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人格詐称 第二章

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第二章 初めての殺人


 優は、Tシャツの上に大好きなグレーのレザージャケットを着て、久しぶりに車を走らせていた。もちろん一人である。彼の愛車は赤いポルシェ・カイエン・ターボのハイブリッドで、最高速度300キロ近くまでだせる化け物のような車だ。出力で表現すると680馬力である。国産の車が150馬力以上あればかなり上級車なのでその凄さがわかる。価格に至っては、中古マンションの2LDKは買えるであろう、ほぼ車両だけで2500万円位する車だった。優にとっては、車は単なるおもちゃの位置付けだったので、価格や性能にはあまり興味がなかった。ただ、踏み込んだアクセルに素直に答えてくれる車ならなんでもよかったのである。

 優は考えていた。「鈴虫はたった一晩で死んでしまった。人間はどうなんだろう。簡単に死んでしまうものなのだろうか。きっと人間は鈴虫よりは強いはずだな。でも確認してみないとなんとも言えないな」車を走らせながら、普通では考えられないことを考えながらドライブしていると、葉山あたりまで来てしまっていた。もう少しで葉山マリーナである。優が所有するヨットとクルーザーも停泊している。だが今日は乗るつもりはなかった。ふと歩道の方を見ると、泣きながら走っている女性が目に入ってきた。車を女性の十メートルほど先にある自動販売機の前に停めてハザードランプを点けた。助手席側の窓を開け、女性が通りかかると同時に、声をかけた。

「どうしました。だいじょうぶですか。気になったので停めてしまいました。よければ乗っていきませんか。送りますよ」

 突然止まった車から話しかけられて女性はびっくりしていた。飾りっ気のない女性で、化粧も薄い。着ている服もユニクロを連想させるような服だった。ジーパンにスニーカーという出立ちで高校生のような格好をしていたが、おそらく三十歳くらいかなと感じていた。美人ではないが憎めないような優しい顔をしていた。

「い、いえ、結構です。急いでいますから」
「あっ、そんなに警戒しなくてもいいですよ。私はこの近くに住んでいるものです。一日一善をモットーにして生きているので、困った人を放っておくわけにはいかないのです。話を聞いてあげることも、近くの駅まで送っていくことも、ご自宅まで送っていくこともできますよ。泣きながら走っている方が目立ってしまいますよ。さぁ、どうぞ」

 そういって、助手席側のドアを内側から開けた。女性は戸惑いながらもしっかりした人みたいだと思い乗り込んできた。

「すみません、では、失礼します。素敵な車ですね」
「あぁ、この車ね。数ヶ月前に納車されたばかりだからまだ綺麗でしょ。ところで、どうしたんですか。泣きながら走っているのが見えたのですごく気になりました」
「ええ、じつは、、」
「あんまり話したくなければ、無理に話してくれなくてもいいですよ。人の数だけ悩みもあるものですし、他人に詮索されたくないこともありますからね」
「ええ、いや、すごく優しい方だとわかったのでお話しします。聞いていただけますか。馬鹿な私の経験を」
「分かりました。どうぞ話してください」

 車は法定速度を守りながら、葉山マリーナに向かいつつあった。優は、このまま女性をクルーザーに乗せて海にでも出てみようかと内心考えていた。

「実は、さっきはレストランに付き合っていた彼と一緒にいたんですけど、急に別れようって言われたんです。別に好きな女の人が出来たらしくて、私には興味が無くなったと言われて、自分でも頭の中が真っ白になって泣きながら飛び出してしまいました。気がついたら、泣きながら走っていたんです。そしたら、あなたが気づいてくれて、、、」
「なるほど。そうでしたか。それは辛い思いをしましたね。彼のことは憎いですか」
「憎いと言うより、どうしてっていう感じの方が強いです。もう付き合って五年にもなっていたんです。毎年お互いの誕生日にはプレゼントもあげていたし、先月が彼の誕生日だったんですけど、私は貯金をはたいてオメガの時計を買ってあげたばかりだったんです。だから余計に辛くて」
「そうだったんですか。本当に愛していたんですね。彼のことを。でも、ちょっと変ですよ」
「えっ、何がですか」
「先月、時計を買ってあげて受け取ったのなら、その時に新しい彼女がいたとしたら、確信犯だし、いなかったとしたらたった一ヶ月であなたから離れたということになってしまいますよね。その彼、ひょっとしたら詐欺師だったのかも。もしかして、毎年結構な金額のものを買ったりとか現金を渡してたりしませんでしたか」
「あっ、いままでは当たり前だと思っていたのですが、二千万円くらいあった貯金がこの五年間で無くなってしまいました。これって、そういうことなんでしょうか」
「多分、間違い無いですね。もう少しわたしと会うのが早ければよかったのですが、すでに差し出してしまったのですね。きっと取り返すのは難しいと思います。ちなみに彼の家って行ったことがありましたか」
「いえ、いつも彼が私のアパートに来ていました」
「やっぱり、そうでしたか」
「わーっ、私五年間も騙されていたんですね。うっうっうっ」

