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【ファンタジー】心を結ぶ愛

連載していた短編小説を一つにまとめました。
連載の内容をさらに修正しています。
なお、この小説は、「小説をよもう」サイトにも投稿しています。
  → https://ncode.syosetu.com/n1780hn/


 周りを山に囲まれた人里離れた小さな集落があった。この集落に通じる道は一箇所しかなく雪が降り積もる冬場は人も通れなくなる。大体、十二月から二月いっぱいは通行ができない。だから、村人達は三ヶ月間の食料を事前に準備して冬に備える。自然の冷蔵庫が周りにあるようなものだから、食料の保存場所には困らないが、冬眠前の熊には要注意だ。大切な食料が食い荒らされると大変なことになってしまう。なので保存食を外の雪の中に保管するための大きな保管庫を作っている家庭が多い。最も手っ取り早い保管庫は、穴を掘り、動物に荒らされないように蓋を作り、そばに竹をさしておいて保管庫の場所がわかるようにしておく。使うときは積もった雪をかき出して扉を開けるのだ。生活の知恵である。

 この村の人々は、助け合うことを厭わず、全ての村人は顔見知りであり、ある意味大きな家族でもあった。それだけ、助け合わないと生き抜くことが困難な場所だったのだ。村人たちはどんなことでも相談しあい助け合った。「みんな、家族みたいなもんだから当然じゃ」と口を揃えたように言っていた。強すぎるくらいの結束力がそこにあった。その反面、裏切り行為には徹底して冷たい仕打ちをした。人の家のものを盗むことはもちろん、何も告げずに村から逃げ出したり、いつの間にか舞い戻ってきたりして生活している住民にはとても冷たく当たった。そう、村八分という行為がこの村には存在していたのだ。全住民が何かに取り憑かれているかのように村長の号令のもと統一した行動がとられていた。何事も起きない時は、至って平和ないい人の集まりのような村であるが故にその手のひらを返したような対応は酷かった。

 今年の冬は例年になく雪が多いようで十一月なのに雪が積もり始めている。村人たちは協力して、冬を越す準備に入った。薪を準備したり、野菜を保存したり、目まぐるしいくらいに協力しあって3ヶ月間の隔離とも言える期間を生き抜く準備をしていた。しかし、一件の家だけは違った。昨年、村の外で事故に遭い動けなくなったことを苦にした両親が一人娘を残して自殺したのだ。村人たちには知らせることなく夫婦のみで心中してしまった。このことは、村人の怒りを買うことになった。頼られなかったこと、勝手に命を絶ったこと、娘のことも何も言わなかったことが村人たちからすれば重罪を犯した家族として扱われることになったのだ。そこには、残されて一人で生活している娘が住んでいたのだが、村人たちからは、自殺したこと自体が不吉であり村人に対する裏切りであるということを言われ、誰も近寄って来なくなったのだ。それまでは仲のいい近所付き合いをしていたにもかかわらずだ。結託するつもりはなくても、周りの住民が遠巻きにしているとみんながそれに準じてしまい村八分が実行されてしまったのだ。集団行動を重んじるがゆえの周りの行動の中で娘は孤立した。これから訪れる厳しい冬への準備も娘一人ではままならなかった。薪もそんなに準備できず、食料に関してはそれ以上に準備できなかった。このままでは到底長い冬を越すことはできないと娘は悟った。

 厳しい冬の到来は例年より早く訪れた。11月の下旬には狂ったように大雪が降り積り、外の世界とは遮断されてしまった。娘は、隣近所の人たちに助けを求めた。しかし、周りの人たちは扉を固く閉ざしたまま、返事すらしなかった。村人たちは、助けたことにより、自分たちの家族が村八分にされるのを恐れていたのだ。誰も助けてはくれないということを悟った娘は途方に暮れこのままでは冬を越せずに死んでしまうと思い、それならばもう生きることに見切りをつけてしまおうと考え、雪が降る中を裸足のまま山のほうに向かって歩き出した。山には神様が住んでいるという言い伝えがある。娘は神様のもとに行こうと考えていたのだ。村人は、窓をちょっと開けて娘を見ていたが、声をかけるどころか、誰一人として止めるものはいなかった。一歩、また一歩と雪の中を山に向かって進んでいく娘の足はすでに冷たさで真っ赤になり、雪の冷たさをも感じなくなっていた。

