ベースを引っ張り出したら思い出した埃みたいな話③


バンドが終わったのは大学2年の秋だった。
大学生活は、ポジション取りに焦っていた1年の春がなかったのかのように落ち着いていた。

それぞれがいつも同じようなメンバーで固まっている。

新しくイケてる子や可愛い子と仲良くなりたいと思っていても接点がなければなれないわけで、
無理やり距離をつめようとすればうまくいかないし、
挨拶を交わす所から糸口を探すことも面倒くさいから声を掛けることもない。
キャンパスライフは慣れと共に熱を失っていた。

バンドのライブにも慣れていた。
あれだけ緊張していたリハも、取り繕わずにすぐにOKを出す。
下手を隠すことに疲れるから、余計な事は考えず淡々と時間が過ぎるのを待てばライブは終わっていた。

なぜバンドを続けてたのかといえば4人で喋ることは好きだったのもあるし、
1年の春のようなバイタリティで新しい関係を築くことが億劫だったのもある。
とにかくここは現状維持、お笑いサークルやフリーライブでネタをする事がこの頃僕が1番刺激を受けていたものだった。


久しぶりのバンドのライブは渋谷タワレコ付近のライブハウスだった。
新曲を2曲セットリストに入れて参加した。

来るお客さんにとっては全部新曲である。

いつものようにトップバッターを終え、他のバンドの演奏なんか見ずに楽屋で挫レと0ドラと話をしていた。

「君たちの演奏、素晴らしかったよ!」

と僕らの背中に投げかけてくる声があった。

振り向くと長身長髪でタンクトップ、黒色のダメージジーズンを履いた大柄の男が立っていた。

「うちと契約してデビューしないかな?」

ともう一言加えてきた。

程よく焼けた肌に、大きめのシルバーアクセサリーを幾つも身につけていた。

「俺、鉄男!」

こちらが一言も話してないのに間髪入れずにどんどん話をするタイプだった。最初からタメ口だった。

「主にイベントの開催とか新人のCDデビューの仕事してるんだ」

名刺を渡される。

「君たちのバンド可能性あるよ。どう?うちでやってみようよ。」

僕は思った。いやきっと挫レも0ドラも同じ事を同時に思っていた。

おい?立ってまともに弾けないベースとリズムギターを擁するバンドにどう可能性あるんだよ。

お前、ほんとにちゃんとライブ観てんのか?俺らの顔ちゃんと見たか?フロントマン以外死んだ目で冷笑浮かべてるバンドの何が素晴らしいんだよ。

てか何でお前は終始俺らがもうやる前提の口振りなんだよ。

このタイミングでギタボがいないのが気がかりだった。
ギタボは他のバンドのライブを観て勉強している。
僕らは音楽で飯食っていくという気持ちはないが、ギタボにはある。
僕ら3人の気持ちがバンドの総意だとして話を断ることには躊躇いがある。
第一印象最悪の鉄男だか、プロデュース能力だけはずば抜けてあるかもしれない。
ギタボにとって良いきっかけになるかもしれない。

僕は

「いまメンバー全員いないので何とも言えませんが、僕は他にやりたいことがあるのでやらないです」

と言った。

鉄男は予想していた答えと真逆だったことに一瞬、目を丸くしたが立て直し、今度は深く頷きながら君の話わかるよというアクションを取り始めた。

話をしてる最中に深く頷くから、話者に安心感や貫禄を与えるのであって、話終わった後に遅れて深く頷かれても滑稽なだけである。

何だこいつ?早く喋らないかな、、
とファーストコンタクトとは打って変わったことを思っていると鉄男は口を開いた。

「君、夢持ってる?」

雑魚のアプローチ。
時間いっぱい使って言うことじゃないだろ。

と思うと共にどこまでも舐められたもんだとも思った。
立ってまともに弾けないベースに甘いこと言ってたらひょいひょいついてくると思ってるのか。
死んだ顔でベース弾いてる奴は夢もってないと思ってんのか。それは思うか。顔死んでるんだから。

「お笑いでプロになることが僕の夢です。」

と言った。

それを聞き鉄男、今度は間髪入れず聞いてきた

「その夢、誰かに否定されたらどする?」

鉄男はこの言葉を決めたくて「夢持ってる?」というジャブを打ってきた。
どこまでも面倒くさい。無駄に溜めたがる男、鉄男。
誰かに否定されたらどする?を言い放ち鉄男はフィニッシュの顔をつくってる。

「いや別に関係ないです。否定されても続けます。」

と僕が答えるとそれを聞き鉄男は自分の長髪をワシャワシャと掻きながら笑った。

だから無駄に溜めるな。雰囲気だけ作るな早く次言え。である。

鉄男は、「君、話が分かる奴だな」という雰囲気をようやっと身に纏うと、

「俺さ、高校5年間行ってたのね。」

と自分の半生を語り始めた。

「俺さ、マジで馬鹿でさ、勉強とか全然しなくて学校だるくてさ、でも5年の時に大学行きてぇと思ったんだ。もちろん担任は否定したよ。お前が大学なんて無理だ。でも俺ふざけんな見返してやるって来る日も来る日もずっと勉強したんだ」

