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フルマラソン初挑戦完走記録

【はじめに】

 昨年6月、大学院進学を機に別れた元陸上部の大学同期と残り少ない学生生活を有意義に過ごそうと意気投合し、1ヶ月で100マイル(約161km)走るという目標を立て、ランニングをするようになりました。それまでは月に2度程度、ランニングをしていましたが、この1ヶ月100マイルチャレンジによって走ることが習慣になりました。

 その成果を試したいと思い、昨年10月開催の大井川マラソンにエントリーしました。しかし、コロナの感染拡大により大会は中止。かなり落ち込みましたが、来年こそ必ずフルマラソンに挑戦する、という気持ちになりました。

 そして昨日(11月13日)、松本マラソンに出場しました。
 結果は3時間55分11秒(手元計測)で無事に完走。
 順位は4,710人中882位(速報値)で上位約18.7%に入りました。

【松本マラソンにエントリーした理由】

 そもそもなぜ今年は大井川マラソンではなく、松本マラソンにエントリーしたのか。理由は3つ。「①思い入れのある街・松本」「②景色」「③声援」です。

 ①思い入れのある街・松本


 今から8年前、2014年10月11日土曜日。この日はJ2リーグ第36節、松本山雅対大分トリニータの試合日でした。
 この数日前、当時高校生だった私に部活の顧問から週末の3連休(月曜日はスポーツの日)の部活休みが伝えられました。すぐにトリニータの試合日程を確認し、帰宅後、両親に松本までの行き方を相談しました。この時、すでに松本山雅のサポーターの熱量のすごさは知っていました。そのこともあり、アルウィン(松本山雅のホームスタジアムの名称)に行ってみたいという好奇心でいっぱいでした。
 当時は大分から名古屋まで夜行バスが運行されたいたため、大分名古屋間を夜行バス、名古屋から松本までは特急電車で移動しました。0泊3日の強行日程です。

 肝心な試合結果は0-2で山雅の勝利。船山選手の2ゴールです。。。
 これが初めて1人で九州を出た遠征となりました。

 親と離れて行動する孤独感、知らない土地への不安、アルウィンへ行ける期待。すべて忘れません。
あの時聞いた船山チャントも一生忘れません。。。

 ②景色

 静岡に住んでから、趣味として夏は登山、冬はスノーボードをするようになりました。1年を通して山が好きな人間です。そんな人間である私は雄大な北アルプスを見て走りたいと思いました。大井川マラソンの場合、長い時間、川沿いを走るため、景色が変わらず飽きてしまう気がしました。

 ③声援

 松本マラソンは市街地を駆け抜け、太鼓などの応援もあることが大会の説明でありました。また、松本山雅のサポーターが旗などで応援してくれるという情報も知っていたため、トリニータのユニフォームを着て走ることで、多くの山雅サポーターに気付いてもらえるかなという期待がありました。

【大会当日】

 松本マラソンには2人が同行してくれました。1人は一緒に出場、もう1人は応援でした。
 また、スタート会場でJリーグユニの出場者の集合写真撮影会が開催されることをTwitterで知っていたため、参加してみました。30人ほど集まっており、ほとんどが山雅サポさん。他には名古屋サポさんが2人と長野サポさんが1人、東京サポさん1人でした。当然、大分サポは1人でした。写真撮影後に数名から声をかけていただきました。うれしかったです。
 ありがとうございました。

【42.195㎞の記録】

1.順調なスタート

 スターターは今年10月に引退された元スピードスケート選手の小平奈緒さん。小平奈緒さんを近くで見られるよう、スタート列の一番左側に並びました。結果、至近距離で手を振ることができ、しっかり目を見て手を振り返していただきました。この時点でレースの半分くらい満足でした。笑