 神様が住むという山には簡単に入ることはできない。山の入り口には千年も前からその地に根を張っている門番杉と呼ばれる巨大な杉の木が立っているのだ。そしてこの杉の木は不思議なことに言葉も話すことができ、かつ、枝の全てを自由に動かすことができるのだ。この門番杉が山へ入れて良いかどうかを最初に判断するのだ。山に入るには、かなりの修行を終えたものだけが通行を許可される。なぜなら、神様が宿る山だから邪心を持つものを通すわけには行かないからだ。無理に通り抜けようとすると大きな動く枝で捉えられてしまい、追い返されてしう。もちろん、殺されることはないが門番杉を通り抜けて進むことはできない。 

神様の住む山の入り口に着くと、門番杉が問いかけた。

「お前は誰だ、何しにこの山に来た」

「私は、もうこの里では生きていくことができません。両親のところに行かせてください。その前にこれまで生きて来られたことを神様にお礼を言いたいのです」

「なぜ、生きていく事ができないのだ」

「私は村の中で孤立してしまいました。一人では今年の冬を越す事が出来ないのです。だから、お願いします」

「ふむ、なるほど。お前の境遇には同情するが、お前を受け入れることはできない。なぜならお前はまだ修行が足りていない。自分の事しか考えていないようでは山へは入れない」

「で、では、どうすればいいのでしょうか」

「人のためにお前の時間を使え、そうすれば安らかな時間がお前を包むだろう。そして、人のために尽くした時間を修行した時間とみなしてやろう。その時にもう一度訪ねて来い。その時はもう一度考えてやろう」

「...わかりました」

 娘は、空腹なことさえ忘れ考えた。もう、神様にも会えないかもしれないと思ったとき、思い人のことが脳裏に浮かんだ。娘には愛する若者がいた。迷惑をかけたくないという思いから山に入ろうと考えていたが、それすらも叶わず、結局は若者を頼ることしかないと気づいたのだ。娘は山を下り、自分の家とは反対の村の端っこに住む若者の家の前までなんとか歩いて行った。すでに体は冷え切って、足の感覚は無くなっていた。玄関の前で立ちすくむ若い娘の気配を感じたのか、家の中から若者が現れた。そして雪の中で今にも倒れそうな娘に駆け寄って抱きしめた。

「何も言わなくていい。こんなに冷たくなって。これからは、俺がお前を守る。村人の対応は聞いているよ。俺のところにも知らせが来たから。でも、俺にとってはお前が一番大切だから、村人全員を敵に回したとしてもお前を守る」

「信じていいの」

「ああ、信じてくれ。お前の分の食料を集めていたから、お前の様子を見にいくことすらできなかった。ごめん、遅くなって。村人みんなにわかってもらおう、なんとしても。さぁ、中に入って冷え切った体を温めよう」

「あ、り、がとう」

 娘は、か細い声でお礼を言うと若者の腕の中で気を失った。若者は冷え切った娘を抱き抱え、家の中の囲炉裏のそばに布団を敷いてそっと寝かせた。すっかり体温を失った足元を温めるために毛皮をかけてさすって血の流れを良くしようとした。囲炉裏で、おかゆを作り、目覚めた時の準備もした。しかし、よほど精神的に追い詰められていたのかなかなか目を覚まさない。若者は娘の横で心配しながら今日もおかゆを仕込んでいる。いつ目覚めるか分からないので毎日三食おかゆを作っていたのだ。娘が目覚めない間、おかゆは若者の食事になっていた。若者の体力も少しずつ無くなっていった。それでも、娘のそばにいられることで若者の精神は支えられていた。

