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【スクールラブ】転校生

 桜の季節には、出会いと別れがつきものだ。各地で開かれる卒業式、それが終わると入学式。小学校から中学校へ、中学校から高校へ、高校から大学へ、大学から会社へという節目節目の別れや出会いがある。同じ地区にすんでいれば、「また一緒になったね」と友達同士で進学した学校で挨拶し合うことも多くあるだろう。涙と笑いの季節は多くの人にいろんな経験を与えてくれる季節でもある。

 そして、静かに行われる別れや出会いもある。卒業式や入学式の喧騒に入れなかった別れや出会いというのも学生時代に稀に起こるものである。そう「転校」にまつわる移動だ。転勤が多い家族にとっては何回も経験させられることになってしまう、子供にとっては悲しい別れだ。お父さんやお母さんも大変なのだが、青春真っ只中の学生にとっては辛い別れでもあり、辛い出会いにもなってしまう。

 とある長崎県の田舎の中学校で新学期が始まった後、二年生のクラスに一人の転校生が入ってきた。黒い薄いセーターを着たおとなしそうな少女が黒板の前で先生から紹介されていた。

「みんな、注目してくれ。お父さんの転勤で今日からみんなと一緒にこのクラスで学ぶことになった大下智恵おおしもちえさんだ。みんな仲良くしてやってくれよ。じゃあ、大下さん、挨拶して」

「み、みなさん、初めまして。大下智恵です。千葉県の中学校から転校してきました。よろしくお願いします。前の学校では、ちーちゃんと呼ばれていましたので、よかったらそう呼んでください」

 生徒が三十人いるクラスから、拍手と共に「ちーちゃん」と大きな掛け声がかかった。智恵は、ゆっくりと頭を下げて挨拶した。その時、智恵は頭に何か当たったのを感じた。「いたっ」思わず手を頭に当てた。どうやら、誰かが消しゴムを投げつけたようだった。一斉に笑い声がクラス中に響き渡った。先生も笑っていた。

「大下、みんなからの挨拶だと思って受け流してやれ。お前の席は、前から3番目の山田のとなりだ。おーい、山田、とりあえず教科書を見せてやれよ」

 智恵は、山田萌という女子生徒の隣の空いている机に行き椅子を引いて座ろうとした瞬間、目に入ってきたものは椅子の上に並べられた画鋲だった。「ここでも、前と同じだ。面倒だな。全部受け入れてやるわよ」と智恵は思い、そのまま何もせずに勢いよく座った。当然、お尻には数えきれないくらいの画鋲が刺さったはずだが、智恵は平然としている。周りの生徒の方が驚いている。その様子を静かに見て、「こいつがリーダーだわ」と悪戯の犯人の目処をつけた。教科書を見せてもらおうと机を萌の方にずらした。すると、萌が小声で智慧に言った。

「あのぉ、画鋲、大丈夫。ごめんね、教えてあげられなくて。いたずらしたのは、私の後ろに座っている中村元気という男の子なのよ。転校生が来るといつもおんなじことをしてるわ」

「ありがとう、私は大丈夫。転校慣れしてるから。実は前の学校でも同じことがあったのよ。だ、か、ら、スカートの下に本を入れて置いたの」

「ちーちゃん、すっごーい」萌は小さい声ながら驚きを隠せなかった。1時間目の国語の授業がチャイムと共に終了した。先生は黒板に書いた文字を消してドアを開けて出ていった。すかさず、知恵は立ち上がった。

「女子だからってバカにしてると痛い目に合うわよ。な・か・む・ら・君」智恵は元気に向かってそういうと、スカートの下から画鋲が刺さっている本を取り出し、元気に投げつけた。思いもよらぬ反撃にあった元気はその本を避けることができず、額で受けてしまった。いい具合に本の角が額にあたりコブができてしまった。

「いってー。何だこいつ。女のくせに。いってー」

「おい、元気。大丈夫か」元気の仲間の一人、佐々木幸太が急いで寄ってきて覗き込んでいた。

 智恵は、転校したときは最初が肝心だといつも思っていたので、最初の登校日に主導権を取るようにしていた。実はそのために小学校の頃から空手を習っていたのだった。転校が多いので大会には出る機会がなかったが、空手を習っている女子の中では飛び抜けて素質を持っており、すでに2段に達していたのだ。当然、元気たちはそんなことは知らないので、何とか仕返しをしようと考え始めていた。

