#10|桃太郎「鬼が自分の9倍強いうえに9999匹いるんですが」
大きな馬が、顔と顔が触れ合わんばかりの勢いでお願いしてきた。
「うわ!」
桃騎の家から一歩出ると、馬が話しかけてきた。どうやら、律儀に待っていたらしい。
「うわさは聞いた。あんたら、鬼を倒しに行くんだろ?頼むから連れていってくれ!」
「この馬、昨日の戦いで奮闘していた馬じゃないか?」
猿飛の指摘にハッとする。そういえば、ところどころに傷を負っているではないか。
「馬南!そうか、馬南を連れていくといいかもしれないな」
桃騎も外に出てきた。ばなん?
「桃騎の旦那からも、オイラのことを売り込んでくれよっ」
桃騎は、馬南とやらの顔をさすりながら説明した。
「こいつの名前は、馬南。見てわかるとおり、血気盛んな馬だ」
大きい馬だ。
顔を見るためには、見上げなければならない、
「鳥人が来ると、こいつも一緒に戦ってくれる。だけど、空を飛ぶ相手では、相性が悪くてね」
「あいつら、飛んでるからさー。オイラの脚の速さが活かせないわけよ」
馬南は、前脚でしきりに地面を掻いている。
「仲間が増えるのは大歓迎だよ。ただ、連れて行っていいのか?」
「いいも何も、馬南は俺が飼っているわけじゃない。本人が行きたいというなら、止めはしないさ」
そうとなったら連れて行かない理由はない。
「よろしくな!!一緒に鬼を倒そうぜ!」
改めて桃騎に別れを告げ、出発した。
帰りの道中、馬南はよく話した。
「オイラの持ち味はよぉ、開けた場所でこそ発揮できるんだ」
「人参は、あんま好きじゃねーんだわ」
「桃騎の旦那もつえーけど、桃太郎さんもつえーな」
にぎやかなやつだ。もうムードメーカーになっているじゃないか。
◇◇◇◇◇
「おぉ~!ここは走りやすそうだぜ」
森を抜けると、舟がとめてある砂浜に着いた。たしかに、ここなら何もない。
「ここで馬南に乗ってみたらどうだ?」
猿飛の提案に、うなずく。桃騎が餞別として、馬南に乗れるよう手綱などを準備してくれていた。
馬南の速さ、見せてもらおうか。
馬術の心得はあった。古武道の中に含まれていたからだ。
「はやいッ!」
だからこそ、馬南の速さがわかる。体感だが、今まで乗った馬の2倍速い。
馬南は呼吸を整えながら、みんなのもとへ戻った。
「平地なら、もっと速いぜ。砂浜は、どうしても走りづかいからな」
「桃太郎だけでなく、私たち全員を乗せて走ることもできるか?」
猿飛が、いつになく興奮しながら聞いた。
馬南は全員を乗せても軽々と駆け回った。さきほどとスピードが変わっていない。楽丸、猿飛、雉彦が小柄で軽いということもあるが、馬南の体格と脚力が優れている点が大きいのだろう。
「この“脚”なら、鬼の包囲網を突破できるぞ!」
猿飛の計画は、こうだ。舟上にいるうちから、全員が騎乗する。鬼に囲まれる前に、馬南で逃げる。そして、敵の本拠地と思われる城まで一直線に進む。
敵城に着いたあとは、その場の状況に合わせて行動する。たとえ全滅したとしても、本拠地の様子がわかるだけでもまずは“良し”としよう、というわけだ。
行きと同じく、2時間かかって家にたちが住む島にたどり着いた。探索の疲労と、少し希望が見えた安堵からか、久しぶりに深く眠った。
◇◇◇
翌朝、競い合って鳴くセミの声に起こされた。夏らしい、爽やかな朝である。
馬南をまじえ、朝食に箸をつける。白米、みそ汁、青菜のおひたし、一人につき一尾の目刺し。和食だ。
もちろん、希火団子も食べる。馬南の感想は、
「まずくはないが、うまくもない」
だった。
◇◇
鬼ヶ島は、目前に迫っている。不安定な舟の上で、なんとか馬南に乗った。
本当に、鬼の包囲網を突破できるのか? 敵の本拠地に、無事たどり着けるか?
期待二割、不安八割といったところだ。手綱を握る手に汗がにじんでくる。心臓がドクンドクンと強く鳴る。
それでも、逃げない。打出の小槌を手に入れ、元の世界に帰る。それだけでなく、村を救って人々を幸せにしたい。
「ここまでくれば、十分だぜ」
走りやすそうな浅瀬まで舟が進むと、馬南は駆け出した。
脚の動きに合わせて、水が跳ね上がる。
「鬼が来たで!」
言われなくてもわかっている。五体の鬼たちが向こうから走って来る。
鬼が目の前に迫る。
鬼同士の間隔は、一メートル程度しかない。突破できるか!?
「ハッ!」
馬南が急加速する。
まだ本気ではなかったのか!?
風のように鬼どもの横をすり抜ける。奴らは反転し、追いかけてきたが、その距離は広がるばかりであった。
「うまくいったな!」
興奮し、大声で言ってしまった
「いや、ここからが本番だ」
猿飛にピシャリと言われる。たしかにな。
鬼ヶ島に木々は少なく、平地ばかりだった。タカタンッ、タカタンッ。
馬南は小気味よいリズムで走っている。
馬上から周囲を見回すと、鬼の集落が点在していることがわかった。
家があり、畑や田んぼもある。これはまるで・・・・・・
「人間の生活と同じじゃないか」
思わず声が出た。
「不自然だ。やつらは言語を話せない。それなのに文明は発達していやがる」
猿飛が珍しく冷や汗をかいていた。
前方に見える集落から、鬼がぞろぞろと出てきた。七、八匹もいやがる・・・・・・。
「左にかわせッ。馬南の脚なら追いつかれないッ」
猿飛の怒号が轟く。
「これこれ!こういう場面こそオイラの速さが活きるのよっ」
馬南は、ますます速度を上げた。
(つづく)
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