 優は黙ってハンカチを差し出した。その女性は完全にやさしい優を信頼しきっていた。

「よし、それでは気分を晴らすために、海に出てみましょうか。気持ちもスッキリしますよ。きっと」
「えっ、海ですか。私何にも持ってませんけど」
「大丈夫、泳ぐわけじゃ無いし。僕のクルーザーで江ノ島あたりまで行ってみましょう。海の上で風に吹かれると嫌なことも忘れられますよ」

 女性は、短い時間だったが次第に優のことを信頼しはじめ、あこがれ、そして気になる存在として認識し始めていた。優は、車を葉山マリーナの駐車場に止めると女性の手を取り、クルーザーへと向かった。監視カメラがあるので写り込まないよう気をつけながらエスコートしていった。クルーザーに着いたら、女性はまたびっくりして「これがあなたのクルーザーですか。すごいですね」と驚きを隠せなかった。優は、完全に信用したなと感じていた。そのまま二人はクルーザーに乗り込み、港を出るまでは危ないからといって、女性をキャビンのなかに案内し、見えないようにして江ノ島の沖までクルーザーを移動していった。

「もう、江ノ島沖に出たからそこから出てきてもいいよ。気持ちいい風に吹かれてみるといいよ」

 女性は、キャビンから出てきて、心地よい風に髪がなびくのを楽しんだ。

「気持ちいい。さっきまでとは大違い。別の人間になった気がします」
「そうでしょう。あなたの気持ちを踏み躙った彼氏をギャフンと言わせるために一つ提案があるんだけど」
「えっ、なんですか。できればもう忘れたいです」
「でも、少しはあなたの痛みを解らせた方がいいと思うよ。そのままにしておくと、多分次の犠牲者もでると思うし」
「なるほど、そうですね。どうすればいいんですか」
「彼のメールかラインに、これから死んでしまいますみたいなメッセージを送るんだよ。そうすると、彼は警察沙汰になるかもしれないと思って気がきじゃなくなると思うよ。どうかな、このアイデア」
「それ、面白いです。ちょっと懲らしめた方がいいですよね。やります」

 女性は、そう言って、「あなたに騙されたことが悔しくて仕方ありません。これから死んであなたを呪います。さようなら」とラインでメッセージを送った。それを見ていて確認した優は、女性をクルーザーの後ろの方に連れていった。

「これで、その彼氏もちょっとは焦ると思うよ。小さな仕返しができたね。あ、魚も集まってきてるよ。見てごらん」
「えっ、どこですか」

 女性が海面を覗き込んだところを見計らって、優は女性の頭をタオルで押さえ込んで海の中に沈めた。しばらくもがいていた女性は、2分としないうちにぐったりとなった。優は動かなくなったことを確認したあと、そのままそっと海へと女性を投げ入れた。その時に女性が持っていたスマホを女性が履いているジーパンの後ろのポケットに入れておいた。これで、身投げした女性が翌日には波に乗ってどこかの砂浜に打ち上げられて発見されるだろう。そして、スマホで送信したメッセージも確認され、その彼氏とやらもなんらかの罰を受けるだろうなと優は思った。そして、人って息ができないと2分くらいで死んでしまうんだなと確信していた。もう一人の優が完全に表に出てきた瞬間だった。優は、急いで葉山マリーナに戻りクルーザーを停船させると車に戻って、横浜のレンガ倉庫までカイマンを走らせた。そして、喫茶店に入り、あたたかいコーヒーを飲みながら、みなとみらいの景色を楽しんでいた。そろそろ日が沈み、観覧車が綺麗に見える時間だと思いながら、今日は充実したいい日だったなと振り返り、自宅に戻っていった。


つづく


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