ポルシェに乗った地下芸人.13
その後も、しょうもない回答が続出する。
「隣に殺人鬼がいる」
まず、誰もいないというお題に反してるではないか。そして、殺人鬼だとなぜ分かる?いや分かっているなら警察に通報すべきだ。
「ヤフーニュースに近くでライオンが逃げ出したと言っていた」
それなら「近くの動物園からライオンが逃げ出した、とヤフーニュースになっていた」と言わないと伝わりにくいだろう。なぜこいつらは言葉の使い方がこうも洗練されていないのだ。芸人は言葉を使う商売じゃないか。なぜ安易に、なんの推敲もしないで言葉を発するのだ。プロの自覚があるのか。いや待てよ、僕にプロの自覚はあるか?いやそもそも僕は芸人なんかじゃない。ただお笑いライブに出るというトリッキーな行動をするタイプの会社経営者である。そういう意味では、この舞台上の人たちはプロでなくてもおかしくない。いや、お客がいる以上はちゃんとしなきゃダメだ。
この後も似たような回答が続く。どれも大喜利をクイズだと思っているようなものばかりだ。
そういえば、YU-TAはどうしたのだろう。まだ回答していない。
海原氏が言った。
「もう回答はないか?」
「はいっ」
自信に満ちた声で、真っ直ぐに手を挙げるYU-TA。なぜかスケッチブックを手にしているではないか。
お題を読み上げるや否や、そのスケッチブックを裏返してかいてあるものを見せる。
桜の木の用意な絵だが、枝と花が何かの模様のように描かれている。なかなかの画力だ。
YU-TAはよく通る声で言った。
「桜の花が、山口組の代紋の形になっている」
瞬間的に爆笑した。とにかく笑った。
不意を突かれたというのもあるが、絵も回答も最高ではないか。
発想も素晴らしい。テレビNGな内容を入れ込みつつ、画力でポップさを出しているから、お笑いとして見ることができる。そして、全員口頭で答えるシステムに、自前のスケッチブックを持参して答える。
そもそも、この大喜利はいきなりお題を出されたていでやっている。回答がスケッチブックに書かれていたら、そもそも知ってたんじゃねえかという事を思われてしまうのだ。
にも関わらずYU-TAはこのスタイルで回答をぶち込んできたのだ。
笑いが収まり周囲を見ると、誰も笑っていない。爆笑しているのは僕だけのようだ。お客さんも、爆笑している僕をみている。司会の海原氏も僕をみている。
その刹那
「お前、何で爆笑しとんねん。お前の方がやばいやつやないかい」
と僕にツッコむ海原氏。
ドンッ。
受けた。お客さんも舞台上の芸人も大笑いしている。
どういうことだ?僕は面白いものを素直に笑った。そして、この時点での回答者はYU-TAである。なぜ僕が笑われなければならないのだ。
よくわからない状況ではあるが、不愉快なのは感じている。
ムッとして、「いや、山口組、最高でしょ。」不満げな感じで言ってしまった。
「それもう、組側の意見やん!!」 またも海原氏がツッコんでくる。そして笑いが起きる。
なんだろう、この苛立ちは。僕を笑い者にしてやがるのだ。
不愉快極まりない。あまりに腹が立って、大喜利の二問目はほとんど覚えていなかった。気がつけばライブは最後になっていた。
「それではまた来月、会場は中野芸能小劇場になります。最後までご覧いただきありがとうございましたー!!」
皆と一緒にありがとうございましたと頭を下げる。しかし苛立ちは消えない。
ネタがウケなかったことも腹立たしいが、海原氏の僕を笑い者にする一連の対応はなんなのだろう。同年代の僕が、売れない芸人ではなく会社を経営していることが気に食わなかったのか。いや、それを知るわけはない。知ってる筈がないのだ。
そうすると、自分が笑いを取るために、初めてこのライブに出演する僕を獲物しただけなのだろう。司会を任されるくらいだから、それなりにキャリアがあるはずだ。
つまり、初心者の僕をいいようにバカにして笑いを取りたかっただけなのだ。
僕は悔しくて仕方がなかった。無言で汚いビルの裏手で着替える僕に、アキちゃんが話しかけてきた。
「ジョニーさぁん」
いい加減にしてほしい。この甘えた喋り方。薄汚いキノコ男のくせに。
「大喜利、めっちゃウケてましたね!!」嬉しそうにクソキノコがいう
「そうですかねえ。司会の人はウケてましたけど、僕は全然笑いなんて取れてないですよ。」
苛立ちを押し殺して答える僕。感情を簡単に表に出してはいけない。舐められてしまう。この辺は経営者特有のセルフコントロールを発動させている。
アキちゃんは不思議そうな表情で言った。
「山口組のボケ、めっちゃよかったじゃないですかぁ。あれ、狙ってました?」
ん?彼は何を言っているんだろう?僕はYU-TAの回答で笑い、ツッコまれただけなのに。思ったことを言っただけなのに。ボケ?あれはボケなのか?
いや、よく分からないが、ここは流れに乗ってみるとしよう。
「一応、司会の人がツッコミたがってる感じだったんで。」
わざとやってた感じに言ってみた。こういうノリもお笑いには必要な気がする。
アキちゃんは嬉しそうに言う。
「今日、あれが1番ウケてましたよね。羨ましいわぁ」
羨ましい?変にツッコまれて晒し者にされたのに?
そうか!分かったぞ!!
お笑いにおいては「ツッコまれて笑いが発生した場合、その収益は突っ込まれた側にも発生する」というシステムなのだ!!
このクソ毒キノコも良い事を言うではないか。
そこに、ブリーフから着替えたYU-TAがやってきて言った。
「軽く打ち上げいく?」
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