 若者は、この家に今では一人で住んでいる。すでに両親は亡くなり、生前の両親が大事に耕していた畑を一人で耕し、作物を育て近所の人たちとの交流も良好な関係を保って生活していた。しかし、娘が若者の家に来ているということが知れ渡ると、近所の対応は一変してしまった。近所といっても家同士はそれなりに距離があるので、意図的に近づかなければ話もできないほどである。しかし、娘が来る前は、とれたての作物を持ってきてくれたり、おかずも余分に作ったからお裾分けを持ってきてくれたりしていた近所の人たちが、全く近寄って来なくなったのだ。若者は自分が強くなければならないと自分に言い聞かせ、娘を守ることだけを考えていた。しかし、それでも村人を嫌いになることはなかった。これまでは一緒に生きてきてくれたことにも感謝していた。集団になるとどうしても逆らえなくなることが起きてしまい、自分達の家族のことを最優先にせざるを得ない風土を恨んだ。

 娘とこの若者の出会いは、二年前に遡る。二人の家は狭い村とはいえ離れていたので普段は顔を合わせることはなかった。二年前まではこの家で若者と父親の二人暮らしだった。母親は早くに病気で亡くなっていた。父親も年老いてからは無理が効かなくなり、段々外に行くことができなくなり、ついには眠るように母親の元に旅立っていったのである。若者はある程度覚悟の上だったので、涙より先に、今後どうすればいいかを考えていた。通夜や葬式の準備もしなければならないのだが、心の余裕がなかったのだ。そんな時、亡くなった母と遠い親戚にあたる娘の母親に相談しようと思いついたのだ。とりあえず、その足で娘の母親に会いに行った。母が生前何かあったらご近所ではなく親類を頼りなさいと言っていたことを思い出したのだ。

「ご無沙汰しています。心助です。実は、父が亡くなりまして、どうしたらいいか分からず唯一の親戚であるおばさんのところに来てしまいました」

「遠いところから、頼ってきてくれてありがとう。色々と大変ね。ご愁傷様です」

「いえ、ただどうすればいいか分からず、悲しむ暇がありません」

「そうよね、一人になってしまったものね。とりあえず、娘の結衣をまず手伝いに行かせるわ。それで追いかけて私も行ってあげます。お料理とかもしないといけないしね、結衣、こっちにいらっしゃい。こちら心助さんよ、お父様が亡くなられたばかりなの。お手伝いしてあげて」

「結衣です、この度はご愁傷様です。私でよければお手伝いさせてください」

「ありがとうございます。助かります。一人でどうしようかと思ってました」

 こうして、二人は初めて出会った。父親の死がきっかけとなり亡き母の言葉が二人を引き合わせたのだった。先に娘と若者は若者の家に戻り、お通夜の準備を整えた。娘の母親は、お通夜の席で弔問客に振る舞う料理を作ってから二人を追いかけた。そして、近所の奥様方の手伝いもあり、若者の父親のお通夜、葬儀とも滞りなく済ませることができた。若者はこの娘と娘の母に深く頭をさげ感謝した。

「この度は、ありがとうございました。本当に助かりました。ひとりではどうしようもなかったと思います」

「いいのよ。それが親戚というものよ。表面のつながりだけでなく心がつながっているのよ。ねぇ、結衣」

「はい。お母さんの言うとおり。心助さんも大変だったと思います。ご苦労様でした」

「結衣さん、ありがとう。結衣さんにもたくさん助けてもらったな」

「あらっ、こんな時に不謹慎だけど、結衣と心助さん、なんだかいい感じだわね」

「えっ、いや、おばさん、からかわないでくださいよ」

「そうよ、お母さん。こんな時に不謹慎だわ」

「そうね。ごめんなさい。でも、心助さん、少し元気になったみたいだったから」

 こうして、無事に葬儀を終えて、二人は、その後も若者の父親のその後の法事でも顔を合わせることになり、次第にお互いの心の距離が縮まっていったのだ。そうなると若い二人の間には自然発火するようにお互いへの思いが高まったいったのである。その時は、娘の両親が事故に遭うという不幸も自殺してしまうということも想像すらできず、絵に描いたような幸せの時間の中に二人はいた。そして、若者は娘に結婚を申し込んだ。

