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自己紹介作品 パート1:仙人掌

各メンバーの自己紹介の代わりに、今回からそれぞれのメンバーが書いた作品を上げていきます! まずは、我らが発起人仙人掌の作品です。

『テトラポッド』


「ずんずくずーん、ずんずくずーん」
りっちゃんがでたらめに歌っていた曲をくちずさんでみた。

なぜそんなことをするのかと言ったら、きっとりっちゃんはそうするから。
側から見たら自分がかなりおかしいとことは分かっている。思春期真っ只中の中学生男子が、ボロボロになったウサギのぬいぐるみと手をつないでいること。ましてや今は立ち入り禁止になった消波ブロックをうろついているなんて。
 でもいいんだ、俺は俺であるけどボクじゃない最後の日なのだから。彼女もおれも延命治療に終止符を打つ。

「ずんずくずーん。」
ぽつりとつぶやいてみた。
夕日がきれいだ。
 
きっとりっちゃんならここで立ち止まるだろう。そして「ねえ、ねえ、ねえ、きれいなお空だねえ。」とこっちを振り向いてにこりと笑うだろう。「きれいだね」とボロボロのうさぎに返事してみた。丁寧に抱き抱えられたウサギとおれは沈みかけの大きな太陽が地平線に溶けてゆくのを消波ブロックに座ってみていた。十年前のあの日が頭の中で鮮明に思い出せる
 ああ、あの頃のボクはなんて愚かだったんだろう。

 夕焼け小焼けのチャイムがなったらすぐに家に帰ること。危ないから海には近づいたりしないこと。これが我が家のお約束だった。お約束の意味も十分に理解していなかったボクは「はーい」と元気よく返事して、りっちゃんめがけてとんで行った。幼稚園の帰りはりっちゃんと遊ぶのが日課で、あの日のボクはりっちゃんに手をひかれ海が見える公園まで走っていた。母親たちはベンチで何やら楽し気に声をあげて笑っている。
「ボウケンいかない?海のとこまで」りっちゃんはツインテールをゆらしながらボクにささやいた。「海はダメってお約束でしょう?」と聞き返せば、「ダイジョーブ、ちょっとだけ」と人差し指をくちびるにあてた。幼かったボクはボウケンという言葉にときめくものを感じ、行ってはいけない海までついてくことにした。

 二人のボウケンは楽しかった。手をつないで歩く消波ブロック、頬をくすぐる潮風、沈みかけの大きな太陽。目に映る何もかもが美しい。幼いぼくたちのボウケンを引き立てるには十分すぎた。僕たちはブロックの上に座った。本当に大冒険をしている気分だった。そのとき、チャイムがなった。「そろそろ帰ろうか」と言ってボクは立ち上がり手を差し伸べた。手をつかもうとしたりっちゃんンがバランスを崩した。スローモーションみたいに海に真っ逆さまに落ちる。ボクも手を伸ばした拍子に落ちる。ザブーンと大波にのまれ、塩からくて、冷たくて、手足を必死にばたつかせた。

 今のおれにはそこまでの記憶しかない。気が付いたら病院のベットの上だった。両親がげっそりとした表情でボクを見ていた。いきなり抱き着かれたかと思ったら、こっぴどく叱られた。隣のベットのりっちゃんは目を覚ましていない。眠ったように、植物のように動かない。今も変わらず。

 どうしてこんなことになったのか胸に手を当てて心の声を聴きなさい。目に涙をためて母はそう言った。その日の夜素直なボクは手を左胸にあててみた。心臓が脈を打ちバクバクしているだけだった。心は胸になんかない、あるものは心臓だ。とちっぽけながらに思った。心はどちらかと言えば脳ミソのどこかにある気がする。考えも、感じるも、言葉もそこに詰まっているから。それでも脳に血液は必要だから、当たり前だけど心にも心臓は必要だ。じゃあ、りっちゃんはどうだろう。動かない。しかし、血液を運ぶ心臓が動いている。

「それなら、心が弱っているんだ」声に出してみた。そういうことにしてみた。おれも似た様なものか、脳ミソは使えるけど自分自身の肝心な心の声は聞こえない。聞こえるのはりっちゃんならこうするという予測だけ。あれ以来、優しいりっちゃんがしていたお手伝いや、ならいごと、やりそうなことの真似でおれはできている。おれの空っぽな心も弱っている。

きがつけば夕日はすっかり落ちていた。使い古したスニーカーをぬいだ。校則をしっかりと守ったくるぶしたけの白い靴下もぬいだ。臓器提供意思表示カードとボロボロのウサギのぬいぐるみを丁寧に消波ブロックに並べた。ブロックに腰を掛けたまま足を海の水に浸してみた。冷たさがじわじわとしみわたる。感覚がなくなってきた。

勢い任せで身を投げ出す。「りっちゃん、怖かったね。」

十年前の元々の「ボク」の心はすでに深い海の波にのまれた。でも動く体はここにある。おれの弱った心ににむりやり詰め込んだ、りっちゃん。

さようなら。生きているだけでは意味がない、りっちゃんがそう判断されてしまったのならおれにも価値なんてない。あるわけがない。

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