 智恵は、元気の前に行ってその友達にもわかるように、空手の型をいきなり見せた。突きをするたびに、空気を切り裂くシュッシュッという音が心地いいくらいに響き、拳によって勢いよく押しだされた空気が元気やその友達の顔に空気の塊となってぶつかってきた。元気たちは、途端に戦意喪失モードになり、「こいつに手をだすのはやめよう。やばいよ」と思わせることに成功した。

 こうして、智恵は転校初日にクラスの中で注目を集め、悪ガキのいじめの対象から外れるという目的は達成したのである。しかし、同時に友達離れも始まった。近づくと何をされるかわからないということで、女子も男子も自ら友達になろうとはしなかったのだ。ただし、最初に知り合った萌はそうではなかった。彼女はそれまでいじめの対象として元気たちを中心にした男子グループや元気と仲の良い女子グループから毎日のようにいじめられていたのだ。だから、萌にとってはまさに救世主のような存在だったのだ。しかも、席は隣同士ということで、萌に対するいじめは智恵と知り合いになった日からピタッと止まってしまった。クラスに平和が訪れて三ヶ月程度経過した。

 元気たちは、自分達では太刀打ちできないけど、やられたままというのも悔しすぎる。最近は、自分達に対し、恐れを抱くものもほとんどいなくなり、智恵に取って代わられていたことがたまらなく悔しかった。しかし、元気の取り巻きも一人減り二人減りとなり、今では、幸太と雄介の二人だけになっていた。そこで、何とか巻き返しのための仕返しができないかと常に考え続けていた。一騎討ちは絶対避けなければならないし、あまりにも卑怯な手でやっつけても、みんなからは非難されるだろう。そんなことを思案しているときに、校内のマラソン大会の時期がやってきた。元気たちは特に良いアイデアを思いつくわけでもなく時間だけが過ぎていった。

 元気はマラソン大会で近道を通って、順位を上げることを考えていたが、そのことは大半の生徒が知っていた。しかし、仕返しを恐れて先生に言い付ける生徒は現れなかった。今年は、その代わりに智恵にその情報が入ってきていた。智恵はそのことを聞いてはいたが、その位のことで起こっていても仕方ないと特に何かしようとは思わなかった。自分達に何かをしない限りは、どちらかといえば知らん顔をしてあげようと思っていたくらいだ。

 校内マラソンは、毎年行われている。だいたい夏になる前に実施されることが多かった。クラス単位で出発し、そのタイムで順位が発表されていた。もちろん、男女では走る距離も違っていた。元気は、勢いよくスタートしたものの、途中では歩き始め、抜け道を通って上位入賞を果たそうと考えていた。一年のときにうまくいったので、二年でも同じを使うつもりだった。そんなことを嫌ってしいたのは実は取り巻きの一人、雄介だった。意外とお調子者ではあるが、卑怯なことが好きではなかった。幸太の方は小学生の時からの付き合いで、深く考えることもなく元気にいつもくっついているような生徒だった。

 校内マラソンがはじまった。一年の時のように元気は幸太と雄介と一緒に走り始め、近道の分かれ道になると、「幸太と雄介は普通のコースをそのまま走れ。おれは近道を通って先にゴールするから」といって、幸太と雄介を置き去りにして抜け道に入っていった。抜け道といってもきちんと舗装された道ではなく、車も通れないような細い畦道のような場所だ。ここを通るとかなりのショートカットとなり、真ん中あたりで走っていても、上位に食い込むことが可能になるのだ。

 幸太と雄介は通常のコースを何食わぬ顔で走っていた。そして、無事ゴールした。けれども元気の姿が見当たらない。おかしいと思いながらも、近道をしたことを言ってしまうと先生からも怒られるし、あとで元気からも殴られるかもしれないと思い、二人は口をつぐんでいた。しかし、全員がゴールしても元気がゴールしていないことがわかり、先生たちの間で問題となり、生徒をみんな帰宅させたあと元気の捜索が始まった。もちろん、夕方の時点で元気の両親と警察にも連絡が入り、大規模に捜索が始まっていた。まだ、抜け道の存在は認識されていなかった。

 智恵のところにも男子生徒から情報が入ってきていた。マラソンの最中に忽然と姿を消したらしいという情報だった。智恵は「元気が自分で姿を消すとは思えない。あんなに目立ちたがりの男子生徒なのに」と考えていた。智恵は元気の取り巻きである幸太と雄介にラインのグループ電話をかけた。

「幸太、雄介。元気がマラソンから戻ってないみたいよ。何か知ってるんじゃない。いつも一緒なんだから。隠しごとしないで全部教えて」智恵は聞くというより尋問するような強い口調で聞いた。