僕は浪人時代、元暴走族から予備校講師になった吉野敬介先生の本をバイブルにしていたのでこうゆう話に弱い。
意外と骨のあるやつなんだと思っていると鉄男が言った。

「で、専門学校入学できたから!」

鉄男は自分が目指していたものと結果が違っていることに気づいていなかった。
吉野敬介先生やドラゴン桜の雰囲気を身に纏い、専門学校に入学している。

大学進学を教師に否定されたが、猛勉強し専門学校入学した見返してやったぜを発動しフィニッシュの顔をしている。

鉄男、お前、とんでもない馬鹿じゃん。

ダメだ。こいつが、腕だけは確かのプロデューサーなわけがない。馬鹿のフィニッシャーだ。

「俺さ、親父死ぬまでノリで生きてたんだよねー」

鉄男は聞いてもいないのに遠い目をしながら話を続ける。

「仲悪かったんだけどさ、葬儀出たら俺もっとしっかりしなきゃじゃん。ダメだノリだけじゃ。真剣に生きようって。髪も黒に戻した。」

鉄男、長髪はノリじゃないのか。

「それが今年の4月のことだ」

親父さん亡くして半年か。
おい半年で人前に出すタイプの話じゃない。
4,5年前の感じで喋るな。
あっちで親父さん心配してるぞ。

「四国ってどこだっけ?俺、羞恥心並におバカなのよー!」

鉄男と話してても意味がない。
いつの間にかライブは全ての組の演奏が終わっていた。

「とりあえずもう1人の子にも確認とっておくー」

と言う鉄男の言葉に空の返事をしてライブハウスを出た。

ギタボは鉄男と話をしていたのか地下のライブハウスから地上に上がってくるまでに時間がかかった。

「みんな、あの人から話聞いた?」

とギタボは僕らの顔を確認し

「俺、やりたいんだけど」

と言った。場所を飲食店に移した。

ギタボは鉄男のレーベルに所属するの一点張りだった。
これをチャンスにデビューできるかもしれないという思いが強かった。

「俺もうバンドやりたくない。」

0ドラが口火を切った。

0ドラはずっと引っかかっていた。
みんなで好きなバンドのコピーが出来ると思っていたのに、オリジナル曲を渡されたこと。
自分はバンドをサポートしたり、紹介したりすることが好きなこと。
そもそもバンドやりたかったら中学の時点でやってるわとどんどん熱を帯びていき、あと曲が銀杏すぎて好きじゃないとまで言った。

挫レも音楽は好きだが、この感じじゃないようなことを言っていた。

僕はお笑いをやりたいからそもそもレーベル所属なんて考えていないこと。
鉄男は大学に行くと言いながら専門学校に入学してること。またその矛盾に気づいていないこと。
よくよく聞いたら僕と同い年だったふざけんななんだあいつ貫禄だけ出しやがってまだノリだと言った。

出会ってから初めてそれぞれが腹を割って話しをした。

ギタボは目の前でバンドが崩れていくことに震えていた。

でも僕らも引き下がれない。
このまま続けていても関係は悪い方向にいくだけだ。

「どうしても駄目なんだな、じゃ俺1人でいくけどいい?」

とギタボが言った。
何の確認なのだろう。それが切なかった。
僕らはもうやらないと言っているのに。

僕はギタボの夢を応援はするが、
鉄男に任せるのはやめとけ、鉄男じゃないと諭したが、ギタボが反応することはなかった。
会話が途切れたので飲食店を出てそれぞれ家に帰った。それから4人で飲みに行くことはあっても、バンドで集まることはなくなった。

ギタボは鉄男の元で、オムニバスのアルバムに一曲参加した。
それからまた別でバンドを組んだが、いまは全く別の仕事をしている。

挫レも0ドラもそれぞれの道にいった。

鉄男が現れてくれて良かったと思っている。
なあなあにしてやり過ごしていた。
お笑いをやるという自分の気持ちを他のメンバーに強く言えたことで決心がついた。
そのきっかけを与えてくれたのは鉄男だ。

芸人になって3年目くらい24,5歳だったか、下北沢で知り合いのバンドのライブを見に行く機会があった。何組か出るライブだ。

知り合いのバンドはトリなのだが、時間があったので開演時間からライブハウスに入った。

トップバッターのバンドを観に来ているお客さんは皆無だった。誰しもライブハウスの壁際で酒を飲んでいる。

僕らもこんな感じでいつもトップバッターやってたよなーと思っていると聞き馴染みのある曲が聴こえてきた。

なんで聞いたことがあるんだろ?
どうして僕はこの人たちの顔に見覚えがあるんだ。
頭の中が気持ち悪い。
トップバッターのバンドの最後の曲でハッキリと思い出した。

初めて出た西荻窪のライブハウスでトリを務めていたバンドだった。

0ドラが叩きつけたシンバルを挫レが救った時のライブハウスの店員兼トリだったバンドだ。

あの日お客さんを1番集めトリを務めていたバンドが、お客さん0でトップバッターをやっていた。
何故僕が気づけたのか、3,4年前と全く同じセットリストで演奏していたからだ。

全く同じだったが、熱がこもってなかった。

死んでいた。

特に最後の曲はたっぷりとしたバラードで、あの日来ていたお客さん達を魅了していた。
誰も観ていないライブ会場に流れるたっぷりとしたバラードは聴くに絶えなかった。

この人たちはこの間に何をやっていたのだろう。新しい曲は作っていないのか。
慣れて死んだ目にゾッとした。

僕は鉄男に感謝してる。
久しぶりにベースを引っ張り出してたら、埃まみれの鉄男も出てきた。
何かに慣れた時、己の中の鉄男を出せ。
心の中で鉄男を飼いならせ。
そうやって慣れて死なないようにしていこう。

鉄男、お前は今でもノリで生きてるか?

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