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第5話 光と音の残像

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その時の会話は、ほとんど記憶に残っていません。

いや、むしろ人間が持っている、心の防御本能が作動して、「強制的忘却」というプログラムが走ったのではないか。とも思います。

しっかりと覚えているのは、その時の光景と、その方の声です。心に負荷がかかると、光と音を、僕は記憶するタイプなのかもしれません。

光 - プロトレード 社は「ピジョン松涛」(鳩さんかよ)という、渋谷bunkamuraを、少しすぎた先。松涛のお屋敷街の入り口にあるビルの、3Fに小さなオフィスを構えていました。

ちょうど西日が窓いっぱいに拡散、反射して。部屋全体がゴールドに包まれていました。そんな鮮明な光の記憶があります。

音 -  携帯電話から聞こえる、そのGEの投資担当の方が発した、とある男の名前の響きは、イントネーションから声質から、手に取るように思い出せます。

その担当者からの、いろんな言い訳を聞きながら僕はその時、とても綺麗な夕日をぼんやり眺め、「美しいな」と感動していました。

まるで、リアリティがないのですが、事実そう記憶しているのです。もはや、それは本当の出来事だったのか、ショック状態の自分の知覚が麻痺していたのか。追求することに意味はないのでしょう。


投資担当者の言葉は、こうでした。

ジャックが、
全世界一斉に、
全てのネット関係の投資から、
手を引けと。


当時のビジネスマンは、ジャックといえば、マーじゃなくてウェルチです。世界最高のビジネスリーダーといえばウェルチしかいない。という時代でした。僕も何冊か、彼の本を読んでいて、いくばくかの憧れの気持ちを持っていたと思います。


電話を切って、瞬間に襲ってきた感情は - 怒り -
それも強力なやつです。

「この担当の方は能力が不足しています」
「GWに休まないでください」
「ジャックは酷い男です」
「ハゲでデブ」...
(それぞれ酷いワードに変換しながら読んでください)

———

自分が資金を投じ、名前をつけて、事業を開始すると、サラリーマン時代には到底想像もつかないレベルで、会社と自分が一体化します。言い換えると、会社と自分のアイデンティティが深いところに根を生やして、絡み合って共生してゆくのです。

例えば、「会社に行く」「家に帰る」という言葉を社員から聞くと、イラッとするようになります。は、逆じゃないの?「家に行く」「会社に帰る」って思わないの?と。

会社の経費で購入した、テーブルとか椅子が乱暴に扱われて、傷がついたり汚れたりすると、めちゃくちゃ勿体無く思うし、自分の身体がそうされたかのように気持ち悪くなるようになり、社員に文句を言うようになります。

(ちなみに後日、僕はサラリーマンに戻り、楽天で働いた際、拭き掃除を毎週月曜の朝にさせられたのですが、いつもマジでぶーたれてました。)


よく、「当事者になって仕事をしなさい」と言いますね。程度問題ですが、あれは、オーナー経営者と、その他のメンバーとの間の、世界観のずれと、相互の不理解が起こす悲劇ではないかと思うことがありますが、当時の僕は、すっかり「あちら側」の世界に飛んでしまっていたと思います。今後、厳に慎まなければなりません。

——-

2億円の資金調達が無になってしまった。その怒りは、ファウンダーとして、会社と自身が完全一体化していた、僕の全身を貫きました。

あれ程の怒りの感情を、仕事で覚えたことは、その後も今に至るまで無いと思います。

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