「実は、途中で違う道に入っていったんだよ」と幸太が小さい声で言った。

「あぁ、言っちゃったよ。しかたないなぁ。あとで大変なことになるぞ」

「どういうこと。違う道って。もしかしてズルしようとしてたってこと」

「うん、そう。一年の時のマラソン大会もそうだった」

「それはどこなの。探しに行こうよ。きっと何かあったんだよ。その道で。もう暗いから、みんなライトを持ってきて。携帯も忘れないでね。じゃあ、この後校庭に集合だよ」智慧は幸太と雄介に対しいつの間にかリーダーシップをとっていた。早く見つけないと取り返しがつかなくなるかもしれないと直感したのだ。

 三人は皇帝で落ち合い、マラソンコースをトレースしていった。すでに先生や警察も確認した後のようで誰もいなかった。きっと創作している人たちはもっと先まで行っているのだろう。しばらく進んだ時、左に入れそうな小さな畦道のような場所があった。どうやらここに入って近道をしようとしたらしい。智恵は聞いた。

「この抜け道のことを知っているのは誰」

「僕たちと、あとは、萌かな」

 智慧は、畦道に入る前に少し考えた。「もし、ここで何かあったとしたら、誰かが何かを仕掛けたのかもしれない。それができるのは、この二人と、萌ということになるわね。ということはこの二人を先に歩かせた方が安全かもしれないわね」そう思い、自分は後ろから付いていくことにした。

「幸太、雄介。私はお前たちをまだ信用していない、先に歩いていって」

「え、もう暗いし、怖いよ」幸太は泣きそうだ。

「わかった、僕が先に行くよ。幸太は僕について来い」雄介が勇気ある行動にでた。

しばらく進んでいくと、草が生い茂っていてだんだんと確認しづらくなっていった。道幅は狭いままだ。さらに進んでいくと、雄介が驚いて立ち止まった。

「うわっ、あぶなっ」雄介は叫んだ。

「どうした雄介、何があった。お化けでも出たんじゃないだろうな」幸太は泣きそうな顔をして聞いている。幸太はかなり臆病者らしい。智慧も気にはなったが、おそらく道が陥没でもしているのだろうと推測していた。もしかしたら、そこに元気が落っこちたのかもしれないと考えた。

「穴、地面に穴が空いてる。地面に。落とし穴みたいだ。ちょっとみんなのライトで照らしてくれ」

 三人で集まって、ライトを一斉に下に向けた。

「あっ、元気。おい、元気、大丈夫か」雄介が叫んだ。智慧はこのことを先生たちに知らせなければと思い、すぐに担任の携帯に電話した。

「もしもし、猿渡先生ですか、元気を見つけました。学校を出てマラソンコースで二キロくらい進んだ左側に幅、五十センチくらいの草に覆われた畦道みたいなところがあります。そこを入ったところで発見しました。早くきてください」

「大下か。暗くなったのに探してたのか。まぁ、そのことはあとにするとして、わかったすぐにいくから待ってろ」

 程なく、先生と警察官が草をかき分けてやってきた。そして、穴に落ちてうめいている元気を確認した。どうやら、足を骨折しているらしく立ち上がれないようだ。みんなが駆けつけて目が覚めたようだが、直前まで気絶していたようだった。どうりで探している声に反応しなかったわけだ。警察官たちによって、穴から救い出され元気は市内の救急病院に直行した。その後、警察官が穴を計測していたが、幅1メートルで深さも1メートルという結構大きな穴だった。しかもご丁寧に、穴の上に草が掛けられパッとみてもわからないようにカモフラージュされていたのだ。明らかに誰かの仕業だった。いたずらにしては、かなりひどいと感じた。

 翌日、智恵は萌を体育館の裏の呼び出していた。信じたくはなかったが、消去法で行くと彼女が犯人としか思えなかったのだ。

「萌、あなた元気をかなり恨んでいたの」

「えっ、うん。智恵が来る前までは毎日のように虐められてたから」

「それで、仕返ししたの。落とし穴で」

「えっ、なんのこと。よくわからないけど」

「萌、私に嘘はつかないで」

「わかった。ごめん。実は、私がやったの。悔しかったから。だって、智恵が転校してきた途端に態度が変わったんだよ。あいつ。それまでは威張って私のことを散々虐めてたくせに。そんなこと全然なかったかのような態度しちゃって。冗談じゃないわよ。私は一年のときからずっと虐められていたのよ。二年になればクラスが変わるかなと思ったらまた同じクラスだったし。でも、智恵が来てから元気はおとなしくなったの。だから、余計に腹が立って何か仕返ししてやろうと考えていて、マラソンでは自分だけズルするだろうと思っていたから、落とし穴をほったの。で、でもね。骨折までするなんて思ってなかった。本当だよ。だって、小学生の時は元気は優しかったんだよ、私に。私は元気をずっと好きだったのに」

