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小説紹介

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#書評

大西書評堂#6 『左ききの女』

ペーター・ハントケ『左ききの女』(池田香代子訳) ・あらすじ  女がいた。女は子供といた。スカンディナヴィアに赴任している夫が「居住ユニット」と呼ぶその部屋でトウヒの眺めを見つめていた。子供はだだこねて、遊び続けている。女は文句を言うが、それでも子供は遊んでいる。  女は空港にひとりでいき、夫を迎える。帰りしなに、彼はスカンディナヴィアで孤独だったと話す。誰にも言葉が通じなかった、と。  帰って荷物をおろしてから、夫は変な感じだと話す。孤独でないことになれない感じだと。女は夫

大西書評堂#5 「何を見ても何かを思いだす」と「静けさ」

アーネスト・ヘミングウェイ「何を見ても何かを思いだす」(高見浩訳)・あらすじ  受賞したその小説を読んで、父は驚いていた。「どんなにいい出来かわかってるかい?」と息子に尋ねる。息子のほうでは「パパには見せたくなかったな」と言う。「お母さんが勝手に送ったのは心外だったな」とも言う。息子ははっきりしない態度で、しかし嬉しそうにしている。父のほうではじつに驚いていた。息子の小説を素晴らしい作品だと評していた。父は創作について尋ねる。どれくらいかかったんだ?――そんなにかからなかった

大西書評堂#4「造花のバラ」と「青い花束」

ガルシア=マルケス「造花のバラ」(桑名一博訳)・あらすじ  初金曜日で、ミサに行く日だった。  夜明け前、ミナは袖のない服を着て、取り外しのできる袖を探していた。見つからなかったので盲のおばあさんに尋ねると、昨日洗って、いまは風呂場にあるとのことだった。  ミナは「私のものに手をつけないで」とおばあさんに文句を言った。おばあさんはミサへ急ぐようにミナへ言った。が、ミナは袖が乾いていないためにミサへ行くのをやめた。泣きながら「おばあちゃんがいけないのよ」と言い、言葉で八つ当たり

大西書評堂#3 「クリスマスの思い出」と「八〇ヤード独走」

トルーマン・カポーティ「クリスマスの思い出」(村上春樹訳)・あらすじ  二十年前の秋のこと、僕はまだ七歳で、クリスマスの日は刻々と近づいてきていた。髪を短く切り詰めた女――背中がひどく曲がりこぶのようになっていて、頬はリンカーンのようにこけている――はうきうきした様子でクリスマス前の、この季節がやってきたことを僕に話しかけている。彼女は僕の親友だった。とても遠い親戚で、歳は六十を越している。彼女は僕のことをバディーと呼ぶ。彼女の子供時代にそういう友達がいたからだ。ただ、いまで

大西書評堂#2 「夏の読書」と「大理石」

バーナッド・マラマッド「夏の読書」(本城誠二訳)・あらすじ  ジョージは十六のときについ退学してしまう。そして就職活動をするが、「高校は退学しました」と話すたびちぢこまる思いをする。その夏は多くの人が職にあぶれ、ジョージも職につけない。そして、二十になろうとしているいままで、ずっと無職でいる。母は死んでいて、老いた親父、そして二十三の姉ソフィーが働いている。裕福でない家だ。二人は朝早くに家を出る。ジョージは掃除をしたり、ぼんやり野球中継に耳を傾けたりしている。ソフィーが勤務先

大西書評堂 #1 「幽霊たち」と「中空」

ポール・オースター「幽霊たち」(柴田元幸訳)・あらすじ  ブルックリンの私立探偵のブルーは謎の人ホワイトからの依頼でブラックという人物を監視することとなる。ブラックを見張り、週に一度報告書を送る仕事だ。道路を隔てた真向かいの一室から監視を続けるブルーだが、ブラックは紙に向かって何かを書き綴るのみで、いっこう行動を起こさない。困惑しながらも監視、そして報告を続けるブルーだったが、それでもブラックは向かいの部屋で書き物をしているのみ。あまりにも長い時間とともにブルーの目的は混濁し