「結衣、もう少し僕の仕事が安定して暮らしていける目処が立ったら一緒になってほしい。裕福ではないけど、きっと幸せになる努力は惜しまないから」

「心助さん、嬉しい。私もいい妻になるように努力します。末長く、両親ともどもよろしくお願いします」

 二人は、娘の両親にも結婚したいということをいつ伝えようかと話をしていた矢先、村の外で娘の両親が事故にあったという連絡が入った。娘の父親は崖っぷちの道を歩いているときに目眩がして崖から滑落してしまったのだそうだ。その結果、両足が不自由になり、満足に歩くことができず、働くこともできなくなってしまった。娘の母はそれでも懸命に寝る間も惜しんで働き、なんとか介護しながら娘との生活を保とうと考えていたのだが、結局無理が祟って倒れてしまった。そうなると娘が頑張るしかない。娘も頑張ったのだが、どうしても力仕事には限界がある。男手が必要だった。そんな娘を見ていた父親は、娘が不憫になり涙を流しながら、隣に寝ている娘の母親を手にかけてしまった。そして、自分も浴衣のおびを家の中の梁に投げかけ、首をつって自殺してしまった。遺書すら残す間もなく。娘が家の外にある畑に仕事に出た朝早くの出来事だった。何も知らずに、夕方になり仕事から戻ってきた娘は家の中に入った瞬間、その惨事に向き合うこととなった。

「お父さん、お母さん、どうして、どうしてこんなことを、私はどうなるの」

 首を吊っている父親をなんとか降ろして母親の横に並べて寝かせた。しばらくは呆然としていた。すでに日も沈み周りは暗闇となっていった。しかし、娘は窓から入り込む月明かりを頼りに両親の前に座り、身じろぎもせずに一夜を過ごした。夜が明け、両親が亡くなったことを近所に報告した。自分ではどうしたらいいか分からなくなっていた。しかし、報告を受けた近所の住民は、話を聞くなり、玄関の扉を硬く閉ざしてしまった。何件か回ったが手を貸してくれるどころか、みんな扉を固く閉ざした。家族同様だと思って育っていただけに娘の心は傷ついたし、理解できなかった。でも、両親をそのままにはしておけないし、埋葬もしなければならない。娘は途方に暮れた。村で唯一存在するお寺に行き、住職に相談した。しかし、住職は、辛そうに娘に伝えた。

「みんなに相談せずに逝ってしまった家は、この村では誰も助けてくれない。このお寺でお墓を建てることもしてあげられない。裏庭にでも埋めてあげなさい。そして、あなたもこの村から出ていくことを考えた方がいい。この村は結束が硬い分、裏切られたと感じると絶対許してはくれない。だからこそ、誰にも邪魔されることなく、ひっそりと今まで生きて来られたのだよ。理解してくれるかい」

 娘は、理解できなかったが、どうにもならないことなのだということを認識した。でも、何かが違うと感じつつも何もできない自分が腹立たしかった。そのまま家に帰り、仕方なく両親を埋葬するために裏庭に穴を掘った。深く掘らないと動物に掘り返されるので、娘の胸までくらいの深さに穴を掘り、両親を仲良く並べて手を繋いで埋葬した。すでに、夜になっていた。娘は心も身体もボロボロだった。もちろん、弔問客もない。寂しい埋葬だった。この時は、結婚の約束をした若者に連絡すると迷惑がかかってしまうということが脳裏をかすめ、若者のところに行くのを躊躇い、一人で対応しようとしていたのだ。その結果が神様の住む山に入ってしまおうと考えてしまったのである。しかし、門番杉に簡単に追い払われてしまい、結局いく当てもなく、必然的に若者の家の前にやって来てしまったのだった。そして、倒れ込んでしまった。

