私訳『竹取物語』第1章|読み物としての現代語訳
脚色しすぎずに読み物として訳すことを目標にして書きました。読みやすさを優先して多少の意訳もしています。古文の勉強用ではありません。
章分けと章のタイトルは独自のものです。
おことわり 本作品は何を元に訳すかで違いがでる箇所がありますが複数のなかから私の好みで選びました。解釈が分かれる箇所も私の好みで選んでいます。
読む前に知っておきたい言葉
【翁】 年老いた男性
【嫗】 年老いた女性
第1章 竹取の翁、子を授かる
([*数] は訳注があることを示す)
今となっては昔のことだが、竹取の翁という者がいた。野山に分け入って竹を取り、それをいろいろなことに用いていた。名を、さぬきの造、といった。[*1]
*1 「さぬき」の他にも「さかき」「さるき」と表記する本がある。
翁は、ある日、その竹の中に、根本が光っている竹が一本あることに気がついた。不思議に思って近寄ってみると竹筒の中が光っている。そこには、三寸(約9cm)くらいの、とても可愛らしい人が座っていた。
「私が朝夕いつも見ている竹の中にいらしたから分かりました。我が子となられる人に違いないだろう」と翁は言った。
その子を手のひらの中に入れて家に持ち帰り、妻の嫗に世話を頼んだ。可愛らしいこと、この上もない。とても幼いので籠に入れて育てることにした。
この子を見つけてからというもの、竹取の翁が竹を取ると、竹の節と節の間の空洞ごとに黄金が入っている、ということがたび重なった。翁は、しだいに裕福となっていった。
幼子は、育てるにつれ、すくすくと大きく成長していく。三月くらい経った頃には、すっかり一人前の背丈となったので[*2]、髪上げなどの準備をし、髪上げをさせ、裳着を行った[*3]。それからは、帳のうちから外には出さず、大切に扱った。[*4]
【髪上げ】貴族社会における女性の成人の儀式。髪を頭頂部で束ねたと思われるが、[文献1 p.19]によると作品舞台の時代と考えられる奈良朝期~平安朝初期における髪上げ時の髪型は具体的には良く分からないらしい。
【裳着】貴族社会における女性の成人の儀式。腰から下に着る衣服である裳を着る儀式。
*2 竹から生まれた子だから、竹のように速く成長したということ。竹は成長が速い。ピーク時には日に1mも伸びるという。
*3 女子のイベントである髪上げと裳着が出てきたことで、ここで初めて読者にも性別が判明する。
*4 成人式およびその後の扱いは、貴族の娘なみの扱い。
この子の容姿には、この世にまたとない清らかな美しさがある。家の中は、暗いところがなく光で満ちているかのようだ。翁は、この子を見ると、気分が悪く苦しいときでも苦しくなくなった。腹立たしいときでも心が晴れやかとなった。
竹取りを長いこと続けたことで、富み栄え、翁は長者となっていた。[*5]
*5 竹取りの翁が取る竹からは黄金が出るため、竹を取ることが裕福になることを意味する。かぐや姫の髪上げの儀式をする前からすでに長者となっていたことだろう。
この子が大きくなったので、名を付けるために御室戸斎部の秋田を招いた。秋田は「なよ竹のかぐや姫」と名付ける。
そして翁は、三日間、祝いの酒宴を開いた。歌舞音曲などあらゆる遊びを催し、男なら誰でも構わず呼び集め、盛大な宴にした。
世の男たちは身分が高くても低くても、「どうにかしてかぐや姫を得たい、妻にしたい」との評判を聞き、心を躍らせた。
家の使用人でさえ、かぐや姫をたやすく見られはしないというのに、男たちは、周囲の垣や家の門に来て、夜にはぐっすりと眠りもせず闇夜でも這い出して、穴をこじ開け、垣間見て、誰もが心を乱した。
こうしたことがあって、言い寄ることを「よばう」[*6]と言うようになったのである。
【垣間見】すき間からのぞき見ること。現代なら犯罪行為だが、平安時代の恋愛においてはそのような意味合いはなく普通に行われていた。
*6 原文は「よばひ」だが、あえて動詞にして訳した。現代では「よばい」と聞いても、求婚の古語「呼ばひ」のこととは思えずに、夜に男が女のところへ忍び込む「夜這い」でのみ解釈してしまうため。原文では、「夜這ひ」と求婚の「呼ばひ」を掛けた洒落となっているが現代では洒落にならない。この作品には、このような語源説明が今後も出てくるが、あくまでも洒落である。
→第2章
おまけ 三は特別な数
『竹取物語』では「三」が特別な数として扱われている。
(1)竹の中で見つかったときのかぐや姫の大きさ
三寸
(2)かぐや姫の背丈が一人前になるまでの期間
三ヶ月
(3)かぐや姫と名付けたときの祝宴の期間
三日間
参考文献
【文献1】『竹取物語 全訳注』上坂信男、講談社学術文庫
〈底本:流布本系 吉田幸一蔵本〉
【文献2】『竹取物語』阪倉篤義、岩波文庫
〈底本:流布本系 武藤本〉
【文献3】『新版 竹取物語 現代語訳付き』室伏信助、角川ソフィア文庫
〈底本:流布本系 古活字十行甲本〉
【文献4】『かぐや姫と絵巻の世界 一冊で読む竹取物語 訳注付』武蔵野書院
〈底本:古本系 新井本〉
【文献5】『竹取物語』片桐洋一(『竹取物語 伊勢物語 大和物語 平中物語』新編日本古典文学全集12、小学館 所収)
〈底本:流布本系 古活字十行甲本〉
【文献6】『評注 竹取物語 全釈』松尾聡、武蔵野書院
〈底本:流布本系 古活字十行甲本〉
おすすめ本
『竹取物語』を現代語で読むのにオススメできる本を紹介します。この本は、読むための現代語訳となっています。分かりにくいところは訳文で説明的な書き方をしています。初心者向けの解説も豊富です。原文もついてはいますが古文読解のための解説は一切ありません。
「竹取物語(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典」 角川書店[角川ソフィア文庫] - KADOKAWA
https://www.kadokawa.co.jp/product/200104000182/