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【SS】美しいもの

 あなたは何を見た時に「美しい」と感じますか?

 自然が作り出す目を見張るような景色、それとも眩しいくらいに均整の取れた女性ですか。感性は人によって違うもの。何を美しいと思うかはあなた次第です。

 一人の若者は、人間が作り出したもの、そう人工物が一番美しいものだと思っていました。どんな自然の美しさよりも、どんなに美しい女性よりも、その若者は、人工物に惹かれていたのです。ビル、家、橋、道路、車、飛行機、船などどこにでもあるようなものであっても、若者は美しいと感じていました。

 一人の老人がその若者のことを不思議に思い、なぜ人工物が好きで一番美しいと思うのかと聞いていました。すると、その若者は、迷いのない目で老人を見て答えました。

「そこの若いお方、ワシはご覧の通りの老人で生い先は短いが、ワシが見て美しいと思うのものは、沈みゆく美しい太陽だったり、若い女優さんなのだが、なぜあんたは、人が作ったものが一番美しいと思うんだね」
「おじいさん、僕もいつかはおじいさんみたいになるんですよ。でも、人工物は正しくメンテナンスさえすれば、年を取らないんです。そして、常に同じ姿を毎日我々に見せてくれるんですよ。これ以上に人の目に映る美しいものはこの世の中にはないと思いませんか」

 真っ直ぐに老人を見ていた若者の目は、実は老人を見てはいませんでした。見ていないのではなく、若者は生まれつき目が見えなかったのです。若者は自然の美しさも老いていく人の姿も目にしたことはなかったのです。

 若者は生まれてから、おもちゃや模型に触って、その形を覚えていたのです。幼かった彼の手の中で確実に認識できる形は、日々変化するものではなく、日々変わらない形のものだったのです。そして若者は、変わらないものが誰が見ても一番美しいものだといつの間にか思うようになったのでした。

 そんな若者には絶対音感が備わっていました。だから、見て美しいものはと問われれば迷わず「人工物」と答え、世の中で最も美しいものはと問われたときには、迷わず「音楽」と答えていたのでした。

おわり


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