 娘が若者の家に倒れ込んできてから、三日間が過ぎ、透き通るような空気の朝、娘はゆっくりと目を開けた。若者はその日の朝もおかゆを囲炉裏で作っていた。ふと、娘をみると目を開けているのが見えた。

「結衣、目が覚めたのか。よかったー」

「心助さん、、、わたし、ずっと眠っていたのかしら」

「あぁ、三日間も寝ていたよ。心配で心配でたまらなかった。ほんとによかった」

「ごめんなさい、ごめんなさい。迷惑をかけるつもりじゃなかったのに」

「何を言ってるんだ。ま、とにかくおかゆ作ったから、食べてくれ。少しでも食べて体力を回復しないと働けないぞ」

「ありがとう、こんな私のために。村中から嫌われているのに」

「ばかなこと言うなよ。誰が嫌っていても俺は嫌いになんかならない。死んでも一緒だ。それに村の人たちは決して嫌ってるわけじゃないと思うよ。みんながそうしているから合わせるしかないんだよ。いつかはわかってくれるさ」

 若者はおかゆを冷ましながら娘の口に運んであげた。ゆっくりとそして噛み締めるように娘は一口おかゆを食べた。これまで口にした何よりも美味しさと若者の愛情を感じていた。涙が止まらなかった。それを見て、若者も涙したが、娘に見られないように拭って笑顔を見せた。若者にとって元気の源は娘の存在だったのだ。数日して、娘の体力もだいぶ回復したので、二人で畑仕事に出かけられるようになった。相変わらず、周囲の目は冷たく感じていた。そんなある日、若者の方から切り出した。

「結衣、僕たちはもう一緒に生活をしているが、まだ結婚式をあげてない。二人だけでここで式をあげてお互いの両親に報告しないか」

「そうね。二人だけの結婚式ね。素敵だわ、何もなくても心助さんと一緒だもの」

「ありがとう、それから」

「それから?」

「僕は、やっぱりこの村の人たちが好きだ。こんなふうに冷たくされていても、きっとみんなの本心じゃないと思うんだ」

「そうね。あなたのそんな優しいところが好き。私も村の人たちを憎めない」

「だから、今後僕たちのような境遇の人が辛い思いをしなくていいような村になってもらいたいと思っているんだ。みんな、人と違うことをするということを怖がっているだけのような気がしてならないんだ。古いしきたりに縛られていて、それを打ち砕く勇気がないだけだと思うんだ」

「どうすればいいのかしら」

「僕らがみんなのことを思っていると言うことをなんとかして伝えて、わかってもらいたい。そして」

「えっ、そして、どうするの」

「そして二人で山に入りたい」

「えっ、山に、どうして?」

「僕らは今のままではずっと孤立して生きていくしかないけど、僕らの間に子供ができる前にこの村を見守れるような存在になれれば、村ももっと幸せな空気に包まれるんじゃないかなと思うんだよ」

「あなたは本当に優しい人ね。こんなにも村人のことを思ってあげられるなんて」

「いや、結衣のことが一番だよ」

「いいのよ。それじゃあ、私たちの思いを伝えるために、村の人みんなが普段使うための着物を作ってあげるというのはどうかしら。一年もあれば村人全員の着物を作れると思うわ。普段必要なものを贈ってあげるの。そうすればきっと私たちの真心が村人に届くと思うわ。もちろん、あなたの分も作るわね」

