

さて、まだ少し早いけど、決戦の場へ向かおう。
バッグを肩にかけ、セガフレの店の階段をおりていきました。

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