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うまれつづけること

照明が光る舞台のその裏側。
飾られた表とは違って生木で組まれた無骨なパネル。
光っているのは足元灯だけでそれも極力抑えて、青いゼラチンフィルムでわずかに見える程度だ。
場内に流れる客入れ時の音楽がうっすらと聞こえてきて、場内案内の声が聞こえてくる。ざわざわと客席の方から少しだけ存在感を感じ始める。
楽屋では準備を終えた俳優たちがそれぞれ台本を読んだり、飲み物を飲んだりしている。
その舞台裏の暗闇の隅で僕は小さくなって目をつぶる。
それが5分なのか、15分なのか、わからないけれど。
これから始まる2時間を超える舞台の前にやるいつもの儀式だった。

暗闇に溶けるように自分自身が消えていく。
頭の中がクリアになって行って自意識のようなものも曖昧になっていく。
ぬるま湯の中に浮かぶ胎児のように、集中の先には無垢が待っている。
ひょっとしたら今の僕は眠っているのかもしれないと感じる。

全身の力が抜けて、集中のその先にたどり着いたら楽屋の自分の席に戻る。
各々がそれぞれのやり方で自分の儀式を続けていたりする。
何事もないかのように、普通に会話している俳優たちもいる。
衣装と小道具が間違いなくセッティングされているか確認する。
やけに頭の中がクリアになってから僕は時計を見上げる。
そんな時はいつも一服したくなる。
そしていつも思う。
最初のセリフってなんだっけ?

それを口にすればすべて出てくる。
それを忘れるほど自分の中が空っぽになっていれば自分の中の何かが保証された。
一度、生まれ変わった。

あとはぶちかますだけだ。
生きるだけだ。
あっという間に時間が過ぎていくだけだ。

暗闇の延長の袖からステージに一歩踏み出す。
あの暗闇よりも、あの楽屋よりも、何百倍もの光の空間がそこにある。
手を伸ばせば届きそうな距離にお客様が座っている。
そこは江戸時代だったり、大正だったり、焼け野原だったり、豪華客船だったり、どこかの家の居間だったり、信じられないけれどワープしてきたかのような錯覚を生む場所だった。
光に包まれた瞬間、嘘みたいに緊張していた体が解放される。
笑いだしそうになる。

そうやって新しく生まれ変わり続けて。
そこで感情が生まれる。
つらかったり、たのしかったり、かなしかったり。
その場その場で生まれる心に嘘はなかった。
わずか2時間ぐらいで起伏の激しい人生を生きる。

人生は長すぎるのだよ。
それはそれでオツだけどさ。

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