 この後、若者の家の両親の位牌の前で、簡単な結婚式を二人で執り行った。立会人もいない寂しい結婚式だが、二人は満足だった。自分たちの両親に報告できればそれでいいと思っていた。若者の家で結婚式を挙げた二人は、娘の実家に向かって出発した。一年近く離れたっきりだったので娘はどうなっているのかと心配だった。実家に到着して二人は裏庭にまわり、娘が弔った両親の墓前で結婚の報告をした。これで二人とも肩の荷が降りたような気になった。家の中も気になるので二人で入ってみることにしたが、入ってびっくりした。埃がしていないのである。もしかして近所の方が掃除をしてくれていたのかもしれない。きっとそうに違いないと思い、お礼に行こうとする妻を若者は止めた。そのご近所の方に迷惑をかけてしまうかもと思ったのだ。きっと、内緒で掃除をしていたのだろうから。

 安心した二人は、その日は娘の実家に泊まって、翌朝早くに若者の家に帰っていった。周りの人に会わないようにと配慮したのだ。こうして、二人は無事夫婦となった。しかし、そのことを知っているのは二人のみだった。本当は村のみんなから祝福をしてもらいたいと言う思いは二人とも思っていたが口にはしなかった。

 若者の家に戻ると、村人の着物を作るための反物を仕入れるために、それまで一生懸命働いて貯めていたお金を持って村の外に買いに行った。村の中では買い物はできないので、村の外の店まで出かけた。大体百人足らずの村人の着物の布が必要だった。二人で持って帰って来ないといけないので、毎月少しずつ買いに出かけることにした。そして、呉服屋さんに毎月買うからと言う条件で、少し安くもしてもらった。しかし、二人にはお金を残す意味はないので全ての蓄えのうち、一年間程度の生活費以外のお金を全て着物を作るためのお金として使った。二人とも、微塵も後悔することなく晴れやかな顔をして毎日農作業と着物作りに励んだ。

 一年が経過した頃、全ての着物が出来上がった。二人はいよいよこの日が訪れたというようにお互いを見つめあった。そして、日が暮れてから二人で手分けして一軒ずつ着物を配って回った。もちろん、直接手渡すことはしなかった。お礼の手紙を忍ばせて、夜露に濡れないように軒下を選んでそっと置いて回った。まるでサンタクロースがプレゼントを配るように。夜明け前には全てを配り終え、二人は家に戻った。疲れを癒すためにお風呂を沸かし、最後の食事を妻が作り、ほんの少しだけお酒を口にした。そして、二人とも新しい着物に着替えて、徹夜にも関わらず、神様にお供えするための着物を携え、清々しい気持ちで家を出発した。

 二人はそのまま、神の住む山を目指した。朝陽が正に顔を出そうとして空が赤らんだ時に門番杉のところについた。

「僕たちは夫婦になった。これからずっと一緒に過ごすために山に入りたい。できることなら、僕たちみたいな夫婦は僕たちで終わりにしたい。そのためにも神様にお願いしたいと思っている。僕たちの真心は村人一人一人に置いて来たので、村人たちもきっとわかってくれると信じている。だから私たちを入山させてください」

 門番杉は一瞬考え込んだが、この二人の愛を貫くには他に道はないと解った。そして、村人に対する愛情も感じた。

「お前たちの固い決心は解った。山に入るが良い。ただし、一度入ったら戻ってくることはできぬぞ。それでもいいのだな」

「はい、それも承知の上です。僕たちはそうすることで永遠に結ばれるのです」

 二人は手を取り合って山に入り、そのまま、神様の元に行った。そして、持ってきた着物を神様に差し出すと同時に思いを神様に伝え、二人は村人のために身を捧げると言うことを伝えたのだった。神様は、二人の深い愛情を感じ取った。そしてこの二人を村の守り神とすることを決心した。これほどの愛情を持った二人を神様は見たことがなかった。人をこよなく愛する心をこの二人が結んだのだ。二人の体は神々しい光と共に天に召されていった。その時の二人の顔には、安心すると同時にお互いを信じ、お互いを深く愛し、村人を愛した心が表れているかのように穏やかで美しかった。こうして二人は永遠の愛を手に入れたのだった。

