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日記:ポルノハブ<麻婆ナス

 もうどこに書いてあったか思い出せない。とにかく村上春樹の小説のどこかで、隣のビルの窓をのぞいて、そこで働く男たちの性欲を感じ取るシーンがあったのを覚えている。
 主人公の「僕」は働く男たちの胸の大きな女の子を眺めて、「他人の性欲を感じ取るのって、ふしぎだ」みたいなことを思っていたはずだ。僕がポルノハブとかを見ているとき、けっこうな頻度でその「僕」のことを思い出す。
「他人の性欲を感じ取るのって、ふしぎだ」

 僕は当然ポルノハブを見る。
 それと同じで、あなたもポルノハブを見ている、だろ? なあ、見ていないなんてうそをつくのはもうやめにしよう。
 オーケー。ここからさきを爽やかな草原のつづく新しい世界にしよう。
 いまから始まる新しい世界では、うそやごまかしはなしでいこう。汚い手段は、まったくのゼロだ。僕たちは誠実に生きよう。五月みたいな新鮮な草原で、あなたはポルノハブを見ている。しかもすごおく真剣に。

 そして僕がポルノハブを見ているとき、さっきの買い物のときの麻婆ナスが頭をよぎる。僕はスーパーに行って……なんでもいいからとにかくなにか買おうとしていた。いつもみたいに中華のところを眺めていると、クックドゥの麻婆ナスが目に入る。「よしこれだ」そう思ってクックドゥの麻婆ナスを手に取り、野菜コーナーに急ぐのだが、ひんやりとした棚のなかでナスは三本で270円もしている。ばかげている。
 だから僕は(当然)麻婆ナスは買わない。代わりにもやしと豚肉の炒め物にする。それを買ってスーパーを出る。歩いて帰ってきて、コートを脱いでポルノハブを見ている。
 でも、頭は麻婆ナスを諦められていない。
 棚かなんかに置かれたカメラの向こうで、素人のふたりが裸になって喘ぎ声とともに愛撫するのを見ながら、僕はぜんぜん集中できない。とにかく麻婆ナスのことばかり考えている。夏にはあんなに安くてよく食べていた麻婆ナスがいまはこんな悲惨なことになっている。あれだけ経済的で、味もしっかりとしていて、一度つくったら二、三食にわけて食べられる麻婆ナスがいまは270円(二袋買わないといけないので540円ともいえる)もしている。プリーズ、プリーズ。頼むからうそだと言ってくれ。
 麻婆ナスの僕のまえで、素人のふたりはやはり続ける。愛撫をもう、キスや乳房、秘部といったあらゆる部分をぜんぶ、十分、二十分と長いこと。でも、僕はぜんぜんそういう気分になれない。にらむように目を細めて動画を見やりながら、なんとか麻婆ナスを追い出そうとしている。でも、むなしいだけだ。頭のなかは買えなかった麻婆ナスでいっぱいで、オレンジをしたシークバーだけがのんきな顔して流れていく。

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