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ポルシェに乗った地下芸人.20

 秋らしさが出てきた10月初旬。首相公邸の森を眺めながら僕は、ブリーフを履いた地下芸人の弟子としてどのように活動していこうか考えていた。

 彼らはお笑い芸人として生きていこうとしている。芸人として収入を得て、それで生活していくことが人生の目標なのだ。しかし僕は生活がすでにできているし、会社経営というリスキーな生き方をとても気に入っている。

 贅沢をしなければ暮らしていける収入があり、それなりに充実した日々を過ごしている。子供も生まれた。これから育児にも時間を割いていくことになる。我が子の成長を見守り、一緒に過ごしていくことがとても楽しみだ。

 それでも僕はブリーフ青年の弟子になったことに妙な興奮を覚えてしまっていた。ビジネスマンとしての直感が「これは絶対金にならない」というアラートを鳴らしている。

 しかし、経済的メリットだけが人生の優先事項ではないではないか。やりがい、生きがいが何より重要だろう。

 とかなんとか、必死に言い訳を考えてしまう。結局、お客さんがほとんどいないお笑いライブに何千円も払ってフリーターたちが出演している姿に興味を惹かれているだけだ。

 奇妙な生態の生き物を観察したい。きっと珍しい虫とか、珍しい熱帯魚を飼うのと同じ嗜好だろう。南米産のゴキブリの養殖事業を始めたばかりだった僕は、特にその業界を調べていたところだったので、腑に落ちた。

 しかし、ただ観察するというだけでは彼らの本質に近づけない。観察者だとバレてしまったら、きっと警戒されて本音を隠される。この辺りは持ち前のジャーナリズムと論理的思考が実に役に立つ。

 では、自分自身も「お笑いで売れたい」という設定を用いてはどうだろう。36歳で子持ちで会社を経営しているのに、お笑い芸人になりたくて客のいないライブに出て腕を磨く。これは面白い。そうすれば一ミリも売れていないブリーフ芸人の弟子になるという今回の一件もエピソードになるではないか。

 よし決まった。僕はお笑い芸人になるというスタンスでいく。設定はしっかり守ろう。絶対に潜入取材だとバレてはならない。ジャーナリストであることに気づかれたら一巻の終わりだ。

 ではまずどうしよう。どのような行動に出ればよいのだろうか。

 そうだ、相方を探してコンビを組もう。漫才をやるのだ。お笑いと言えば漫才だ。漫才をやってみたいし、相方となれば深い部分まで取材できるはずだ。

 とりあえずネットで「相方 漫才 探し方」と入力する。いくつか相方の探し方についてのノウハウが出てきた。

 一般的には「お笑い養成所」で相方を探すらしい。というか、養成所に通う大きなメリットの一つらしい。養成所を探してみる。大手芸能事務所が経営する養成所がいくつか 出てきたが、年齢制限があったり学費が数十万だったらり、なにより拘束時間が長い。週に何日も通わなくてはならない。これは面倒だ。

 しかも、お笑い芸人を主人公にした人気漫画があり、その作者は養成所に入学して一年間生徒として授業を受けたらしい。完全な潜入取材を人気作家にされてしまっていてはこちらは分が悪い。

 ほかには、相方探しの会というのも行われているらしい。相方が欲しい芸人やこれからお笑いを始めたい人が集まっていろんな話をしながら交流して相性が合う人を探すイベントだ。

 婚活パーティみたいなものだろう。これも悪くない。では、どこでいつその相方探しの会は行われているのだろう。またもネットで「相方探しの会 東京」と入力して検索。

 すると、芸人専用の情報交換のサイトを見つけた。「放課後お笑いクラブ」というそのサイトには、様々な掲示板が上がっていた。

 出演者を募集しているお笑いライブの情報や相方募集の会の情報、そして、そのものずばり「相方を探している人はこちら」という掲示板もあった。見れば、毎日数件の書き込みがある。

 これは素晴らしい。手っ取り早いので、ここから相方を探そう。そう思って掲示板のレス(書き込み)を一つ一つ見ていく。ここでまた多くの発見をするのだった。

皆さまの支えがあってのわたくしでございます。ぜひとも積極果敢なサポートをよろしくお願いします。