 スタート後、計画通り4分50秒(目標は3時間半:サブ3.5)で走っていました。

 4㎞地点、松本城の周りで友人の第1応援地点。元気に走る様子を撮影してもらいました。
 のちに貴重な写真となります。。笑

 その後は計画よりやや早いペース(4分45秒)でレースを進め、6㎞地点くらいで3時間半のペースメーカーさんを追い越しました。


2.たくさん人との出会い

 走りながら、まずはマリノスユニのお兄さんを見つけました。「優勝おめでとうございます。うちの智輝とマツケンをこれからもお願いしますね。」と声をかけさせていただきました。その後は川崎サポさんに「来年は優勝してくださいね」と声をかけ、勝手にJユニ同士の仲間意識で走っていました。
 
 沿道には多くの山雅サポさんがいました。
大分ユニを着て走る私に多くの方が「あ、大分!頑張って!」と応援してくれました。私は「One Soul!!」や「山雅昇格ですよ!」と返しました。川沿いにいた山雅サポご夫婦や、段差の上に立って応援していたおじさん、田んぼの間の道路にいた山雅サポ集団、すべて鮮明に覚えています。本当にうれしかったです。ありがとうございました。
 
 また、沿道でJリーグユニを確認している方も複数いました。
会話のような声の大きさで「え、大分や」と。そんな声も私は聞こえたいたので「そう!大分!」と、大声で反応させてもらいました。団地の前にいたお兄さんも橋の手間に家族でいたパパも忘れません。
「ダイハツ九州!」と叫んでくれたおじいちゃんも。笑
 
 さらに松本山雅FCから飯田真輝さん(元サッカー選手)も出場していました。「飯田さん頑張ってください。大分サポです笑」と声をかけさせていただきまた。「ありがと。え、大分じゃん。いろんなユニ見るよ。みんなすごいなー。」と言ってくれました。飯田さん、無事に完走できたでしょうか。
 
 12.5km地点で友人の第2応援地点を迎えました。この時もまだ余裕があり、笑顔でかっこいい姿が動画に残っています。
 天気予報通り、向かい風を全面に受けながらレースは進み、ハーフを通過した時点で約1時間40分。このままフィニッシュすれば3時間20分、目標達成です。
 
 21.3㎞地点でこのレースの最高地点(701m)を迎えます。その後、一気に下り、ペースは4分20秒ほどになっていました。自分の中では勝手に足を動かした感覚で、飛ばした気はありませんでした。この時見た北アルプスの山々(常念岳、爺ヶ岳、鹿島槍ヶ岳、白馬三山)と松本の市街地の景色は一生忘れません。
 
 24.5㎞通過後、長野自動車道のすぐ西側の道路を南向きに走るところで、折り返してきた一緒に出場した友人とすれ違いました。ハイタッチをして互いの健闘を祈りました。
 
 25㎞地点で友人の第3応援地点を迎えました。この時友人は「ファンサして~」と言っていたらしいですが、私に聞く余裕はなく「ゴールでな~」と言って通過してしまいました。

3.砕け散った目標

 27.7㎞の第9給水ポイントで尿意が限界に達し、仮設トイレに駆け込みました。すぐにリスタートしましたが、一度止めた脚はそう簡単には動かず、ペースが落ちました。また、30㎞走の事前練習で把握はしていましたが、明らかなエネルギー切れでした。
 
 30㎞地点でついに3時間半のペースメーカーで形成された集団に追い越されました。一度は後ろをついて行こうとしましたが、差は開くばかりでした。

  私の目標は一瞬で砕け散りました。

 
 前半に調子に乗って飛ばした罰です。飛ばさないようにとYouTubeなどの動画で予習はしていましたが、その通りだと体感しました。

 ボロボロに砕けたメンタルを修復するべく、別の目標を考えます。こうなったら「もうフルマラソンを存分に楽しむ」以外思いつきませんでした。給水ポイントや給食ポイントで「頑張ってください」と応援してくれるボランティアさんに「りんごジュース生き返ります!!」と返し、有意義な時間を過ごしました。この時飲んだりんごジュースは生きてきた今までで一番美味かったです。(一緒に出場した友人も言っていました。)

