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【偏愛】料理人

僕は料理人が好きです。これだと何を云おうとしているか判らないので詳しく説明する。正確には早川書房から刊行されている『料理人』と云う本が好きだ。ハリー・クレッシング著、一ノ瀬直二訳。早川文庫ならNV11。1972年2月29日初版発行。最初は文庫サイズでなく、A5判だった。

僕はこの本が好きだ。ただ好きだと云うだけでなく、この本を見つけると買ってしまうのだ。だから僕の家には『料理人』がいっぱいある。多分10冊どころではないと思う。本を整理していると『料理人』が次々と出て来る。古い装丁のも新しいのも。A5版のも数冊持っている。今僕の手元にある一番新しいのは2011年1月15日23刷。きっともうちょっと新しいのもあるかと思う。この本がこうして刷数を重ねているのは、僕がとにかく買ってしまうことが一因かも知れない。これは偏愛を通り越して何か別の次元に突入して常軌を逸してしまっている。とにかく好きなのだ。この本が。

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またお馴染みの僕のお父ちゃんが登場する。『料理人』を買ってきたのはお父ちゃんだ。僕が中学生の頃だったと思う。何の気なしにお父ちゃんから借りて読んでみたら、僕はその作品世界にどっぷりとハマってしまった。まるで映画のように頭の中に情景が浮かび、登場人物が躍動し、笑いも悲しみも溢れ出し、1人のコックが巻き起こした欲望の渦の中に僕も引きずり込まれてしまう。40数年間に渡って数え切れない程に再読し、いつ読んでも何度読んでも同じ感動と驚きと痛快さと狂気を感じて、読後は期待通りの絶妙な消え味の余韻に浸る。飽きることはない。このまま一生読み続ける本なのだと思う。

この物語の主人公のコンラッドは、最初は田舎町の邸宅に雇われたしがないコックとして登場するが、時を経るにつれて、その特異なる風貌のままに存在感を誇示し、人々を魅了し、時には恫喝して追放し、状況を着実に整え、深謀遠慮を以てトップに立ち、全てを掌握する。

そして念願通りに、この世の贅を尽くした終わりなき宴席の主催者として、昼夜を問わず食べ続け飲み続けるのだ。もし莫大な財力にも尽きる時が来るとしたら、コンラッドはきっと、たった一人で、このお話の最初の所に戻ってくるのであろう。この世界の全てを食らい尽くすため、コンラッドはやって来る。必ずやって来る。

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上の写真の右側が新しい装丁。著者のハリー・クレッシングが発表した作品は『料理人』とあと2つしかないとのこと。ほぼこの『料理人』だけで知られている作家なのだ。一発屋と云うにはあまりにもこの一発が大きい。Wild Cherry「Play That Funky Music」やPlayer「Baby Come Back」どころではない。Bostonがもしファーストアルバムしか出さなかったとしたら『料理人』に匹敵するだろうか。

そんなことを考えている暇があるのなら、僕はまたこの本を開いて、コブの街へ行き、ほんの少しの荷物を背負って自転車でやって来たコンラッドのことを遠くから眺めるだろう。

そしてもし願いが叶うならば、鳥射ちの晩にコンラッドが大量に用意した、腹に内臓と果実の詰め物をしてオーブンで料理した赤鳥を、僕も食べてみたい。僕は今ビールは飲まないけれど、その時にはビールを飲もうと思う。たんまりと。

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