 日が昇った後、仕事に出かけようとする村人たちは各々の家の軒下に新しい着物が置いてあるのに気づいた。手紙も添えられていた。

"村人の皆さん、これまで本当にありがとうございました。心ばかりの気持ちで着物を作りました。どうぞお納めください。これまでご迷惑をおかけしたこと、本当に申し訳ございませんでした。私たちは、夫婦となりました、そしてこれから山に入ります。もうお会いすることは叶いませんが、皆様のことは遠い空の上から幸せを願っています。

 心助、結衣"

 近所だけでなく、全員の家に着物が配られ、それぞれの家で置き手紙を読んで啜り泣く声が村中に響き渡った。

「許しておくれ。自分の家族のことばかり考えていたよ。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

「かわいそうだと思っても行動に出すことができなかった。しかし、この二人は違った。こんなにも私たちのことを愛していてくれたんだ。許してくれ」

「自分の心に素直に生きることが怖かった。でもおかげで目が覚めた」

 村人はそれぞれの家庭の中で、自分たちの行動を大きく反省した。若い二人に教えてもらったのだ。人を愛し慈しむことの素晴らしさを。でも、二人はもう帰ってはこない。そのことを村人たちは大きく後悔した。そして、誰からともなく、娘の実家と若者の家をきれいにしてずっと保存しようということが決まった。そして、この二軒の家を結ぶ長い道を「心を結ぶ道」と名づけ、厳しい冬以外、道の脇には四季折々の花を植える習慣ができた。結婚する若い二人が出たときは、新婦は娘の実家で、新郎は若者の家で一晩過ごし、あくる日の日の出と共に、仲人に手を取られながらお互いの家に向かって歩き出し中央で落ちあって、式を上げるという習慣もできていった。村人のために尊い命を捧げた若い夫婦への敬う心を忘れないためにも、この習慣は続けられた。いつの日にか、娘の実家と若者の家は神聖な場所として村人が交代でお参りするようになっていったのである。

 こうして、村人たちは自分たちの過ちに気づいた後は、村で何が起ころうとも、お互いを信じて助け合うようになっていった。山の麓には小さな祠が作られて、仲睦まじい心を結ぶ夫婦観音が祀られた。村人たちは、二人の名前にちなんで「結心観音ゆいしんかんのん」と呼ぶようになり、次の世代にも語り継ぎ、決して結心観音を粗末に扱うことがないようにと伝え続けた。そして、若い二人が山に入った日を供養の日と定め、二人から贈られた着物を着て山の入り口まで村人全員で揃っていき、松明を付け、供物をして手を合わせることが行事となった。この行事では、どんなことがあっても村人同士は助け合い、信じ合うことで未来を作っていくことを誓うのが慣習となり、新しい世代にもずっと引き継がれていった。

 数百年が過ぎた現在でも、お祭りという形に変わってしまってはいるが、今もなお続いている。決してこの時の若い二人のような境遇の村人を作り出さないためにも、協力することが当たり前のことになっている。他の場所から新しく移り住む人もごく少数ではあるが出てきている。そんな人たちにも、しっかりとこの話を守るべき神話として引き継ぎ理解してもらうことを村人たちは実施している。そして住人となった日に、新しい着物をプレゼントする習慣もできた。最も、今では着物ではなく洋服である。そして、この村の人たちは、何があっても全員が本当の家族であるかのような信頼を大切にするようになった。

 この山あいの里は今でも強い絆で結ばれた人々が幸せに暮らし続けている。



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山あいにある小さな集落での古い習慣に縛られた若い二人の愛の顛末を綴ってみました。 全編、無料で公開していますがサポートいただければ嬉しく思…

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