「萌、虐められていて悔しかったのはわかる。わかるよ。だけど今回のことは犯罪だよ。わかってるの」

「うん、悪かったと反省してる。元気を傷つけるつもりはなかったの」

「よし、じゃあ。もう何も言わないで少し待っててちょうだい。私が話をまとめてくるから」

「えっ、うん。わかった。誰にも言わない」

 智恵は元気が入院している病院に向かった。もしかすると元気は萌が好きだったのかもしれないと感じていたのだ。なので、先生に知られる前に、元気と話をして萌との間を取り持ってやろうと考えていたのだ。病院では三人部屋の一番端っこに元気は入院していた。すでに足はギプスがはめられていた。不便そうではあったが、顔色はよかった。

「元気、大丈夫そうだね」

「ふん、お前に言われたくないよ。でも、ありがとうな、見つけてくれて。幸太たちに聞いたよ。お前が二人を引っ張って俺を見つけてくれたんだって」

「そうだよ。少しは感謝してね。まぁ、そのことはいいんだけどね。聞きたいことがあるのよね。元気」

「えっ、なんだよ」

「元気は萌のことが好きでしょ」

「は、えっ、なんだよ急に。そんなわけないじゃん」元気の顔は真っ赤になった。

「実はね、今回の落とし穴は萌が掘ったんだって。一年のときからずっと虐められて相当溜まってたみたいよ。どうする、警察に言おうか、私から」

「あ、いや、待ってくれ。誰にも言わなくていいよ。俺が勝手に落ちて勝手に骨折しただけだから。誰のせいでもないよ。うん、そうだ、誰のせいでもない」

「へー、OK、わかったわ。じゃあ、明日、萌に見舞いに来させるからきちんと自分の気持ちを伝えてくれる」

「お、おぅ、わかった。ありがとう。感謝するよ」

 翌日、萌はお花を持ってひとりで見舞いに行った。そして、小学生のときとおなじ優しかった元気と会うことができた。二人は、小学生の時のように素直な気持ちを取り戻して、お互いに「ごめん」と言い合って二人の距離はグンと近くなったのである。元気はその後退院して松葉杖での生活となったが、学校では甲斐甲斐しく萌がいろいろと手伝ってくれたおかげで元気も助かっていた。クラスのみんなは変わってしまった元気と萌との関係に目が点になっていたが、次第にもともと元気は優しい男の子だったんだということが理解され、クラスの雰囲気もとても良くなっていた。もちろん、落とし穴を掘った犯人は捕まらずじまいとなっていた。

 クラスにも平和が訪れ月日は流れていき、新しい年になった。ホームルームの時間に担任の猿渡先生が話を始めた。

「みんな、聞いてくれ。昨年転校してこのクラスにも馴染んでくれた大下智恵さんは、お父さんの仕事の都合で転校することになった。今度は大阪に行くことになったそうだ。大下、前に来て挨拶してくれ」

「二年一組のみなさん、十ヶ月程度のお付き合いでしたが、とっても楽しい日々を送ることができました。クラス全体もとってもいい雰囲気になったので本当は離れたくないんですけど家族がバラバラになるのはもっと嫌なので、みなさんとお別れします。本当にありがとうございました。三年生になっても今のこのクラスの雰囲気を大切にしてください。みなさん、さようなら」

 クラスを代表して元気が発言した。

「ちーちゃん、このクラスに来てくれて本当にありがとう。ちーちゃんのおかげで、僕は自分に正直になれた。だから感謝してる。多分、クラスのみんながそうだと思う。このクラスに来た時は、空手ができてやばいやつだと思っていたけど、本当はとっても優しい女子だということもわかった。本当は一緒に三年生になって一緒に卒業したかった。でも仕方ないことだとわかっているので、ちーちゃんを明るく送り出したいと思う。みんな、いくぞ、せーのっ」

「ちーちゃん、ありがとう。ずーっと忘れないよ」

 クラス全員が大きな声で智恵に声をかけると同時に、みんなの目には綺麗な朝露のような涙がたまり、留まることができなくなった涙は頬を伝い、それぞれの机を濡らしていた。もちろん、智恵も大粒の涙を堪えきれずに肩を震わせていた。

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