 レースは終盤32.3㎞地点で信州スカイパークに入ります。この公園内にゴールがあるため、ゴールはすぐそこです。しかし、あと10㎞もこの公園内をうろうろするんです。。。

 公園内に入った直後、両足の前腿を攣りました。
ハーフ過ぎから、攣っている人は何人かいましたが、ついに我が身に訪れました。必死に痛みを抑え、走ろうとしますが、足は言うことを聞いてくれず、ペースは1㎞7分に落ちていました。

 しかし、やはりタイムは気になっていました。このペースでいけば、ギリギリ4時間以内(サブ4)でフィニッシュできそうでした。フルマラソン初挑戦でサブ4は十分でしょ、と自分を納得させました。
 
 その後、足の指、ふくらはぎ、腿裏を攣りました。足の攣る部位すべてコンプリートした気がします。
 
 40㎞地点で、ついにアルウィンが姿を現しました。
まさかこんなにボロボロな姿でやってくるとは思っていませんでした。元気な姿でアルウィンを眺め、これまでここで見た4試合を回想するつもりでした。普段サッカー開催時にアウェイ側待機列を形成する駐車場も通過しました。わくわくしないでやって来たのは初めてでした。

 両足を攣っては伸ばしを繰り返して約10㎞、ついにフィニッシュ地点が見えてきました。本当は元気な姿で、笑顔でフィニッシュする予定でしたが、ボロボロの姿でフィニッシュを迎えました。ゴールライン通過後、3m進んでまた攣りました。


 記録は前述の通り3時間55分11秒(手元計測)。
 順位は882位(4710人中)。


【レースの感想】

 松本マラソンは、コースが修正され起伏の激しいコースでした。累計300mくらいは登ったでしょうか。コースに文句はありません。そのコースの特徴も分かった上でエントリーしました。

 それに加え、今回は向かい風もきつかったです。天気はギリギリ雨が降らず、レース後に送迎バスで移動中に降り始めました。フルマラソン初挑戦が楽しみだった私は2週間前から毎日、天気予報を確認していました。
 週間天気でこの大会の日だけ雨予報でしたが、何とか数日前に雨の降り始める時刻が昼からに下がる予報になりました。雨も降っていたらフィニッシュできなかった気がします。

 また、今回のフルマラソン初挑戦で自分を見つめ直す良い機会になりました。周りより元気で体力があり、精神的にも強い方だと思っていました。しかし、このレース中に「身体的にも精神的にもボロボロじゃねえか。。」と気づきました。
 まだまだ修行が必要です。

 トリニータのユニフォームを着て元気に走っていた頃は「動く広告だな」と誇っていましたが、終盤はもう「動く大分の恥」としか思いませんでした。全トリサポに申し訳ない気持ちでいっぱいでアルウィンを通過しました。
 しかし、いつも応援する側だった私はこの42.195㎞で応援される喜びを体感しました。応援する側は大勢の1人かもしれませんが、応援される側は顔を覚えていますよ。意外と。笑

【最後に】

 あの時応援してくれた人の顔と声、走りながら見た景色、あの時飲んだりんごジュース、すべて一生忘れません。

 また、この条件に厳しい松本マラソンに共に出場してくれた友人、合計4カ所で応援し、動画・写真撮影をしてくれた友人には本当に感謝しています。一生忘れない最高の思い出になりました。
 今年の目標「フルマラソン完走」は達成です。

 でも、これを書いている今、達成感より後悔・不完全燃焼の思いでいっぱいです。今年で静岡を離れるため、再び松本マラソンにエントリーすることは難しいですが、今度はフラットなコースでフルマラソンに再挑戦し、サブ3.5の目標を達成します。


そしてトリニータのユニフォームで笑顔で完走します。

拙い上に長い文章、最後まで読んでいただきありがとうございました。

#松本マラソン2022

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