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早朝六時の路地裏で

早朝の路地裏は懐かしい匂いがする。
学生時代のバイトを思い出すからだ。

歓楽街の路地裏は、カラスによって散乱したゴミと空になったビールの生樽から流れる「夜明けの匂い」がする。街が動きだす前の静けさと、仕事を終えてこれから帰るという逆行に、特別感や達成感のようなものを感じていた。

18歳、初めてのバイトはカラオケボックスだった。
22:00〜6:00の深夜バイト。そのまま寝ずに学校へ行き、帰って来てから寝て、またバイト。そんな生活を半年ほど続けた。バイト代は月に12万ほどになり、初めて「自分で働いて稼ぐ」ことに満足感を感じていたと思う。だがやっぱり学生は遊びたい日もあるわけで、規則正しい生活リズムを保つのは難しかった。さずがに若いとはいえ、いつも眠いなあという状態で、睡眠時間をとるには授業の時間に寝落ちしたり遅刻したり、しだいに学校を休みがちになった。

それでもバイトのほうはサボることなく出勤したのは、そっちの方が面白かったからである。
注文を受けてフードやドリンクを運び、ルーム清掃、パーティールームのセッティング、ほろ酔いの客との束の間の交流、社員とバイトの人間関係、正社員のキツさ。22歳の先輩が大人に見えて、社会を学んでいる気がしていた。それが面白かった。

そこでは半年も働けば長いほうで、小慣れて刺激にも慣れた頃、彼女にフラれてやる気がなくなり衝動的にバックれた。若さとはそんなものだ。あるあるだ。店長申し訳ありません…。

また新たに彼女ができた頃、コンビニの深夜バイトを始めたのだった。

初めての一人暮らし、ありがたいことに仕送りもあり、必死でバイトしなければいけない理由はないのだけれど、働くことにハマったのだと思う。「いや学生は勉強しろよ」と親からすれば意味不明だろうが、どうしたって刺激的な日々を求めてしまうのだ。何を優先するべきか間違えていたかもしれない。学業をおろそかにしてしまったけれど、それでも、学生時代の経験は大人になってからではできないことがある。

会社の新人には、今までどんなバイトをしてきたか聞いたりすることがある。

「回転寿司と居酒屋です」

「へー、どのくらい?」

「寿司屋を3年と居酒屋で2年です」


この子はきっと大丈夫。
その感覚は間違っていないことが多い。


カラオケボックスでは頭がおかしくなるほどエンドレスでヒット曲が流れる。匂いと音楽は不思議と記憶にこびりついて離れない。

路地裏の匂いと「らいおんハート」は当時の記憶を今でも鮮明に呼び起こす。


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